第2話 妹

「お兄様」

 

 お兄様↑ではなく、お兄様↓である。この太々しさを分かるだろうか。

 我妻梅あがつまうめ、「お梅ちゃん」で親しまれる今絶賛反抗期中の妹だ。

 

「お兄様、私を同行させてはもらえないでしょうか。いえ、させてください」

「それはもう拒否権がないように思うんだけど……」

「はい、ありません」

 

 一言で言えば、苛烈。

 母親譲りの長い濡れ羽色黒色の髪にスタイルの良い長身は女子校に入れた親を称賛したくなるほどの美貌を兼ね備えている。

 本当に、兄としても本当に美人だなこいつと思うレベルなのである。ただし、注意なのはビスクドールや人形を見て美しいと思う感性なのであって、異性の魅力は何も感じない。

 

 当たり前のように僕の拒否権を奪ってくるあたりも母親に似たな。

 

「……好きにしていいよ」

「本当ですか!?」

 

 ようやく声のトーンが上がる。自分の都合のいい時だけ喜ぶ、本当に現金な妹だ。

 

「それじゃあ梅も付いていきます!」

「はいはい」

 

 まるで欲しかった玩具を買ってもらえるとワクワクする小学生男児のように宣言する妹は、もう手のひら返しを許さないぞといった雰囲気だった。

 

 使用人に見られながら僕は奥まで進む。多分、梅がいることを気にしているのだろう。僕も関与すべきことなのだろうが、このおてんば娘のやることなど自分が制御できるわけがない。

 使用人が二人待つ部屋の前まで来る。僕たちがやってくると、その襖が開けられた。

 

「ようやく来たな」

 

 僕に出迎えの言葉をかけてきたのは七星会に参加する九重家本家の後継、九重十三郎だった。


 訓練で付いたのだろう額の傷に黒髪短髪の理髪そうな顔立ち、170cmの身長は僕よりも当然高い。彼は太々しく父親の隣で座っていた。海千山千の老獪共の中で平然と我が物顔で座っている。

 

「梅、なんでここにいるんですか?」

 

 凛々しい声が響く。我が母親、我妻文だった。


「兄様に許してもらったの!」


 妹は一歩前に出てDカップの胸を張る。妹のバストサイズを知っているのは以前使用人に言っているのを偶然聞いてしまっただけだ。他意はない。

 

 母が僕を非難の目で見てくる。ごめんなさい、お母様……でも、このお転婆娘を止められなかったんです。というか、こういうことを見越して事前に釘を刺しておいてくれませんかね?

 

「良いでしょ? ね?」

「……仕方ありません」

 

 色白切長の目を少し見開いて、はぁとため息をつく我が母に対し子供のように喜ぶ妹。

 我妻文は周囲に確認するように面々の顔を見た。

 

「まあ、良いんじゃないか?」


 中央13陸がうち3陸を担う九重本家当主、九重長三郎は言う。

 

「別にかまへんよ、減るもんやなしに」

 

 中央13陸がうち1陸を担う白鷺本家当主、白鷺朧は張り付けた笑みを浮かべる。

 

「私も同じく」

 

 中央13陸がうち2陸を担う雲井本家当主、雲井庸平は頷く。

 

「……それじゃあ、会議を始めましょうか」

 

 中央13陸がうち6陸を担う我妻本家当主代理、我妻文は先導を取った。

 これから闘魂士を統べる清明協の首脳会議、七星会が執り行われる。

 その取締役である『お文』こと我が母は、会議の要件を話した。

 

「今日皆様に集まってもらったのは他でもない、怪異の件についてです」

「そりゃそうやろうなぁ、じゃなかったらどついてますもん」

「おい、白鷺」

「なんですか、九重はん?」

「……」

「……」

 

 白鷺当主と九重当主が睨み合う。その喧騒を、母は一つの咳で吹き飛ばした。

 

「お二人とも、宜しいですか?」

「……良いぜ」「当然ですわ」

 

 二人はまだしこりを残しているようで、言葉尻に不満を残したトーンだった。

 なんで僕がこんなところにいなきゃいけないんだ……

 

「先日、魂波マグニチュード6.3が観測されました。場所は静景の南西。住宅街の一角です」

「6.3やったら正味三位さんみ深緋しんぴ程度やないですか。雲井はんところが選りすぐりを出したらええんとちゃいます?」

 

 魂波マグニチュードというのは文字通り魂波の大きさだ。鵺羅ぬえら夜魅やみは活動の際に魂波という魂の揺らぎを出すことで知られている。その大きさで怪異の強さをある程度図ることができるのだ。

 

 Mマグニチュード6.3は白鷺さんが言った通り、怪異階級における九段階中の三位、中央13陸を揺るがしうると断定される『深緋しんぴ』の個体と考えられる。


 怪異の脅威度は色で分類される。基本序列は紫>緋>緑>縹、それぞれに浅と深が存在する。故に一位は深紫、二位は浅紫、三位は深緋、四位は浅緋、五位は……と続いていく。最後は無色、人を害しない程度の怪異だ。

 

 話は戻るが深緋程度ならば四縁家とよばれる我妻家・九重家・雲井家・白鷺家のそれぞれのエースの誰かが対処すればいい。


 静景が雲井家分家の担当であることを考えれば、本家からエースを借り出して退治するのが通例のはずだ。しかし、今回はわざわざ緊急招集がかけられた。その意味は──

 

「地図をご覧ください」

「あぁ、これは……」

「ご覧の通り、想定されうる被害範囲に皇霞が含まれております」


 僕らが囲むテーブルの中央に広げられた地図の中心から広がった赤い範囲は、皇族の所有地である皇霞すめがすみの上にも広がっていた。それを神妙な様子で見つめる面々。特に白崎朧は鋭い視線をその地図に注いでいた。


「皇霞は中央13陸の最も大事な場所、やからお文はんは我々を呼びはったんやな?」

「その通りです。我々から出た錆で唯一私達が管轄してない皇霞に被害が出れば、問題になるでしょう」

「清明協の官営化が進みますな」


 九重当主の言葉に面々の顔はさらに渋くなった。


 清明協は今の所、政府から独立を保っている。それは元々民間の組織が政府に変わって市民の安全を守ってきた名残であるが、近年では官営化をしたほうが適切だという声も上がっているのだ。

 清明協はなんとかその流れに争っているが、無関心な一般市民や一部の闘魂士からもその声は上がっていて、このままでは時代の流れに逆らえそうもない。そこで出てきたこの事案はまさに彼らに絶好の機会を与えるものなのだ。

 

「決してマグニチュードだけで怪異の階級分類は決まりません。M5の怪異であっても、皇霞の中心に現れれば浅紫──九位中二位相当と考えられます」

「なら、今回は一段上の浅紫、あるいは最上位の──」


 そこで僕に視線が集まった。

 え、なんで僕?

 

「……にいしか対処できないじゃん」

 

 なんでだ、妹よ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る