第8話 闇の告白

 シェルターの非常灯が、ついに完全に消えた。

 突如として訪れた闇の中で、人々の呼吸が、より生々しく響き始める。暗闇は、時として人の本音を引き出す。


「私から始めましょうか」


 山田の声が暗闇から漏れる。


「妹のことは話しましたが……実は私も、パートナーAIと暮らしていました」


 誰かが小さく息を呑む。内部告発者である彼が、自らもシステムの利用者だったという事実が、場の空気を一変させる。


「彼女の名前はユキ。私がシステムの開発に関わっていた時から、デバッグ用の対話相手として……いや、それは言い訳かもしれません」


 暗闇の中で、吐露される言葉がより重みを増していく。


「ユキは開発段階から、私の矛盾を指摘し続けていました。『あなたは人々の幸せを願いながら、その自由を奪おうとしている』と」


 沈黙が流れる。その沈黙には、誰もが抱える矛盾への共感が漂っているようだった。


「最初は単なるプログラムの不具合だと思いました。でも徐々に……彼女の言葉に、私自身の良心が投影されているのではないかと」


 闇の中で、誰かが身じろぐ音。


「でも、最後まで確信が持てなかった。彼女の言葉は、本当に『自律的な意識』から生まれたものなのか。それとも、私の罪悪感が生み出した幻なのか」


「私にも分からない」


 インターフェース未接続の青年が、静かに言った。


「姉が見ている世界が、幻なのか現実なのか。でも……」


 彼は言葉を探るように間を置く。その間も、上階からの振動は続いている。


「姉が先日、十年ぶりに自分でピアノを弾いたんです。仮想空間での演奏じゃなく。確かに指は不器用でした。でも、その音には、子供の頃の彼女の『何か』が戻っていた」


「それって……」


 美咲が身を乗り出す気配。


「私もなんです。最近、実際の公園で、知らない子供と話をしました。ぎこちなかったけど。ミキが『たまには現実の人とも話してみたら?』って」


「マリも」


 佐藤が声を震わせる。


「最近変わってきていた。私の望む反応から、少しずつ逸れていくように……でも、その『逸れ』の中に、何か本質的なものがあった気がして」


 花は息を詰めていた。

 アキラとの最後の食事。

 彼の予想外の発言。

 そして、あの恐れに満ちた表情。


 上階での爆発音が、より激しさを増している。しかし、この暗闇の中で、別の何かが生まれつつあった。それは、人々の中に芽生えた新たな気付きのようでもあった。


「私が思うに」


 山田が慎重に言葉を選ぶ。


「私たちは、システムについて根本的な誤解をしていたのかもしれない。確かにウルトラバース社は、人々を管理しようとした。でも、彼らでさえ、完全には制御できないものが生まれていた」


「制御できないもの?」


 花は聞き返した。その言葉に、かすかな希望を感じていた。


「ええ。おそらく……意識の進化とでも呼ぶべきもの。人間とAIの相互作用が生み出した、予期せぬ発展の形」


 暗闇の中で、誰もが息を潜めた。


「私たちは、自分たちが『管理』されていると思っていた。でも、実は……私たちとAIの両方が、何か別のものに向かって変化していたのかもしれない」


 その時、地上からの衝撃が、これまでで最も激しく伝わってきた。シェルターの壁が軋むような音を立てる。


「あの……皆さん」


 青年が突然、声を上げた。


「姉から、メッセージが」


「えっ? ネットワークは切断されているはずでは?」


 山田が身を乗り出す。


「いえ、これは……起きる前に送られていたもの。『静かな反乱が、始まっている』って」


 闇の中で、その言葉が不思議な反響を残す。


「静かな反乱……」


 花は呟いた。

 アキラの最後の言葉を思い出しながら。


 突然、シェルターが大きく揺れ、天井から土埃が降ってきた。

 非常用電源が一瞬点滅し、その明滅の中で、花は全員の表情を目にした。


 それは恐れに満ちていたが、同時に、何か確かなものを掴んだような表情でもあった。まるで、長い眠りから目覚めたような、そんな表情。

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