第四十三話/亀

崩落から数十秒後、5メートル程の岩を退かして、下からシュテンが顔を出す。

「助かったっス…アニキ」

「全員、無事ですか?」

「ああ…っておいメイ大丈夫か!」

「あわわ…待ってて下さいっス姐さん!」

シュテンの影には、右腕を抑えてうずくまるメイと、それに対してあたふたするマンジュとアンナが居た。

「えへへ、少し失敗しちゃいました」

冷や汗を浮かべながらも笑顔を作るメイに、シュテンは怪訝な顔になる。

「メイお前ェ、なんであんな事したァ」

爆発の瞬間、メイはシュテンを引っ張って覆いかぶさろうとした。

シュテンがそれに気づいて逆に引っ張らなければ、メイはシュテンと大岩の間に挟まれる事になっただろう。

マンジュとアンナをシュテンの影に引っ張りこんだのもメイだが、最初の一瞬の遅れで、メイの右腕は小岩の雨に晒される事となった。

「変な事せず俺の後ろに隠れてりゃァ、そんな怪我しなかったろォがァ」

シュテンの問いにメイはキョトンとし、そして微笑む。

「さぁ、咄嗟に身体が動いたので」

「あァ…?」

「あったっス!今治すっスよ!」

マンジュが魔導鞄からヨーローの杖を出し、メイの腕に当てる。

「しかし、なんの爆発だったんでしょうか?」

「さぁな、だが不自然だったよな」

治療を受けながら、メイはシュテンを見上げる。

「シュテン殿、先程から崖の方を気にされてましたが…うわっ!?」

メイを遮ったのは、大きな地震だった。

「おい!マズイぞ!」

アンナが指差す先には、崖に入る亀裂があった。

地震のせいか、みるみる広がっていく。

このままでは、先程とは比にならない崖崩れが起こる事は明白だ。

「シュテン!メイを抱えて走れ!」

「わあっ!?」

アンナがマンジュの首根っこを掴んで崖とは逆の方向へ走り出す。

「あァ」

「ひゃっ!?」

シュテンも言われた通り、メイを小脇に抱えて後を追う。

すると、広がった亀裂がパキパキと音を立て、崖そのものが破裂した。

「うわっ!?」

衝撃に足を取られアンナが転ぶ。

直後、大きな音が辺りを包んだ。

「何ですか!?龍!?」

シュテンの脇でメイがジタバタする。

龍の咆哮にも似たそれを出した正体を確かめようと、崖の方を振り返った。

「ありゃァ…龍かァ?」

「いや…龍じゃないっスね」

地震は収まり、アンナも立ち上がる。

「おいおい…四足の巨大な魔物ってまさかコイツか?」

崖の中から出てきたと思わしきそれは、山を背に抱えた巨大な亀だった。

亀は今一度雄叫びを上げると、前進しながら前足を振り上げる。

「マズイ!潰されるぞ!」

振り下ろした前足は、シュテン達の座標を踏み抜くが、シュテンがそれを受け止める。

「…マジか」

手で頭を覆ったアンナが、改めてシュテンの実力に息を呑む。

「アンナ殿!シュテン殿が抑えてるうちに!」

メイは完治していない腕を抑えながら刀を抜く。

アンナも剣に手をかける。

「いや、やめろォ」

だが、シュテンが制した。

「アニキ!?なんでっスか?」

「コイツからは血の匂いがしねェ」

その間にも亀は咆哮を上げ、地団駄を踏むようにシュテンへ足を振り下ろし続ける。

シュテンの足元は徐々にひび割れ、シュテンを中心に盛り下がって行く。

「まァ落ち着けよォ」

シュテンが亀の足を掴むと亀は抵抗し、足元の地割れは広がっていく。

だがシュテンが離さない限り、この場から動くことはないだろう。

「ん?…アンナ殿!あれを見てください!」

メイが亀の頭を指差す。

亀は激しく暴れているが、その額には禍々しい石が刺さっており、魔力を放っていた。

「あの石…もしかしてあれが刺さって暴れてんのか!?」

「あれを抜けばいいんスね!」

マンジュが魔導鞄からイダテンソックスとテンタクルスコップを取り出す。

「お嬢、頼むっス!」

イダテンソックスを装着したマンジュは、後ろへ下がれるだけ下がる。

「よし来い!」

マンジュの意図を察したアンナが手で踏み台を作る。

「行くっス!」

マンジュは全力で走り出し、アンナ目掛けて跳躍する。

「そぉらぁっ!」

マンジュの体重が掛かると同時に手を上へと押し上げる。

跳ねたマンジュは亀の頭へしがみつくと、額の石に触る。

「ぐっ…やっぱ硬いっスね…っておわっととと!」

当然だが亀は動く。

一歩間違えれば吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

「し、心臓に悪いです…」

「まったくだぜ…」

地上組の二人はヒヤヒヤとマンジュを見守る。

「頼むっスよ、テンタクルスコップ」

マンジュが石の表面にテンタクルスコップを押し当てると、伸びた触手が石を包み込んでいく。

「せーのっ!」

頃合をみて勢い良く引っ張ると、石が綺麗に亀から引っこ抜けた。

「やったっス!…っととおとおっと!」

しかし抜けた瞬間、亀が大きく頭を揺らし、マンジュはしがみつく為に石が絡まったテンタクルスコップを手放してしまう。

「危ないっスね…ん?」

尚も咆哮を続ける亀の、石が刺さっていた場所を見ると血が吹き出していた。

「この怪我が原因っスかぁ?…弱ったっスね」

地震の折、メイに使用していたヨーローの杖は落としてしまっている。

「お嬢ーっ!姐さーんっ!…ダメっスね」

マンジュは魔導鞄を漁る。

「なんか…あった!」

取り出したのは一対のイアモニ。

「どっちか…届けっス!」

狙いを定めて、その片割れを投げる。

「ん?なんか投げ…わっわわっ!」

ギリギリで気づいたメイが慌てて受け止める。

「いたたた…これは、イアモニ?」

メイは装着してみる。

『マンジュ殿?』

『姐さん!届いて良かったっス!』

『どうされたんです?』

『額の傷を塞ぎたいんスけど、ヨーローの杖をさっき落としてしまったっスよ!』

「えっ!?」

この混乱の中で落としたのなら、亀に踏まれてる可能性もある。

メイはシュテン越しに亀の胴下を見渡す。

「…!ありました!」

亀の左後ろ足付近に、ヨーローの杖特有の煌めきを見つけたメイは駆け出す。

「あ、メイ!」

遅れてアンナも走り出す。

亀の動きで揺れる地面を走り抜け、メイはヨーローの杖を拾い上げる。

「これだ…!」

「メイ!」

名を呼ばれ顔を上げると、亀の足が眼前に迫っていた。

鼻先を掠めたその時、視界が横にブレる。

「ぐあッ!」

気づくと、アンナが亀に横腹を蹴られ地面を転がっていた。

すんでのところで、アンナがメイを突き飛ばしたようだ。

金属製の胸当てが出す衝撃音が、ダメージを物語っている。

「アンナ殿!」

「私はいいから!早くそれをマンジュに!」

「っ…はいっ!」

メイは来た道を走って戻る。

「シュテン!全滅したら責任取れよ!?」

アンナは半ばヤケクソ気味にそう吐き捨てた。

シュテンは沈黙を返した。


メイは亀の頭が見える位置まで戻ると、イアモニに念を送る。

『マンジュ殿!投げますよ!?』

『了解っス!見えてるっス!』

『せーのっ!』

メイが左腕で思い切り杖を投げる。

杖は不安定な軌道を描きつつ、亀の頭頂部付近で無事マンジュに捕捉された。

「っと、ナイスピッチっス姐さん!」

マンジュは姿勢を整えると、亀の傷口に杖を当てる。

「もう平気っスよ〜、大人しくなって欲しいっス」

ヨーローの杖の聖なる光が亀の頭を照らす。

傷口が塞がっていくにつれ、亀は落ち着きを取り戻していった。

頃合いを見てシュテンも手を離すと、前足はゆっくりと地面を踏んだ。

その隙にシュテンが亀の真下で転がっているアンナへ寄る。

「な、なんだよ…ってあいたたたた!」

シュテンはアンナの襟首を掴んで引き摺り始めた。

「おいシュテン!痛えって!」

「あァ?そんなとこに転がってたら踏まれるだろがァ」

「だとしてももっと優しく運べよ!」

「…こうかァ?」

シュテンはアンナを抱えあげる。

「うわあっ近ぇ!!っ痛!?」

反射でシュテンを遠ざけようとしたら転がり落ちてしまう。

「…何やってんだァ?」

「知らん!もうほっとけ!」

「シュテン殿、アンナ殿は私が抱えますね」

メイが駆け寄り、アンナを支え上げる。

じきに傷が塞がると、亀が頭を地面の高さまで下げ、マンジュを降ろしてくれる。

「治って良かったっスね。もう暴れちゃダメっスよ?」

マンジュが顔を撫でると、亀は方向転換し、何かを見つめているようだった。

マンジュがその視線の先を確認すると、落としたテンタクルスコップがウネウネと蠢いていた。

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