第14話 アルセストの回想(1)
マナレスたちが炎に巻き込まれる少し前――
アルセストは森の中でひとり眠りにつくと、いつものように夢の中で過去の出来事を追想していた。それはプリウェンとの甘いひと時……などという楽しい物ではなく、むしろ最も思い出したくない悪夢にうなされていたのである。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
誰か英雄が現れ竜を退治してくれるのを、人々は神に願うばかりだったのだ。
けれど英雄たちがやってくることは決してない。何故ならこの街は、差別された移民が住む見捨てられた街だからだ。
いわば街全体が竜に捧げられた
だがそんな状況を解決するために立ち上がったのが、盾の聖女プリウェン率いる騎士団である。それは有志によって作られた、国に仕えぬ私設の兵団だった。
盾の女神の生まれ変わりと
住民たちの一部を一時退避させ、この街の古城に竜を
決戦前の決起集会――アルセストは派手な真紅のマントをはためかせながら、城壁からせり出すバルコニーに勇ましく立っていた。
彼が見下ろす城壁前の広場には、投石機などの大型兵器の数々や、陽光のもと風に舞う幾つもの隊旗と共に、これから始まる戦いに備え兵士たちが集まっている。
援軍が来ることのない決死の戦いにもかかわらず、兵士たちの顔に悲壮感はなく、むしろこの戦いに名を連ねることに誇りさえ持っているように見える。
アルセストは後ろを振り向き、プリウェンに伝える。
「プリウェン、みんなお前の
「言われなくてもわかっている」
アルセストの言葉に促されるように、バルコニーからプリウェンが姿を現すと、兵士たちから歓声がわき上がった。
プリウェンは白銀の鎧に身を包み、白の
だが、血に染まっているのは眼だけではない。これまでの戦いで負った傷のために、痛々しい包帯が身体のあちこちに巻かれていたからだ。
プリウェンはその神秘的で
それに今では彼女の左腕は怪我で動かすことができず、その象徴だった聖乙女の描かれた盾はアルセストに譲り渡されている。
兵士たちの前に凛然と立つプリウェンは、歓声が鎮まるころを見計らうと、天高く剣をかかげて声を上げた。その声は乙女の細い身体から発せられたとは思えないほど、広場に響き渡る。
「私は神の使いだとか聖女なんて言われているが、そんなものは嘘だ! それに神は誰も救わない、神がお前たちを救うことは無い、奇跡は起こるはずがない、そんなものは信じるな!」
アルセストは驚く。これから死地に
思わず押しとどめようとしたアルセストを手で制し、プリウェンは言葉を続けた。
「私は一度受けた傷が二度と治らない呪いにかかっている。神の奇跡を使ってもこの傷は治すことができない。
もし神が救ってくれるなら、私にこんな呪いをかけるはずがないではないか!」
「ば、馬鹿……プリウェン、何を喋ってるんだよ!?」
アルセストは焦りの色を浮かべる。プリウェンの呪いは、アルセストを含め一部の仲間しか知らない秘密だった。そんな秘密が公言されれば、彼女をより危険にさらすに違いなかったからだ。
衝撃的な告白に、先ほどまで歓声を上げていた兵士たちも静まりかえる。
「聖女が自らの傷を癒すこともできない」――はたしてそんな呪われたプリウェンについていこうと思う者がいるというのだろうか……。しかしそんなアルセストの心配を気にとめることもなく、彼女は叫ぶように訴えた。
「だが、たとえ神がお前たちを守ってくれなくとも、私がお前たちを守る! たとえこの身が傷だらけになり死に
だからお前たちも守り続けるんだ。我らの剣は、敵を撃ち滅ぼすためだけにあるのではない。自らの命と、人々を守るためにあるのだ。我らの剣には数万の人々の命がかかっていると思え。
だからたとえ命を落とすことになっても、決して剣を地に落とすな。魂まで地に落とすな!
そしてお前たちがひとつだけ、私のわがままな願いを聞いてくれるのだとしたら――」
プリウェンは赤い眼を閉じ深く息を吸うと、想いと共に吐き出した。
「どうか私にお前たちの力を貸してくれ。ともに戦ってくれ! それが私の願いだ」
彼女の言葉が終わるとともに、兵士たちは剣をかかげ天に向かって突き上げた。
傷を癒すことさえできないプリウェンが、危険を恐れることなく最前線で戦ってきたのだ。それに
兵士たちの目には、勇ましい演説を終えたプリウェンは人々を導く堂々たる勇者のように見えたことだろう。だが彼女の肩がかすかに震えているのをアルセストは見逃さなかった。
彼女はその小さな肩にたくさんの命を背負って戦っている。プリウェンは人々を守ると誓ったが、彼女を守る者もまた必要ではないか。
アルセストは微笑みながら彼女の肩を抱くと、聖乙女の盾をかかげて兵士たちに叫んだ。
「プリウェンは、『神は助けちゃくれない』と言ったが安心しろ! なにせ俺たちには神ではなく、女神がついてるからな。」
「ア、アルセスト、馬鹿なこと言うな……」
プリウェンは透き通る白い肌を耳まで真っ赤に染めてしまう。彼女に向かって俺の女神だと豪語したアルセストを、兵士たちが歓喜の声と共にはやし立てる。彼らの士気は最高潮に達する。
その時はまだ、誰もが勝利を疑わず、平和な未来を勝ち取れると信じていた。
だが全ては無残に破られた――
巨大な魔竜の力は人知を超えていた。生物というよりは人の手の及ばぬ災害、天変地異に等しい――まさに恐怖という概念を体現したかのような存在だったのだ。
幾重にも張り巡らした計画は竜の鱗によって力ずくで突破され、用意した兵器は尻尾の一振りで瓦礫の山と化し、隊旗はへし折れ竜の吐いた炎に散り、数百の剣は地に落ちた。
もはや誰もが敗北を認め、死を覚悟した――
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