ジャンソン

あべせい

ジャンソン



「はい、フロントです」

「君、責任者かい?」

「いいえ、チーフはこの時間、おりません。私が任されております。何か?」

「何か、じゃない。ぼくはこのホテルを予約するとき、念を押したはずだ。朝が早いから、いつもの静かな部屋を頼む、と」

「何か、ございましたでしょうか?」

「『何か、ございましたでしょうか?』ッだ! この騒音が聞こえンのか。君の耳は壊れているのか!」

「はァ? 騒音ですか。お客さまのお部屋は、7階の712号室です。いくら大声でおしゃべりになっても、1階のフロントまでは届きませんが……」

「君は、ぼくにケンカを売っているのか! 隣の711号室にはどんなお客が泊まっているンだ」

「お待ちください……若い女性の方です」

「女性! 名前は?」

「それは、個人情報ですので、お許しください」

「隣はダブルだよな」

「はい……」

「ということは、カップル? 2人でどなりあっているのか? いや、違う。君、隣の女性は1人でダブルを使っているのか」

「どうでしょうか」

「『どうでしょうか』ッだ! これも個人情報、というつもりか」

「はい」

「あれは、金属音だ。何かをたたいている音だ。君ね。この騒音で、ほかの部屋からも苦情がきているだろう」

「いいえ。お客さまのお部屋がございます7階は、2部屋しかふさがっておりません。6階と8階は、すべて空いております」

「!? 君、それはちょっとおかしくないか。ぼくは、このホテルを毎月2度ほど利用している」

「そのようにうかがっております。とてもご贔屓いただいているお客さまなので、応対には十分気をつけるよう、チーフからも特に指示を受けております」

「ぼくはここに泊まるときは、いつもこの部屋を予約している。それがどうして、隣室にお客が入るンだ。ほかにいくつも空部屋があるというのに。おかしいだろう」

「隣室のお客さまが、711号室にして欲しい、と達てのご希望でしたので。特別にご便宜をお図りいたしました」

「わかった。教えてくれなくてもいいが、聞いてくれ。隣室の女性の名前は、芝浜桜だろう。合っていたら返事はしなくてもいい。しかし、違っていたら、違うといってくれ」

「違います」

「だったら、偽名を使っているンだ。君は特別に便宜を図ったといったが、おかしいと思わなかったのか。わざわざ、ぼくの隣に泊まりたいというお客に対して。何かある、と思わなかったのか」

「思いません。711号室の方は、富士山がよく見える部屋にして欲しいとおっしゃいましたので」

「富士か。ぼくもこの712号室は富士山がよく見えるから、いつも泊まっている。彼女はそれをよく知っているンだ。いい、もういい。こちらで処理する。その代わり、なにがあっても、来るンじゃないゾ」

「お客さま! 何か、起きるのでしょうか。トラブルは困ります」

「トラブル? ホテルには関係のないことだ」

「お客さま、落ち着いてください。冷静にお願いします」

「うるさい!」

 客は受話器を切ると、再び手に取り、ダイヤルする。

「もしもし……出ない、いないのか、もしもし……」

「はい……」

「失礼します。隣に宿泊しています、712号室の者ですが、何かお困りごとでもございますか?」

「はァ?」

「いえ、その、シャワーの出が悪いとか、天井から水漏れするとか、トラブルが起きているのかと思いまして」

「あなた、ホテルの方?」

「いいえ、客です」

「いま、何時?」

「午前1時31分です」

「こんな時間に突然電話をかけてきて、どういうことですか。トラブルなんか、ございません!」

 女性客、乱暴に電話を切る。

「違う、声が違う。あいつじゃないのか。しかし、2年もたっている。音はやまない。小さくなったが、あの金属音……鉄パイプをトンカチでゴンゴンとたたいているような……耳について離れない……あァー眠れない、明日は朝早くから、顧客を回らなけりゃならないっていうのに……」

 電話が鳴る。

「もしもし……もしもし! だれだ!」

 電話が切れる。

「なんだ、この電話は!」

 男性客、受話器をおろし、ダイヤルする。

「もしもし……」

「はい、フロントでございます」

「また、声が違う」

「はァ? 何でしょうか?」

「712号室の者だが、君は誰だ」

「フロントですが……」

「君もケンカを売ろうというのか。名前だ、フロント係の名前を聞いているンだ!」

「新谷です」

「君じゃない。さっき、私と話をしたフロントだ」

「さっきとおっしゃいますと、どれくらい前でしょうか?」

「10分もたっていない」

「では、私です。さきほど、騒音の件でお電話をいただきました」

「声が違うじゃないか。前はもっと汚い声だった。声変わりしたとでも言うつもりか」

「いいえ。以前から、この声を使わせていただいております」

「わかった。このホテルの受話器がおかしいンだ。そうしておこう。騒音だがね、隣の711号室の客は無礼だゾ」

「何か、トラブルでも、ございましたか」

「ございましたンだ! ぼくが下手に出て『何かお困りごとでもございますか?』と言ったら、何と言ったと思う?」

「さア?」

「さア、なんておっとり構えていていいのか。711号室の女は、『こんな時間に突然電話をかけてきて、どういうことですか。トラブルなんか、ございません!』とぬかすンだ。ぼくの睡眠を奪っておいて、だ。盗っ人たけだけしいとはこういう女をいうンだ」

「そういわれましても。騒音の主は、711号室ではないかも知れません」

「それだけじゃない。ぼくが電話を切った直後に、こんどは無言電話だ。君、無言電話に対処する、このホテルのマニュアルはどうなっている!」

「そういうものはございません」

「ないッ!? ないッていうのか。このホテルは創業して何年だ」

「御殿場に第1号ホテルがオープンしてから、ちょうど25年と聞いております。それでただいま、創業25周年フェアを開催しておりまして、いろいろサービスさせていただいております。ご案内いたしますか」

「何時だと思っている。そんなことを聞いている時刻か」

「申し訳ありません」

「このホテルは25年の実績があっても、無言電話の対処マニュアルも作っていないのか。けしからん。明日社長に直談判してやる」

「あのォ、もう、よろしいでしょうか」

「何だ? 眠くなったのか。ぼくのほうは、おかげでますます目が冴えてきた」

「申し訳ありませんが、ほかのお客さまからお電話が入っておりますので」

「ウソをつけ! こんな時間に電話を寄こす非常識人間がほかにいるというのか」

「はァ!?」

「わかった。いまはこれで勘弁してやる。しかし、だ。騒音の出所が隣の女だとはっきりしたら、それなりの責任はとってもらう」

「そうおっしゃられましても」

「だったら、隣の女の名前を言え。言えば、無罪放免してやる」

「内緒にしてくださいますか?」

「君の立場はわかっているつもりだ」

「絶対ですよ」

「絶対だ」

「このことが上司に知れますと、解雇されますから」

「そんなことはさせンから、安心しろ」

「では、お話します」

「隣室の客の名前は?」

「お客さまからも秘密にして欲しいといわれております」

「そうだろう、当然だ」

「711号のお客さまに、私が話したことがわかりますと、解雇だけではすまないかもしれません」

「それは、わからないようにする」

「誓ってですか」

「誓って、だ」

「本当ですか」

「本当だ」

「絶対ですよ」

「君ィ! くどい!」

「ですが、コトは重大です。このことに関しまして、私にはお客さまのご要望にお応えする義務はございません」

「わかっている。すまなかった。大声をあげて、気を悪くしないでくれ」

「ここを解雇されますと、困るンです。年老いた母と2人暮らし。明日にも生活に困ります」

「そういうことか。わかった。金は出す」

「いくら?」

「そ、そりゃ、それなりに、だ」

「それなりに、って?」

「それなりだ」

「それではわかりません。30万か、50万、はっきりしていただかないと」

「50万!? 君、このホテルは1泊いくらだ」

「朝食込みで、1部屋、5900円いただいております」

「比較的安価なビジネスホテルだ」

「それがどうかいたしましたか?」

「君、本当にフロントマンか」

「1階までご足労いただいて、ご自分の目でお確かめになりますか」

「君ね。5900円のホテルに泊まって、どうして30万も50万も出すンだ」

「それだけ必要な情報だからでしょう」

「隣室の客がだれか、知りたいだけだ。いまわからなければ、明日、部屋から出てきたときに確かめられる」

「そうですか。では、そうしてください。そのほうが、私もクビにならずにすみます」

「待て、わかった。明日、チェックアウトするとき、『新谷』と書いた封筒をフロントに渡しておく。明日の朝、君は勤務じゃないのだろう」

「いいえ、明日の早出勤務の者が急病になりまして,私は明日の午後2時まで勤務します」

「じゃ、封筒は直接、君に手渡す」

「そのほうが安心です。で、封筒の中身ですが」

「このホテルの1泊分を入れておく。それでいいだろう」

「そんなところでしょうね。でも、5900円は半端です。私が百円お足ししますから、6000円にしてください」

「細かいやつだ。わかった。釣りはいい。6000にして、入れておく」

「お心遣い、ありがとうございます。では、明日」

「キミ、キミ、君ィ! 待ってくれ。隣室の女性の名前が、まだだ」

「そうでした。いま宿帳を見ます。エー……711号。これだ。お名前は……芝浜桜さまですが」

「それはぼくがさっき、言った名前じゃないか」

「ご不満ですか?」

「そうじゃない。君はぼくが、隣の女は芝浜桜かと尋ねたら、違うと言ったじゃないか」

「あの時点では、すべて違うと言います」

「ウソをついたわけか」

「ウソではありません。本当のことをお話すると、封筒に入ったお心遣いがいただけません。失礼します}

 電話を切る。


「もしもし……」

「ぼくだよ」

「どなたですか」

「もう、ばれているンだよ。どうだい、ぼくの部屋に来ないか? 隣の712号室」

「お名前をおっしゃってください」

「君は相変わらず、頑固だな。東久員だ。もう、何年になるかな。この街で出会って、この街で別れた」

「東さん、ですね。よく存じています。この街の若い女性をもてあそび、それでも足りなくて、女性の預貯金をすっかり持ち逃げした」

「待ってくれ。いったい、何の話だ」

「あなた、この街に何しに来られました?」

「仕事だ」

「どんなお仕事ですか」

「君も知っているように、お客のクレーム処理だ」

「どんなお客さまですか?」

「だから、大手の通信販売やカタログ販売の会社から商品を買ったお客だ。通販会社だけじゃない。デパートや家電の量販店でも、通販をしているところが多いから、そうしたお客の苦情の処理も頼まれる」

「明日のお客さまは?」

「明日? 待ってくれ。ファイルを見る……エーッ、駿河塚2丁目の芝浜、桜!」

「わたしの名前は?」

「芝、浜桜! これはどういうことだ。待て、クレームの内容は……『マッサージチェアを買ったが、スイッチを入れた途端、体を締めつけられ、体が動かなくなった。コンセントを抜いてようやく解放された』だ」

「あなた、芝浜、サクラという名前を聞いて、思い出さなかったの? 2年前の女を、全財産を貢いだ女を!」

「落ち着いてくれ。君は2年前の恨みを晴らすために、マッサージチェアを買って、デパートにクレームを入れたのか?」

「そんなことどうでもいいわ。お金を返しなさいよ」

「金! あれは……」

「散々、『芝浜桜』の名前で手紙を出して催促したのに、なしのつぶて。ここに来て、隣室の騒音を聞いて、ようやく芝浜桜を思い浮かべたけれど、クレーム処理の当の相手が芝浜、サクラとあっても、全く気がつかない」

「芝と芝浜では、姓が違う。苗字が違っていたから、気がつかなかった」

「こんなバカを相手に、千5百万円も貢いでしまったわたしもバカだけれど、わたしはいま追いつめられているから、何をするかわからないわよ」

「待て。あの金は投資だ、投資したンだよ。あのとき、急上昇していたキンに全額投資したことは、承知しているはずだ」

「あなた、あのとき競輪場にいたわたしに声をかけたわね。全く、見ず知らずの女だったのに」

「あまりにも、きれいだったから」

「お世辞はまだ言えるのね」

「お世辞じゃない。君はとても美しかった。掃き溜めに鶴というが、君はまさしく競輪場に咲いた一輪の花だった」

「そんな歯が浮くようなことが、よく言えるわね。悪い気はしないけれど。でも、そんなことじゃ千5百万円はチャラにはならないわよ」

「しかし、あの日の君の車券が、万車券に化けたのには、ぼくのアドバイスが貢献しているよ」

「どうしてよ」

「そうだろう。そもそも、ぼくが①、④と強く勧めたから、君が千5百万円をゲットできたンじゃないか」

「あなたの勧めた①、④は、ゴール前までは大外れだったわ。ところが、トップを切っていた⑦番がゴール直前で転倒、それがもとで落車が続出したから、①、④が来ただけじゃない。あのアクシデントがなかったら、わたしは、きっちり5万円やられていたわ」

「勝負は勝負。勝ちは勝ちだよ。ぼくは、あの転倒が予期できたから、勧めたンだ」

「今頃、何ほざいているの。あなたが買った車券は、本命の⑤、⑨だったじゃない。それに、トップが目の前を走りぬけたとき、『やられたッ!』なんて叫んで、わたしの持っていた車券まで破って、空に投げたでしょう。その直後よ、トップが転んだのは」

「君は記憶力がいいンだね」

「わたしは、びっくりして、宙に舞っている当たり車券をかき集めたわ。あの時のあなたは、もっとすごかった。まるで、奥さんに母子心中されたみたいに、顔面蒼白になり、小刻みにガタガタ震えていた」

「……」

「でも、あなたの立ち直りは早かった。それだけね、あなたの取り柄は」

「……」

「わたしが拾い集めた車券を鷲づかみにすると、『取り換えてきてやる』といって、駆けていった。わたしは『ドロボー!』と叫んで、後を追いかけた」

「ぼくはもう少しのところで、警察に突き出されるところだった。ガードマンに馬乗りになられ、息もできないくらい首根っこを絞めつけられて、失神しかけたとき、君が追いついてくれて、事なきを得た」

「翌日、このホテル、このダブルの711号室よ。あなたはわたしが手に入れた千5百万円を、倍にしないか、と言ったわ。いまなら、洟も引っ掛けない話だけれど、あのときはどうかしていた。千5百万円の入った預金通帳をあなたに預けた。キンを買うのなら、例え値下がりしても、キンは手元に残ると思っていた。先物なんて、そんな魔物があるなんて、知らなかったわ。あなた、元金どころか、それ以上の損が出ることもあるって言わなかった、でしょう!」

「その代わり、当たればデカい。勝負ってそんなもンだ」

「調子のいいこと、いうンじゃないよ! 結局、あなたが買ったキンは値下がりを続け、千5百万円はすっからかん。わたしは、あなたの住所まで押しかけたけれど、あなたは夜逃げしたのか、いなかった。クレーム処理の会社に電話をしても、住所は個人情報だとか言って教えない。出勤したところを捕まえようとしたけれど、あなたはいつも全国各地を飛び回っているから、結局泣き寝入りになった。けれど、2年たって、ようやく気がついた。あなたはクレーム処理が仕事だから、クレームを持ち込めば、向こうからのこのこやって来る。疑似餌に釣られるバカな魚と一緒。だから、毒針のついたエサを投げたのよ。そして、定宿にしているこのホテルの、712号室に泊まることはわかっていたから、深夜になって、競輪場のジャンを録音したテープをラジカセでガンガン鳴らしてやった。そうしたら、案の定『うるさい!』じゃなかった、『お困りごとはございませんか』なんて、気味悪い猫なで声で電話がかかった。その声で、あなたと確認できた。さァ、返して。千5百万円、耳を揃えて、返しなさい!」

「あの騒音は、競輪場のジャンだったのか。どこかで聞いた音のような気がしていたが」

「わたしには、ジャンは子守唄よ」

「子守唄? 君ね、よく考えようよ。確かに、千5百万円は借りて使ったけれど、元々は5万円で買った車券が千5百万円になったンだ。だから、君が損をしたのは、5万円と考えたほうが、気持ちがラクじゃないか」

「ラクなのは、あなたでしょうが!」

「いま、ぼくは、ここに10万円、持っている。これを明日、君に渡す。すると、2年前の5万円が10万円になったようなものだ。いまどき、銀行に預けて、例えどんな定期でも、5万が2年で10万になるか。どうだ、これで手を打たないか」

「あんた、バッカじゃないの。わたしは、あれ以来、競輪にはまって、サラ金で借りたお金で車券を買って買って買って、スッてスッてスッて、いまはもうすってんてん。あんたが今夜、ここに泊まるとわかったから、ここに部屋をとって借金の催促から逃げてきた。だから、ホテル代もない。それはいいけれど、明日車券を買う軍資金がないのが、いちばんつらい。だから、千5百万円はビタ一文まからない」

「借金って、いくらあるンだ?」

「1千万までは数えたけれど、あとはわからない」

「君はたいした女だ。まだ、31といっていたね。その若さで、ギャンブラーか。看護師の仕事はどうした?」

「夜勤専門で続けているわよ」

「昼は競輪場で車券を買い、夜は病院で患者のご機嫌うかカイか。君ね、患者の乗っている車椅子を見たら、自転車に見えるだろう?」

「車椅子は自転車には見えないけれど、白衣の医師は競輪選手、診察券は車券、診察室の窓口は車券を買う投票窓口、病院の屋上から見える学校の運動場は競輪場のバンクにしか見えない。もう、重症よ」

「明日。ぼくが持っているこの10万円で、2年前の幸運をもう一度、ゲットしてみないか」

「5万円の車券が、千5百万円に大化けした? そんなうまくいくわけない」

「やろう。絶対、勝てる。勝たせてみせるから」

「?Θ§†ζ‡∮……そうね。そういえば、明日、あるのよ! 明日の第4レース。落車が続出しそうな予感がしているの」

「待て。いま君のそばにだれか、いるだろう?」

「いるわ。この部屋はダブルだもの。それくらい、想像しなさいよ」

「こんどの筋書きを書いたのは、その男か。最初からおかしいと思っていたンだ。君の頭じゃ、ちょっとできない展開だから」

「失礼ね。いいわ、恋人を誉めてくれたンだから」

「君のようなすっからかんの女を好きになるって、見上げた男だよ。機会があれば、拝顔させていただきたいものだ」

「いま声だけ聞かせるわ。あなた、電話に出て欲しいって」

「もしもし……」

「もしもし……聞いた声だな。君、ぼくを知っているかい?」

「はい、よォく」

「その声は!」

「新谷です」

「君はホテルのフロントマンだろう。客室にいていいのか」

「いまは休憩時間です。この部屋は従業員使用で、割引き価格にして借りております」

「どうして、そんなことをするンだ。まさか!?」

「たったいま、私が浜桜さまから、千5百万円の債権を買い取りました。これから、あなたの負債は私が取り立てます。容赦はいたしませんから、そのおつもりでいてください」

「そのつもりで、といっても、ぼくにはお金がない……」

「あるでしょう。10万円が」

「これで、千5百万円がチャラになるのなら、いますぐにでも返すよ」

「何をおっしゃっているのですか。明日の第4レースです。そこで、ゲットするンです。それがあなたのするべき全てです」

「外れるかもしれないじゃないか。外れたら、どうするンだ?」

「車券が外れる? それはありえないでしょう」

「どうしてだ。ギャンブルには勝ちもあれば、負けもある」

「あなたはこの勝負に負けることはできない」

「どうしてだ?」

「わからない人だなァ。負ければ、あなたは今夜のように眠ることができなくなる。これから、死ぬまで一生、ジャンの音を聞くことになるンです」

「ジャンでぼくの睡眠をこの先ずーッと奪うというのか」

「当然でしょう。千5百万円を貸した者としては、返済を迫るために最低限のことをするまでです」

「わかった。ぼくもジャンの1つで音を上げるわけにはいかない。ジャンジャンやればいい」

「あなた、平気なんですか。彼女のように、ジャンが子守唄にできるというのですか」

「子守唄にはならなくても、ジャンソンとして聴いてやる」

              (了)


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ジャンソン あべせい @abesei

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