未空 Pre Episode 1 1-3
『そういえば、わたしを助けてくれたその人の名前は……?』
「それがぁ……」
言いづらそうにエリルが目を逸らす。
「服乾かしただけで出てっちゃったんだよね、名前も住んでるとこも言わずに」
『そう、なんだ……』
残念な気持ちでいっぱいになった。もし助けてもらえなければ、自分の中にある生きようとする意思にも気づかないまま、終わっていただろうから。
「ぱっと見だと冒険者って印象だったかなぁ。でも……魔法師の格好してたけど、どっか違う感じもあったかなぁ……?」
『冒険者……?魔法師なんだ』
ぼんやりと思い出す、凛とした声と、意志の強そうな目つき。
――そうだ、緑色の石のペンダントもしていた気がする。
「お~い、リサっ」
眼前で手を振られる。
『え、なに?』
「なに?じゃなくって、今ボーっとしてたから……大丈夫?もう少し寝てた方がいいんじゃ」
エリルの心配そうな視線に、
『ううん違うの。助けられた時にうっすら見たその人を思い出してただけだから』
その言葉に、エリルの瞳に急に意地悪そうな光が宿る。
「……あれー?もしかして好きになっちゃったとか?確かにカッコいい人だったもんねぇ」
スキを与えまじ、とばかりに直球剛速球を投げてくるエリル。彼女は割と面食いな方である。その勢いに思わず、リズの口……ではなく話す手もたじろぐ。
『も……もう、エリルじゃないんだから違うよ!ただ、お礼が言いたかったのになって、それだけ!』
「ふふっ、冗談だってばっ。リサったらいっつもこういう時の反応かわいいんだからあ」
エリルがまるでおばさんっぽく前後に手をパタパタと振る。でもやっぱりニヤニヤしてる。
「うーんー……」
少しの間の後、突然顎に手を当てエリルが考えるように俯く。
「……もし冒険者なら、宿場通りに泊ってるかもだよ?人多いから見つからない可能性も高いけど」
『宿場通り、かぁ』
兄のグレイの事を思い出す。彼は今 “とある理由で” 冒険者――その中でもとりわけ魔族専門に請け負う「ハンター」と呼ばれる生業に身をおいていた。
冒険者組合とハンター協会は協力関係にあり、ハンター協会は凶暴なモンスターや魔族――一般的には悪魔と呼ばれてる――などが絡む依頼をメインに請け負い、仕事を斡旋する組織だ。
『いいかリサ。宿場通りには絶対に近づくんじゃねえぞ?いくらこの街が治安いいったって、あそこに集まる冒険者はピンからキリまでいる。ガラの悪い連中がたむろってることもあるし、お前みたいな女の子がいたらそれだけで危ないからな』
グレイの言葉が頭をよぎる。
誘拐などという話はそう聞かないが、冒険者同士の揉め事など日常茶飯事。トラブルが多発することで有名な一帯だった。
でも……。
(明日はわからないけど、今日ならまだいるよね)
やっぱりお礼が言いたい。正直言って手掛かりはないに等しいが、見つからないと決まったわけじゃない。
起き上がる。なぜだか底知れぬ気力が湧いてくる。体はまだ重かったが、それでも気持ちが全てを動かした。
「ま、まさか今すぐ探しに行くつもり?」
慌てるエリル。無理もない。安心できる状態になったとはいえ、まだ休むべき身体なのだ。
だがリズは、病院の患者用服から側に置いてあった外出着――つまり元の格好に――素早く着替えてしまっていた。
「や、やめたほうがいいって!せめて丸一日休んで、それから誰か付き添いを……!」
『ううん、大丈夫』
焦るエリルに対し、リズは穏やかに微笑む。
『わたしはエル・カルドス家の娘。こんなことで、他方の手をお借りするわけには参りません』
――そう言い切られてしまうと、エリルはもう何も言えなかった。
「うん、そっか……」
彼女との育ちの違いを、あえて自ら見せつけたリズ。絶対に譲れないことだったとはいえ、少々申し訳ない気持ちになる。
「気を付けるんだよ。暗い路地とかは絶対に入っちゃダメだからね?」
念を押す。
『うん、ありがと。じゃあ……行ってくるね』
――パタン。
あの一言で暗に手伝いまで断られてしまったエリルは、複雑な表情を浮かべた。それはどこか寂し気で、けれども嬉しそうな顔だった。
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