第15話
「皆さん、どうされました?!」
なんと、それはチョカであった。
久しぶりにちゃんと顔を見たように思うが、まだ本調子ではないのか、以前よりかなり痩せているように見える。
そんな彼女が店内に入ってくると、猫がぶつかった相手の男は軽く一礼して一歩後ろに下がった。そしてチョカの周りには、彼と同じ黒いスーツを着た男たち三名が両脇を固めている。彼らはチョカのSPだったようだ。
するとチョカは、あまり見せたことのない険しい表情でその男に声をかける。
「澤田さん。店内が騒がしかったようですが、なにかありましたの?」
「はい、お嬢様。私がそちらのご友人とぶつかり倒してしまいまして。申し訳ございません」
「倒した? 猫ちゃんを?! 猫ちゃん、大丈夫でしたか?!」
「うん。大丈夫」
「よかった……。ごめんなさいね。わたくしのSPがご迷惑を――」
「違うよ、チョカっち! 迷惑かけたのはこっち。飴が上着に付いちゃって。SPさん、ごめんなさい……」
猫がそう言って頭を下げると、澤田という名のSPは『大丈夫ですよ』と優しい笑顔を返してくれた。
その流れで俺は、ずっと避けられていたチョカに恐る恐る声をかける。
「あの……。チョカ……」
「け、け、圭太さん! はい……。なんでしょう……」
「まだ体調悪そうに見えるけど、もう大丈夫なのか?」
「え、ええ……。ご心配おかけして申し訳ございませんでした。それに、先日は助けていただいてありがとうございました」
「でもあのときは、恥ずかしかったろ? ごめんな。でも、また話せてよかったよ。なんか、あれから避けられてるような気がしてたし……」
「い、いえ! そのようなことはございません……」
そう言いながらも、やはり俺を警戒しているように見えるチョカ。しかし、彼氏のことを黙っているわけにはいかないため、俺は続けて声をかけた。
「もう一つ謝ることがあってさ。実は……あんな感じになっちゃって……」
俺はそう言いながら、床に倒れたままの男を指差した。
「え?! 彼は、どうされましたか?!」
「いや、猫がぶつかったら絡まれちゃってさ。それでいろいろあって、向こうが殴りかかってきたから股間を蹴ってしまってさ。あ、蹴ったのは美琴だけど。二回も」
「二回も、こ、こ、股間を……。美琴ちゃん、やりすぎですよ!」
「正当防衛なんだから仕方ないでしょ? 殴られそうになって驚いて足を前に出したら、そこに偶然股間があったのよ。ああ、そうだ。なにか問題になったら、チョカの権力で揉み消してくれないかな」
「わたくしにそんな権力はありません!」
「じゃ、どっかいい病院知らない? 結構強めに入ったし一応病院行った方がいいかも」
「仕方ありませんね……。それでは念のため、叔父様の病院にお運びしましょう。澤田さん、お願いできますか?」
チョカの指示を受けて、彼を運び出していくSPたち。
叔父が病院経営していたり、SP引き連れて本屋に来たりと相変わらず浮世離れしたチョカであるが、病院に連れて行ってくれるのは助かった。
しかし俺はふと疑問に思うことがあった。
そしてチョカにとっては余計なお世話かもしれないが、念のために確認してみる――。
「チョカは、ついて行かなくて大丈夫なのか?」
「はい。わたくしがいなくても、あとの処理は彼らが問題なくやってくれますから」
「いや、そうじゃなくて。心配だろ? 彼氏のこと」
「彼氏?」
「ああ。彼氏なんだろ?」
「誰がですか?」
「誰がって……。美琴が蹴った人。恋人なんだよな?」
「ど、ど、ど、どど、どどどど……」
「ど?」
「ど、どうして、あの人が恋人なんですかぁぁぁぁ! 名前も存じません!」
「え……。彼氏じゃないの?」
「わ、わ、わたくしには彼氏はおりませんが!」
「あ、あれ? おかしいな。だってあの人、俺がチョカをお姫様抱っこしたことを怒ってたみたいだったから、彼氏なんだとばっかり……」
「いったいなんのお話ですか?! わたくしはあの人と初対面です!」
「ああ! もしかして内緒にしてたのか? ごめん、ごめん」
「ち、違います! 本当にあの人は彼氏ではありませんよ!」
「あ、ああ、そうなのか。なるほど。わかったよ」
「まだわかってません! 本当に、本当に違いますからね! 絶対に違いますから!」
「だから、ちゃんと理解したから。な?」
「本当に理解されてますか?! わたくしはフリーです! 彼氏募集中です!」
「わ、わかったって! あいつの片思いだったってことだよね? 理解したから!」
「そ、それなら結構ですけど……」
チョカがなぜ必死に否定するのか疑問に思ったが、ずっと避けられていた彼女と再び会話できたことには少しほっとしていた――のだが、そのとき背後から、ただならぬ気配を感じる。
ホラー映画のワンシーンかのような緊張感漂う仲、恐る恐るゆっくり振り向くと、なぜかそこには冷酷な目で俺を睨む美琴と猫の姿があった――。
「ど、どうした? 二人とも……」
「「お姫様抱っこってなぁに?」」
「あ、あれ? あんな騒ぎになったのに、二人は知らなかった……のかな?」
「圭太。もしかしてチョカをお姫様抱っこしたの?」
「圭ちゃん。どういうこと?」
「い、いや、やむを得ずだよ……。この前の昼休みにチョカが病気で倒れそうになってさ。病院連れて行ってもらうために、俺が抱っこして職員室まで運んだんだ。緊急だったから」
「圭太が先生呼びに行けばいいじゃんか。周りに誰もいなかったの?!」
「いや、玲央がいたけど……」
――玲央! なんだかよくわからないけど、うまく説明してくれぇっ――。
「え? 僕? 僕は先生呼びに行こうかって提案したんだけど、圭太が『それだと間に合わない!』って言い出してさ。そしたら突然ラブコメの主人公みたいにお姫様抱っこしちゃってびっくりしたよ。僕も女子を抱っこして運ぶなんてどうかと思ったんだけどさ。あははは……」
――玲央。裏切ったな――。
「ち、違う! 待ってくれ! 俺もパニクってたんだよ! 少しでも早くチョカを病院連れて行かないと危険だと思ったから――」
「「へぇ~」」
「でも女子にあんなことしたのは無神経だった。反省してるし! チョカにも謝ったよ!」
「「ふ~ん」」
そして俺はなぜか、後日三人にラーメンを奢ることとなる。
どうしてこうなったのか意味がわからない。誰か説明してくれないか。
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