第6話 報告会

 燐翔は胸倉を掴む3課の職員を冷ややかに見上げていた。静まり返った会議室には、張り詰めた空気が重くのしかかっている。


「お前、今なんて言った……?」


 掴む手に力を込めながら、3課の女性職員が低く唸るように燐翔を問い詰めた。


「上層部の指示に基づいて行動しただけです」

「そのせいで、伊藤は死んだんだぞ!」


 涙で掠れた声が会議室中に響き、壁に反響して消えた。再び訪れた静寂の中でも、燐翔は表情を崩さない。


「現場に駆け付けた時、彼女はすでに亡くなっていました」

「だが……!」


 課長が机を拳で叩いた音が鳴り響き、その音を合図に、沈黙は怒りの叫びに塗りつぶされる。


「現場に到着するまでに何分かかった!? お前らがちんたら準備していたせいで、犠牲者が出たんだ!」


 課長の言葉が部屋中にこだまし、無数の非難の視線が燐翔に突き刺さる。その視線を一身に受けながら、燐翔は静かに言葉を返した。


「上層部の指示に従い、3課の撤退を待ってから出動しただけです」


 その返答は筋が通っていた。しかし、だからこそ3課の職員たちの怒りをさらに煽る。


「グリーンアイを倒せるだけの実力があるなら、どうしてもっと早く来なかったんだ! 苦戦しているって連絡しただろ!」

「こちらにはその報告はありませんでした」

「嘘つけ! 霧生の妹なんだろ! 知らないわけがねえ!」

「知ってて無視したんだ! 自分の手柄を優先してよ! 命より成果が大事ってか!」

「ですから……」

「返してよ!伊藤を返してよ!」


 次々と浴びせられる罵声。それでも燐翔は淡々と返すが、その澄ましたような態度がさらなる怒りを引き起こし、阿鼻叫喚の嵐となる。


「いつもいつも!応援に来ないでよ!調査だって碌にしねぇ!それでいて、休んでばかりの癖に、昇格する!今回だって、どうせ兄ちゃんの力でも使ったんだろ!」

「お前のその我儘のせいで、人が死んでんだぞ!」

「人間のクズが!」

「……」


 燐翔が口を閉ざしても、怒号は絶えず部屋を満たし続けた。


(やはり、精神が不安定な人間に近づくのは良くないですね。次回からはオンラインにするように要求しておきますか……)


「何黙ってんだよ! ムカつくんだよ、その自分は悪くないって顔がよ!」


 突如、胸倉を掴んだ職員の拳が振り下ろされ、鋭い痛みが頬を貫いた。視界が揺れ、瞬間、燐翔の体は床に叩きつけられる。背中に衝撃が走り、息が詰まった。そのうちに腕を掴まれて無理矢理、地面に押さえつけ、馬乗りにされる。


「PWW適合者ならよ、程度じゃ死なないだろ!」


 職員は何度も拳を振り下ろした。音が部屋に響き渡り、殴るたびに周囲の空気が熱気に包まれ、無数の罵詈雑言が浴びせられる。口の中に鉄の味が広がり、意識がぼんやりとしてくるが、燐翔は反抗すること無くただ殴られていた。


(……過剰な暴力及び言動。症状が出ていますね。力の制御ができてない以上、抵抗すれば彼らが死んでしまいますし、どうしたものか……)


「てめぇなんか、死ねばよかったんだよ!」

「……」


 再び拳が振り上げられたその時、低く静かな声が部屋に響く。


「お前ら、何してる」


 全員が振り返ると、扉の向こうに一人の女性が立っていた。鋭い眼光と無骨な風貌、燐翔には見覚えのない人物だった。


「……島波しまなみか!」

「うるせぇな! 2課は関係ねえだろ!」

「伊藤は友人だったんだ。私にも関係はある」


 島波は冷たい視線を室内に巡らせると、ゆっくりと燐翔の元へ歩み寄った。その威圧感に、室内の空気が一瞬凍り付く。馬乗りになっていた職員を片手で押しのけながら、冷ややかに言い放つ。


「お前らこそ、何してるんだ」


 そのドスの効いた声には殺気がこもっていた。


「いい加減にしろ。伊藤がこんなことを望むと思うか? 責任を押し付ける前に、自分たちの無力さを恥じろ。仇を討った相手に感謝こそすれ、暴力を振るうなんて筋違いだろ」


 島波の一言に3課の職員たちは怯み、暴力を続ける手も、怒号も止まった。しばらくの静寂の後、リーダーが悔しそうに言葉を吐き捨てる。


「……明日の合同訓練でわからせてやる」


 その言葉を最後に、3課の職員たちは部屋を後にした。島波はしばらく燐翔を見下ろしていたが、やがて静かに口を開いた。


「えーっと、あの……すいません……」

「……いえ、助かりました」


 燐翔は血を拭き取りながら、一礼する。先ほどとは打って変わって見た目に反しておどおどした様子で燐翔の事を気遣う島波の姿に、ふと微笑む。


「血、血が……」

「心配には及びません。この程度はすぐに治ります。島波さん、ありがとうございます」

「は、はい。凄い声が聞こえたので、わ、私、あ……。おほん、大丈夫ならよかった。一瞬、本性が出てしまったが、君、くれぐれもこのことは秘密にしてくれ」

「はい、わかりました。そろそろ、次の任務に行かないといけないので、すいませんが失礼します」

「ああ、頑張ってくれ」


 燐翔は島波に別れを告げ、部屋を後にした。


 全身に痛みが残るが、次の仕事が待っている以上、立ち止まるわけにはいかなかった。


 冷たい廊下に、燐翔の足音だけが響き続けた。

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