東京のカラス

名無し

プロローグ

 「百合、ごめん。母さん耐えられないや。父さんは捕まって、誰も助けてくれなくて。

 この社会は、汚いんだよ。でもね、汚れを隠すのが上手なの。だから、どんどん汚くなっていく社会には誰も気づかない。何もかも失って、何もかもに絶望して、綺麗なものが見えなくなったとき、初めて気がつく。母さんもそう。

 あんなに普通に見えてた世界も、今は違って見える。腐り切っていたんだよ。

 だから、さようなら。こんな母さんを、どうか許して」


 真っ白なワンピースを着た若い女性が、ふわりと、まるで空を飛んだかのようにベランダから足を離した。うっすらと見えるその女性の顔は、悲痛に満ちた微笑みを浮かべている。絶望、悲しみ、静かな怒り、楽になれる喜び、そして、まだ幼い娘を置いていく微かな罪悪感。いろんな気持ちが混ざり合っていることが読み取れる。

 ゆっくりと、飛んだように落ちていくその女性は、やがて見えなくなった。


 ピピピッピピピッ!

 百合は突然耳をつんざくようなけたたましい目覚ましの音で目が覚めた。

 最悪の目覚めだった。


 「大嫌い」


 (毎日のように夢に出てくる母親も、私を置いて行った父親も、見て見ぬふりをする社会も、表の顔がいいだけのこの施設も、全部全部、大嫌いだ。)


 13歳の頃に母は死んだ。この夢はきっと、その時の記憶。

 父が殺人の容疑で捕まった時、親戚は誰も手を差し伸べてくれなかった。友達も、私の父が犯罪者だからと言って離れて行った。

 そんな時、母は殺人現場から遠く離れたところにあるコンビニの防犯カメラに父が映っているのを見つけた。警察に報告すると、確認をすると言われ、受け渡した。

 その映像は、削除された。

 父は冤罪だったのだ。しかし警察はその証拠を隠滅した。


 これは、全てを失った少女、百合が、腐り切った世の中を生きる物語だ。

 



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東京のカラス 名無し @haiena0306

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