第二十九話/九の刻

「おお!ショージ!」

「親父ー!」

夜の領城に打撃音と笑い声が響く。

「…何度観ても慣れねーっスねアレ」

思わず出たマンジュの声にテンショウが「はっはっは」と笑う。

「親父、遅れてごめんね」

「良い良い、こうして無事に帰ってくれたのだ。親としてこれ以上のことは無い!」

興奮冷めやまぬ様子のゲンキに対し、テンショウが咳払いをする。

「む?おお、そうであったな。シュテンよ」

「あァ?」

「この度は多大なる貢献、誠に感謝する。お主が居らねば、この街はどうなっていた事か」

ゲンキが手を差し出す。

「…?」

「アニキ、握手っスよ」

マンジュがジェスチャーと共に耳打ちする。

シュテンは見様見真似でゲンキの手を握った。

「…」

何か言葉に出来ない変な感覚がした。

「ところで、わが娘は何処に行った?」

「お嬢なら診療室に」

「ふむ、ケンムの所か。よし、我々も様子を見に行こう」




「まったくもー、全然事前情報と違ったじゃんか」

ヴェイングロリアス領から遠く離れた街の外れ、建物と建物の間の路地にワドゥとホエンは転移した。

ホエンは計画が頓挫した現状に対し、壁を蹴る。

「…あの男、行動に一貫性が無さすぎますねぇ」

「…どーゆーこと?」

「ケンムくんですよ、彼がわざわざ計画の話を漏らしたから、あの厄介な冒険者達が絡んで来る羽目になった」

「でも、彼的にはアンナ嬢を殺りたかったんでしょ?なら領地に帰るように仕向けるのは普通じゃない?」

「果たしてそうでしょうか?」

「なにさ、はっきり言いなよ」

「内心…と言うか無意識に、彼は更生したかったのかもしれませんねぇ」

「ウチらは利用されたって事?」

「まあ、あくまであたくしの想像ですよ」

「ふーん…ま、どっちにしろ次会ったら全員殺せばいいし」

「簡単に言いますねぇ」

二人はそのままスラムの陰へ姿を消していった。




ゲンキ達が診療室へ入ると、アンナがこちらへ目線を上げた。

「親父…」

「どうだ、様子は」

アンナは黙って首を振る。

ケンムはあれ以降目を覚まさないでいた。

ヨーローの杖で身体的なダメージは既に回復しているが、魔力切れと生命力の減衰は自然回復を待つしかない。

「アンナ、お前も少し休んだ方がいい」

「…ああ、もう少ししたらな」

アンナはケンムの手を険しい顔で見つめる。

「…『カガセオ』か」

ぼそり、とそう呟いた。

「奴らは一体なんなんだ…」

マンジュが少し気まずそうに頭を垂れた。

「すまねえっス、アタシが何か知ってりゃ…」

「…もういいよ、アンタは傭兵だろ?そもそも知る由がないんだ」

アンナがマンジュの肩を叩く。

「…っス」

「それにしても、アイツら妙な事言ってたな」

ショージが口を出す。

「ああ、『勇者を終わらせる』ってな」

「あれってやっぱ、神話の否定って事だよね」

ゲンキが「ふむ」と眉間に皺を寄せる。

「だとすれば、国家転覆が目的か」

シュテンが置いてけぼりを食らっているのにマンジュが気づいた。

「あ、アニキ…もしかして勇者が何か分かってない感じっスか?」

「あァ、聞いた事もねェ」

「マジっスか…えーと、勇者ってのはですね…えー」

マンジュはシュテンにわかりやすく伝えようとするも、言葉選びが分からず口をパクパクさせる。

嗚呼、こんな時メイだったらスっと説明するのだろうな。

「…あれ、そういえば姐さんは?」

「メイ嬢なら、西門の方におりましたぞ」




メイは西門のほど近くで、魔石街灯の光を頼りに剣を構えていた。

「…」

先の戦いでの、自身の行動を振り返る。

『カカッ、貴女には無理でしょう、その実力では』

「…っ」

ワドゥの台詞が反芻する。

「もっと、強くならなければ…」

「へえ、珍しい得物だね」

「っ!?」

気づくと、少女が至近距離でドウジギリを眺めていた。

「な、誰ですか!」

無気配で現れた少女に、メイは間合いを取る。

「んー腕はあまり良くないみたいだね」

「な…」

「魔剣に振られてる感じだ、使いこなせてない」

メイはぐうの音も出ない。

「刀ってのはねえ」

少女はどこからか取り出した刀を抜くと、近くの壁の方を向いた。

「こう揮うんだよ」

少女が右腕を一振りすると、傷一つなかった壁が袈裟の形に裂けた。

問題は、壁が少女の間合いの外にあったと言う点だ。

「…魔法、ですか?」

「いんや、純粋な剣術だよ」

「…」

「キミにその気があるなら、教えてあげても良いよ」

メイの眉が動く。

しかし未だ、構えは解いていない。

「どうする?」

「…」

メイは返答せず、ただ少女の顔を睨む。

一体、何が目的なのか。

カガセオの罠かもしれない。

「おーい姐さーん」

遠くでマンジュの声がした。

自分を探しているようだ。

「ん、お仲間かい?じゃ、その気があったら明日、西の森へおいで。じゃ」

「あ…」

少女は踵を返し西門を出ていった。

「…」

メイはドウジギリを鞘に納める。

「あ、いたいた、姐さーん!」

一つ息を吐いて、マンジュ達の方を向いた。

「何してたんスか?」

「いえ、少し素振りを」

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