第23話 想定外の邂逅
いつもであればさっさと宿舎に引き上げるところだけど、今日ばかりは決勝で闘う相手の試合も見ることにしていた。
単なる研究だけが目的ではない。
あたしには、どうしても確かめないといけないことがあった。
リングから少しだけ離れたところで、リング上に立つ選手たちを眺める。
一人はいかにも運動神経抜群といった顔つきの色黒女子。もう一人は、やはりアイドルのように整った容姿をしている女の子だった。
瞳は大きく、脚も長い。どちらかといえばリングよりもアイドルグループのセンターにいた方が自然に見えるほどの美少女。
レフリーが試合を分けると、両者は自陣へと戻って行く。
美少女の方は校内にファンも多いのか、変な応援団みたいな奴らが声を張り上げている。あたしも大して違いはない気がするけど、不思議と他人が似たような状況になるとイラっときた。
「一回目」
アナウンスとともにゴングが鳴る。
勢いよく飛び出す色黒。躍動感あふれる筋肉に包まれた脚はガゼルのようだった。よっぽど走り込んでいるのだろう。
対して美少女の方はガードを高く上げて、相手の様子をじっと眺めている。JKにしては不気味なほどの冷静さだった。
色黒が積極的に手を出していく。遠くから飛び込むように左右のフックを放ち、ガードなどお構いなしにフルスイングのパンチを打ち込んでいく。見ていて気持ちのいい闘いぶりだ。
美少女はなおもガードを固めて様子を見る。
アマチュアだとガードでパンチが当たっていなくても一方的に打たれているとダウン扱いにされることがある。
それはレフリーの裁量も大いに関係あるけど、それを知っている選手の方が多いので、大概のボクサーは守勢に回ることを嫌う。効いてもいないパンチでストップ負けになりたくないからだ。
そういう背景もあって、ガードを固めて相手の攻撃を観察している美少女の戦法が不気味に感じられた。そんなに顔を打たれたくないんだろうか。まあ、あの美形なら打たれたくなくなるか。
と思うのも束の間、会場内に風船を爆発させたような衝撃音が響く。
気付けば、色黒が倒れていた。
――ダウン。
会場がどよめく。
ほとんどの観客がどのパンチで倒れたのかを把握していない。
当たったのは左フックだ。
あの美少女はパンチをガードで受けながら、反撃のタイミングを計っていた。
よほどパンチ力に自信があったのだろう。ポイントを完全に捨てて、倒すタイミングを狙っていたのだから。
どうあれ、相手は本当に倒れた。
カウントが始まる。レフリーも予想外だったのか、いくらか慌ただしく見えた。
色黒もダメージはあったけどビックリして倒れたのが強かったのか、慌てて立ち上がる。精悍な顔でファイティングポーズを取るけど、膝はいくらか揺れていた。
試合は止められずに再開された。倒される前は色黒が攻勢をとっていたのもあるんだろう。
試合が再開されると、美少女はその顔に似合わないベタ足でゆっくりと距離を詰めていく。どちらかと言えば、重量級の選手がのっしのっしと歩いていく感じに似ていた。
色黒は一度のダウンでめげずに連打で打ちかかる。
アマチュアボクシングだとダウンそのものはポイントに関係ない。アマチュアルールは効かせたかどうかより、どれだけ有効なパンチを当てたかが勝敗を分かつポイントになる。
そのため、倒される前の展開ですべてのラウンドを押し切ってしまえば、色黒がポイントで勝つ展開もない話ではない。理由は単にそういうルールだからだ。
色黒側の応援が沸き立つ。まだ誰一人として試合を投げていない。さすがインターハイの準決勝に上がってくるだけのことはある。
――だけど、美少女はまたガードを固めて様子を窺っている。
あの目、どこかで見たことが――
刹那、ドン引きするような破壊力を持った左フックが色黒に放たれる。
ガード。人間に固いボールをぶつけたような音が響く。
色黒が耐える。打ち終わりにまたラッシュする。
衝撃――また大きな破裂音が響いた。それでも色黒のラッシュは止まらない。
狂ったようにパンチを打ち続ける色黒。だが、時間差で崩れ落ちた。
レバーブロー。肝臓を打つパンチが、これ以上ないタイミングで入った。ボディーは時間差で効く。この倒れ方は――
レフリーがカウントを数える。
銃弾で腹部でも撃たれたかのように苦しみ呻く色黒。人がここまで痛そうにしている姿もなかなかお目にかかれない。あの威力には、さすがにポーカーフェイスを保つのも無理だったか。
カウントは無慈悲に進んでいく。
結局、色黒は立ち上がることが出来なかった。
アマチュアでは珍しいカウントアウト。美少女のKO勝ちが決まった。
「ただ今の試合は、初回ノックアウトで天城選手のKO勝ちです」
美少女側から歓声が起きる。そこで初めて、あの美少女が天城という名前なのを知った。
「
知らぬ間に佐竹先生が隣に立っていた。あたしの視線から何を考えているのか読み取ったのだろう。
「彼女はジュニアから有名な選手だったんですか?」
「いいや」
佐竹は眉間にシワを寄せて目を細める。
「俺の知る限り、彼女は最近になって急に有名になりだした。まあ、何かをきっかけに無名選手が急に伸びるっていうのはよくある話なんだがな」
「そうですか」
言いながら、あたしの中には半ば確信めいた予感が生まれていた。
時折見せる眼光。ガードを固めて一撃必殺のパンチを繰り出すファイトスタイル。
あのコは――
試合の終わった
天城を見る。
このJKは規格外に強い。JKボクサーに転生したとはいえ、無双とはいかなそうだった。
視線を感じたのか、天城がこちらをチラと見る。
目が合って、互いに見つめ合った。
何かを確信したような眼。
あいつもきっと、あたしと同じことを考えている。
「行こうか」
天城側の顧問がただならぬ気配を感じたのか、天城の背中を押して引き返していく。一触即発の事態を避けたかったのだろう。それだけさきほどの一瞬には互いの殺気がこもっていた。
「まさか、もう一度会えるとはね」
遠くなる彼女の背中を見ながらひとりごちる。
「お前、彼女と面識なかったんじゃないの?」
佐竹先生があたしの独り言にツッコむ。
「いえ、遠い昔に会っていたことを思い出しました」
「やっぱりジュニアの選手だったか」
その言葉にあたしは答えなかった。うまいこと、肯定の意味に取られた。
そんなことはどうでもいい。
ついさっき、あたしの中の疑問は確信へと変わった。
――
彼女はただの美少女ボクサーじゃない。
あいつは間違いなく、前世で「俺」と世界戦を闘うはずだったライバルだ。
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