第5話 名声の代償

 ボクシング部に電撃入部したあたしの評判はすぐに広まった。


 誰かがスパーリングの動画を撮っていたらしく、身内だけで楽しむために共有していたはずが、アホが出来心でツイッターに上げてしまった模様。「みんなには内緒だよ」って言ったことって、大体こういう感じで誰でも知っている状態になる。


 あたしのスパーは衝撃映像に類するものだったらしく、ネットでは「フェイクだ!」とか「実は男だ」とか、なかなか鋭いところを突いた論争が起こっていた。そうだよ。あなたたちが見ているのは、コナン君にほど近い存在だよ。


 見た目が美少女ということもあり、あたしの存在はあっという間にネットでトレンドになった。動画であっという間にやられた加藤君がちょっとかわいそうになった。


 ネットでバズったせいでボクシング部の入部希望者が続々と増えた。


 ほぼ男子だけで、お目当ては大体があたしだったけど、練習メニューを鬼のように厳しくしたせいで不純な入部動機の奴らは速攻で消えていった。今では本物のウォーリアーだけが残っている。


 エースの加藤君をサクっと倒したせいか、あたしはあっという間にボクシング部のボスになった。理由は誰もあたしに勝てないから。力こそすべて。


 自分より弱い相手しかいなくなったからといって自分を磨かないのは怠惰な人間のすること。あたしは自分が女に生まれ変わろうが何だろうが、その時に出来るすべてをやろうと決めた。


 前世ではどちらかと言えば軽薄なキャラで通していたけど、それは修行僧みたいに見られるのが嫌だったのもある。実際のあたしは誰よりも練習していたし、誰よりも自分を追い込んでいた。練習嫌いで知られている世界王者も、実際に会ってみればジムで一番努力している人だったりする。


 とはいえ、本気を出し過ぎると色々と面倒くさい。なにせ前世では世界戦をやれば王者間違いなしって言われていただけあって、あたしは激烈に強い。


 これは自信過剰とかじゃなくて、厳然たる事実だ。あたしのパンチはどんな奴の皮膚も無慈悲に切り裂いていく。それがジャック・ザ・リッパーと呼ばれた所以ゆえんだ。


 一番苦労したのはスパーリングだった。


 ちょっと本気を出すと相手が倒れるか大出血する。パンチ力があり過ぎるのも考えものだ。


 なので、あたしの実戦練習はマスボクシングが中心になった。マスボクシングっていうのは、簡単に言えばスパーリングの軽い版だ。目を慣らしたり、距離の感覚を養うために行う実戦練習になる。


 だけど、それでも油断すると相手をカウンター一閃で倒してしまうので、気を付けないといけなかった。


 ちょっとしたらすぐに飽きられるだろうと思っていたけど、時間が経ってもあたしはネットで話題にされた。やはり規格外の強さを持った女子()ということで、そう飽きられるものでもなかったようだった。


 ネットでは勝手にあたしのファンクラブが結成されていたり、アニメ風のファンアートが描かれて遊ばれていた。前世でそういう絵を見て気持ち悪いって言ったら大炎上したのもあり、表面上は嬉しいことにしている。


 うっかり時の人となってしまったあたしは、転生前にちょっとだけ憧れた花のJKライフというものを満喫するのが不可能になった。だって、あたしがスイーツを食べていれば「それは体調管理に良くない」とか知らない人から注意されるようになるし、隙あらばプロデューサーみたいになろうとしてくる人が数えきれないほど出てくる。


 ああいう輩は大抵ロクな奴じゃなくて、いい時にはすり寄って来るのに悪くなるとサーっと潮が引いたみたいに去って行く。それを知っているので相手にはしない。永遠に。金も権力も持たないドン・キングに誰がシッポを振るというのか。


 佐竹先生に言われて、入部してすぐ肩慣らしの大会に出た。


 手加減はしたけど、ジャブを二発打ったら相手の目尻がザックリと切れて試合終了になった。言われたから仕方なく出たけど、あれはかわいそうだった。


 試合後に佐竹先生には「強い相手とだけ闘いたいです」と伝えておいた。佐竹先生もガチで罪悪感を覚えたのか、少しも反対されなかった。


 またネットが騒がしくなる。たかだか地方の練習試合なのに、ネットには「戦慄のカミソリパンチ」とか「処刑執行人」とか大げさな文言が並ぶ。そうやって閲覧数を稼ぐためだろう。まだ何かをやり遂げたわけでもないのに騒ぎすぎでしょって思う。


 そうやって知名度ばかりが爆発的に上がっていくと、大体は変な奴を引き寄せることになる。


 そう、その法則は割とすぐに証明された。

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