A friend in need is a friend indeed.【友の中でも、真の友は困り果てたときに助けてくれる】

 ウィリアムはアリスと共にパーティールームを抜け出した。

 彼は階段の手前で足を止めると、アリスに左手をかざす。

「ここでお待ち下さい」

 ウィリアムは階段を三段降りて、そこから一階の様子を観察した。

 一階はカウンター席とテーブル席に分かれたバルで、主にアンドロイドが接客をしている。

 ウィリアムはアンドロイドの動きやパーツの形状からその性能を一目で見抜いた。

 アンドロイドは全員女性型で、偽装に特化した元軍事品FF106に接客用のプログラムを書き加えたもの。体内に重武装を内蔵することで警備を兼任し、フリソデ・キモノを模したメイド衣装をまとうことで腕の銃口を隠している。

 さらにウィリアムはアンドロイドのうなじに無線LANの子機があることに気づいた。このことから、遠隔マニュアル操作可能な後継機であると分かる。

 一階のアンドロイドは全部で五体だった。

 アンドロイドと共に一階を見回る店員は三名のみ。ウィリアムは店員の険しい顔つきから人を撃つことに抵抗のない者ばかりだと推察する。さらにジャケットの膨らみから防弾チョッキと拳銃を装備していることを見抜いた。そして店員の腰元には防犯設備やアンドロイドを操作するための端末がある。

 天井には四台の防犯カメラ。タレットを展開して集中砲火可能な高級品であり、電子機器を無力化する電磁パルス――EMPへの耐性加工も施されている。

 ここまで厳重な警備の中でブレーカーの位置を特定するにはどうすればいいか、ウィリアムは必死に考える。

 闇雲に店内を探し回るのはほぼ不可能。

 騒ぎを起こして混乱に乗じるという方法も取れるが、タレットとアンドロイドの集中砲火が始まれば一般客に犠牲がでてしまう。

 店員から聞き出そうにも、一介の客に答える者はまずいない。

 漏電を起こせば電力の供給を阻害することはできるが、魔術を帯びた電力が室内に流れ出せばどうなるか、ウィリアムにも想像がつかなかった。

「手段は選んでいられないな……」

 意を決したウィリアムは階段を上って、アリスに鼻を摘むジェスチャーをする。

「アリスさん。俺は一度パーティールームに戻りますが……どんな姿で出てきても驚かないで下さい。全て演技ですから」

「え? あの、私はどうしたらいい……?」

「一階のトイレの前で待機していてくれませんか。俺は酩酊した演技で店員の注意を引きつつ、トイレに誘導します。人目がつきにくい場所で制御端末を奪い取ることが目的です」

「そっか。ウェイトレスのアンドロイドを操作できれば、怪しまれずに店内を調べられるもんね」

「その通りです。理解が早くて助かりますが……アンドロイドの型式についてお詳しいですね」

「まあ、それなりにね。ホテルのバイトでアンドロイドの点検してるの。このお店と同じ型式のやつ使ってる」

「なるほど……では、端末を奪ったあと、アンドロイドの遠隔操作をお願いできますか?」

「オーケー。バイトで動作確認してるから大丈夫」

「助かります。店から出られないこの仕掛けは……ブレーカーを落とすことで無効化できるかもしれません。ブレーカーの位置は俺が店員から聞き出します。アリスさんはアンドロイドを遠隔操作してブレーカーを落として下さい」

「分かった」

 アリスはウィリアムの指示通り、一階のトイレの前に移動する。その間、ウィリアムはパーティールームの中に戻った。

 それからおよそ二分後。階段の方から轟音がする。

 ドコォ、ドガガガガ、ダァン!

 筋骨隆々な大男が階段を転がり落ちていた。ウィリアムである。

 打ち所が悪かったせいで、彼の頭から血が流れ出ている。

 アリスは叫びそうになるのをグッと堪えて、ウィリアムの指示に従った。

 どんな姿で出てきても、全て演技。アリスは心の中で自分にそう言いきかせるものの、心配なあまりウィリアムのことを小声で呼ぶ。

「ウィリアムさん……!」

 異変を察知した男性店員がすぐさまウィリアムのもとに駆けつけた。

 男性店員は赤毛のオールバックヘアーをしていて、毛先が反り返るように癖を付けた派手な出で立ちだ。

 赤毛の男性店員はウィリアムの顔を見おろしながら、耳元の端末で通信を始める。

 男性店員の爽やかな声には動揺がない。客が血を流して倒れているというのに、彼の軽々しい話し方はまるで崖から落ちた家畜をどうすべきか思案しているかのようだった。

「こちらブラッド。パーティールームからデカい客が転がり落ちてきたんだが、例の生け贄かい? なら救急車は呼べないな」

 ウィリアムは朦朧とする演技をしながら、赤毛の男――ブラッドの会話を盗み聞きした。

 会話の内容からして、ブラッドは魔術について把握している。

 つまり、ブラッドの通信相手は黒幕の可能性が高い。また今回の犯人は魔術に精通した単独犯ではなく、ブラッドを始めとした共犯者が店側にいるということ。店主が黒幕という可能性すらある。

 ブラッドはウィリアムに聞かれているとはつゆ知らず、何者かと話を続ける。

「バックヤードに運んで適当に止血しておこう。どうせ終わったら解体して売り捌くんだろう? 包帯をリボン結びしておこうか」

 ブラッドは通信をする傍ら、腰に下げた端末を操作してアンドロイドを一体呼び寄せた。

 そしてウィリアムの右肩に腕を通し、アンドロイドにもう片方の肩を任せる。

 ブラッドとアンドロイドがウィリアムのことを担ぎ上げた途端、ウィリアムの頬が膨らむ。

 次の瞬間、ウィリアムの狙いを定めた嘔吐によってブラッドのピカピカな革靴は吐瀉物の滝に打たれた。

 ブラッドの顔が引きつって彼の眉が持ち上がる。額にシワの山が連なり、頬がゲッソリとこけて五十歳ほど老け込んだ。

「オワッッッッ! これ『ミコノブリス』のシューズだぞッ!  オ、オレの魂がゲボまみれにッッッ!」

 『ミコノブリス』とは、世界的に有名な革靴ブランドである。

 ブラッドがうろたえる中、ウィリアムは革靴に向けて再び吐き出す素振りをした。

「やめろやめろやめろ! ぶっ殺すぞイエローゴリラ!」

 ブラッドは大慌てで他のスタッフに掃除を任せ、ウィリアムを一先ずトイレに運び込もうとする。

 彼らがアリスの前を通過したその瞬間、ウィリアムとアリスの目が合った。

 ウィリアムの情けない奇行とは裏腹に、彼の目は理性と知性、そしてアリスへの信頼に満ちていた。

 アリスは彼の無事を確信し、冷静に自分が成すべきことを考え始める。

「大抵の店には故障中とか照射するポールがあるでしょ。なんとかして客の出入りを防げば時間稼ぎになるはず……」

 その間、ブラッドはウィリアムを担いでトイレに駆け込む。

 ウィリアムは顔を上げて嘔吐を我慢する素振りをしながら、トイレを利用している客の人数を確認した。

(利用者は三人。個室は全て空いている)

 トイレの個室は二人の成人が辛うじて入れる程度の広さで、ブラッドは出入り口から一番近い個室にウィリアムを連れ込んだ。

 それからアンドロイドを個室の外に待機させて、ウィリアムのことを便座の前に下ろそうとする。

「今のうちに腹の中を空っぽにしておけイエローゴリラ。また俺の魂を汚したら口にフラグ・グレネード突っ込むぞ」

 だが、ウィリアムの腕が中々外れない。

「なあ勘弁してくれないか。野郎の胃液が『ミコノブリス』にかかるのは腹を撃たれて死にかけたときと同じくらい最悪だね」

 ブラッドがそう呟く背後で、トイレを利用していた客が気まずそうに外へ出ていく。

 ウィリアムは足音と扉の開閉数を数えることで客が全員出ていくのを確認した。

 最後の一人がトイレを出ていったその瞬間、ウィリアムはブラッドの耳から通信機を奪い取って電源を切る。そして左腕に力を込めて筋肉を隆起!

 その剛腕でブラッドの首を思いっきり締め上げた!

 ブラッドは咄嗟に抵抗しようとするが間に合わない!

「こいつ……シラフかっ!」

 ウィリアムはそのままブラッドの首を絞め続け、彼の意識を奪った。

 ブラッドの首から腕を離したウィリアムは、ブラッドを素早く便座に座らせて彼の両手を後ろ手に回す。そしてブラッドのスラックスからベルトを外した。

 ウィリアムは外したベルトでブラッドの両手を拘束し、さらに身動きが取れないようトイレの水道管に縛りつける。

 その直後、異変を察知したアンドロイドが個室の中を覗きに来た。

 アンドロイドが視認したのは、うなだれてトイレに座るブラッドの姿のみ。

 ウィリアムの姿がない。

 そのとき既に、彼は個室を仕切る壁の上にいた。アンドロイドの動きを予測していたのである。

 アンドロイドが状況を整理している隙に、ウィリアムは壁から降下!

 降りる勢いを乗せた手刀をアンドロイドの右肩に振り下ろす!

 バキィイイイ!

 アンドロイドは右肩が砕ける衝撃で転倒し側頭部を打ちつけた!

[緊急事態発生。不審者による襲撃を察知。殺害の許可を]

 ウィリアムはアンドロイドが着ている振り袖を引き裂いて水に浸したあと、アンドロイドの口に噛ませてきつく結ぶ。

 これで思うように声は出せない。

 さらにウィリアムはダメ押しと言わんばかりにアンドロイドの四肢を強引に解体し、別の個室に閉じ込める。

 その頃アリスは映像照射ポールを見つけて[故障につき使用禁止]という文面をトイレの入り口に照射していた。

 彼女はウィリアムの吐瀉物を片付けるスタッフを観察し、道具の収納場所を把握したのである。そして清掃のどさくさに紛れて照射ポールを拝借してきた。

 それでも入ろうとした客はアリスが追い払う二段構えである。

 これで、即席の尋問部屋が完成した。

 ウィリアムはブラッドのみぞおちにを両手を添えて圧迫し、彼の意識を呼び戻す。

 ブラッドは意識が戻ると同時に勢いよく咳き込んだ。

「ゲボッゴホ! ガハッ! カハッ! はぁ……はぁ……はは、もしかして俺、これから好き放題されちゃう感じ?」

「お前の返答次第だ。死にたくなければ質問に答えろ」

 ブラッドは口角を吊り上げて笑い始める。

 思わぬ伏兵の出現が、面白おかしくてたまらない。

「ふ……ふふ、ハハハハ、アーハッハッハ! 〝ママリス〟はとんでもない奴を招き入れたなぁ」

 ウィリアムは目を細めてブラッドを睨みつける。どんな人間なのか、腹の底が読めない。

 ブラッドは楽しそうにウィリアムの行動を推理し始めた。

「サケを飲んだように見せかけたのだろう? 口の端から流して服に落とせば臭いもつくし、こぼしたように見える。階段から転がり落ちて頭を打つ演技も見事だ。あれで店員も客も釘付けにした。俺の魂にぶっかけたのは許し難いが……嘔吐の判断も素晴らしい。これは酔いの演技でありながら、飲んだフリで酔わないための保険になる。怖いくらい合理的な芝居だ……冷静になってようやく理解したよ。お前は俺と同類だ」

 ウィリアムは精悍な眼差しを細めて眉間のシワを深くする。

 ブラッドの指摘は全て正確だった。

 ブラッドの洞察力はウィリアムの意図を見抜くだけに留まらず、状況を鑑みてアンドロイドの助けが来ないことを悟る。

「型落ちとはいえ殺人マシーンを素手で葬るとは、このイエローゴリラめ。それとも、インプラントも配線痕も隠しているだけで、実はサイボーグとか?」

「……遺言ならば覚えておこう」

「いやいや、心からの称賛だよ。ほうら、ご質問をどうぞ。何でも答えてみせようじゃないか」

 ウィリアムはブラッドの飄々とした態度を警戒する。脅しが通用していないのだ。

 ウィリアムは手始めに、ブラッドがどれだけ異能に精通しているか探ろうとする。

「……魔術は分かるか?」

「ママリスが使うマジック・パワーのことを言っているなら、ほかを当たったほうがいい。俺は使えないし詳しくないね」

「ママリスはお前の雇い主か?」

「いいや……そんな生温いものじゃない。飼い主だよ。俺は道端で死にかけた野良犬で、ママリスは俺に首輪をつけたんだ」

 ブラッドは目を細めて続く言葉を選んだ。爽やかな声から軽薄さが消えてなくなり、血生臭い重低音に変わる。

「命の恩人だよ……」

「……お前の恩人は儀式で何を成そうとしている?」

「知らないね。俺はママリスにとって、死にかけの赤の他人でしかない。そんなもの、動く死体と同じなんだ。だから危険なことも平気でやらせるし、逆らうならその場で殺す。言いなりの死体に余計な情報を与えるとお思いで?」

 動く死体。その言葉にウィリアムは自分と重なるものを感じた。

 ウィリアムは善人に救われたからこそ、生死の縁で人を救う道を歩めている。運が良かったのだ。

 だがブラッドは運が悪かった。それだけのことだ。

 ウィリアムはブラッドに同情を抱く一方で、発言の真偽を疑う。反感を抱いているフリをして、重要な情報を隠しているのではないかと。

 しかし、ブラッドはウィリアムの疑念を感じ取った上で、それを拭うように話し始めた。

「ママリスはパーティー参加者の中にいるよ」

「…………!」

「できることなら、お前にママリスを殺して欲しいんだが……」

 ブラッドはそう言って口を開けると、舌を伸ばす。

 ブラッドの舌には禍々しい魔術陣が描かれていた。

 ウィリアムは目を見開いて、魔術陣の法則性を確認する。

「これは……」

 ブラッドの舌にある魔術陣は、八芒星を正円で囲んだもの。円の縁には独自の魔術言語による術式が記してあり、構造はウィリアムが持つ知識と完全に一致していた。単なるファッションでも紛い物でもなく、本物の魔術である。

 ウィリアムは記されている魔術言語に既視感を覚えた。まるで無数の蛇が重なり合ったような言語で、複雑に絡み合った曲線が円をなぞるように不気味な紋様を形成している。

(昨今の異能犯罪で使われている言語と一致する。魔具のレンタル販売業者から押収した物にも同じ言語が使われていた。何者かが独自の魔術を開発して技術提供をしているというのか……?)

 ブラッドは舌を引っ込めて話を続けた。

「ママリスから姿を明かすなと言われていてね。別に俺がお利口さんだから約束を守ってるわけじゃないんだが……命令を破るとバスケットボールみたいに丸まって死んでしまう。命令を破ればどんな末路を辿るのか、わざわざ俺と同じ者を用意して見せつけられたのだよ。いや、違うな……あの大きさはバレーボールか?」

「なるほど……これが首輪というわけか」

「その通り。寝首をかこうとしても同じ事が起こるようでね。だからママリスが自然にくたばるのを待つしかなかった」

「お前の目的は首輪を外すことか」

「話が早くて助かる。ママリスには心から感謝していたんだが……もう借りは十分に返しただろ」

「ならば都合がいい。俺の目的はここからの脱出。そしてパーティー参加者全員の救出。確証はないが……店のブレーカーを落とせば儀式を中断できると考えている」

「他の参加者まで助けるって? 嘘だろ? 自分だけ助かるなら簡単だろうに……お前、この街で生きていくのに向いてないね」

「俺もつくづくそう思う。だが、行動を起こせばお前の飼い主も炙り出せるはずだ。俺がお前の首輪を解いてやる。ブレーカーの位置を教えろ」

 ブラッドは穏やかに微笑んでうなずいた。

「バックヤードの一番奥にある配電室だ。虹彩認証式のロックがかかっているから、従業員の目ん玉がないと入れないな」

 そしてブラッドは両目を見開き、ウィリアムに顔を突き出す。

「俺を連れて行ってくれ。華麗にエスコートしてみせよう。まだ俺を信用できないなら……両目をえぐって持っていくといい」

 ブラッドの緋色の眼にたぎるものは、自由への渇望。

 彼の視線に迷いはなく、両目を失うことにためらいも恐怖もない。

 両目を差し出して自由を手にできるなら、安いものだ。ブラッドの視線はそう物語っている。

 ウィリアムはブラッドを見返しながら思考を巡らした。

 事態は一刻を争う。黒幕に通ずる者と協力できれば、短時間で状況を覆せるのではないかと。

 もし、ブラッドの境遇が本当ならば、彼を自由にしてやりたいとも思った。

 ウィリアムには恩人から授かった座右の銘がある。幸運は分かち合えるものなのだと。

 ウィリアムは意を決して、ブラッドの両腕からベルトを外した。

「ウィリアムだ。お前は?」

「ブラッドと呼んでくれ。俺の魂を穢したことには目をつむろう。自由のために手を取り合おうか」

「互いに生き残れたら、靴は弁償する」

 ウィリアムはそう言うと、トイレットペーパーを惜しみなく巻き取ってブラッドの靴と足を拭く。

「気が利くじゃないか。実は先週、『ミコノブリス』の新作が出たんだよ。償いの心が本物なら、俺の言いたいことは分かるだろ? それで? 靴はどうするって?」

「後で郵送するから答え合わせをしてくれ。生き残れたらな」

 この出会いは両者にとって幸運か、はたまた不運となるか。

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