第7話 原作にない弟

 それからは、学園で授業に出るときは後ろの席にこっそりと座り、それ以外は生徒会室の資料整理をして過ごすことが多くなった。


 あの薬の影響はいまだに大きく、みんな私の姿を見ると、潮が引くように逃げていく。

 学園には人がいないのか、みたいな状況だが、それは家でも同じで。

 メイドも執事もほとんど姿を見ない。

 そんな中、父親と母親が珍しく私の帰りを待っていた。


「エマ」

「!? お父様、お母様、仮面舞踏会ですか?」

 玄関を入ると廊下にたたずむ二人。しかも顔には、ヴェネツィアの仮面カーニバルのような仮面、そのうえ扇で顔を覆っている。

「違います!」

「今日は、お前に話があるんだ。こっちに来なさい」

 父と母が先だって廊下を進む。

「あまり近づかないで」

「……はい」

 すごすごと距離を置いて二人の後をついていく。


 ふたりが入った部屋に続いて入る。

 大きな絵が飾られた部屋は暖炉と置物、テーブルにソファが置かれ、いわゆる居間として使われている。

 そこに一人の男の子、私とそう変わらない年齢かな、と思われる男子が突っ立っていた。


「待たせたね」

「いえ」

「これが、君の姉になるエマだ。エマ」

 父親が私を指し示す。だが、姉? 姉って言った?


「あの、お父様、こちらは」

「ルーカスだ。お前よりひとつ年下だ。明日から学園に通うことになっている」

「はあ」

 ルーカスと言われた男の子が、

「よろしくお願いします、エマ様」

 とお辞儀をしてきた。

「あ、いえ、こちらこそ」

 なんだか、訳が分からない。姉で弟ってことは兄弟だよね。ヒロインに弟なんていたっけ?


「あのお、ルーカスさんは私の弟なんですか?」

 父親にお伺いを立てると、

「ああ、そうだ。うちの遠縁にあたるんだが、養子としてきてもらったんだ」

「はあ、養子」

 すると、母親が、

「エマ、あなたもあと1年で卒業でしょう? 卒業したら結婚です。うちを継ぐ者が必要ですからね」

「ああ、なるほど。私が結婚、え!? 結婚!?」

 口をぱくつかせる私に、父も母も話は済んだとばかりに部屋を出ていこうとする。


「お母様、結婚なんて」

「なんです!? もらってもらえるところがあるのをありがたく思わないといけませんよ」

「あのでもどこに」

 仮面の顔を見合わせた二人は、

「それはこれから探します!」

 言うが早いかさっさと廊下を行ってしまった。


 嘘ぉ……


 以前は優しくて穏やかな二人だったんだけど、この薬のすごさをこんなに感じることになるなんて。

 がっくりと肩を落とした私をものすごく見てくる人がいる。

 背中に感じる視線はどう考えてもルーカスとかいう男の子だよね。


「あの、ごめんなさいね、すぐに出ていきますから」

 たぶん、薬の影響できついはずだ。にへらと笑った私は部屋から出ようとドアのノブに手をかけたが。

「何を飲んだの?」

 いきなり声をかけられた。

「え?」

「だから、何か飲んだんだろう?」

「え? なんで」


 ルーカスは私をじっと見つめると、

「秘薬、か」

「何で知ってるの? 何でわかるの?!」

 ふんっと肩をすくめたルーカスは、ソファにドンっと座った。


「座ったら?」

「うん、ありがとう」

 目の前のルーカスは原作ではいたのかいないのか、全く情報がない。

 サザランド家の遠縁らしいけど。

 赤茶系の髪を無造作に切っているが癖があるのか、緩やかなウェーブがかかっているようだ。

 服は貴族の少年らしい服装だけど、目の色がきれいな緑色で抜け目のない目をしているような。

 本当に遠縁なんだろうか。


「本当に遠縁かって思ってるよね」

「あ、え? えーっと、そんなことは」

 その通りと顔に書いてあるのか、にやっとしたルーカスは、

「遠縁じゃないよ」

 と一言。


「遠縁じゃないって、じゃあ、あ、まさか」

「違うよ」

 いきなり手を突き出してきた。

「隠し子じゃないから」

「てっきり、父がどっかで産ませたのかと」

「そんなタイプじゃないでしょう?」

「まあ、ねえ」

 クスクスと笑ったルーカスは、

「僕は、ここで働いていたメイドの子供なんだ」

「え!? じゃあ、やっぱり」

 メイドに手を出すご主人の話なんて世の中にいっぱいある、と思う。


「だから、違うから」

 眉を下げたルーカスは、

「母さんはここで働いていたメイドだったけど、田舎のばあちゃんが具合が悪くなって帰ったんだ。そこで結婚して生まれたのが僕」

 母親は田舎で縁があり結婚したが、父母ともに病死した。祖父母もその前に亡くなっていて、完全にひとりになった。

 魔法の素質があり、本来なら、うちを頼って学園に通うことになっていたらしい。


「出世払いでいいって旦那様が言ってくれて、学園に通うことになっていたんだけど。父さんが死んでしまって、その話もとん挫したんだ」

 そうこうするうちに母親も過労がたたって亡くなり、知らせを聞いてやってきたエマの父親が家に来るように言ってくれたらしい。

「そうだったのね。お母様もお父様も……それはつらかったでしょう。聞いてごめんなさい」

 私は頭を下げた。

「いいんだ。気にしないで」

 そういったルーカスだが。どこで養子の話になったんだろう。

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