第5話 効果絶大!?
「エマ! エマ!」
「はい、お母様。おはようございます」
昨晩、お母様もお父様も夕飯の席につきかけたがすぐさま自室に取って返して出てこなかった。
「お身体の具合がお悪いんじゃないですか? 大丈夫ですか?」
お母様は眉根を寄せると、扇で顔を隠すように覆った。
「大丈夫です」
「ですけど、朝も食べていらっしゃらないですよね」
朝食も、食堂の長いテーブルに朝ごはんが用意されているものの、誰もおらず、一人でぼそぼそと食事を済ませた。
「大丈夫と言ってるでしょ!」
「は、はい」
扇を下げこちらをチラ見したお母様はすぐさま扇を戻す。
「いいから、早く学園にお行きなさい。もう時間ですよ」
「あ、もうそんな時間。お母様、いってまいります」
踵を返した私は、廊下をバタバタと進むと、カバンを手に学園へと向かった。
お母様もお父様も具合がよくないのだろう。
メイドも執事も、みんないるし、なにかあればお医者様を呼んでくれるだろうし。
大丈夫よね。昨日からメイドの姿も執事の姿も目にしてないけど。
馬車を降りた私は、御者さんにお礼を言ったが、ぷいっと横を向かれ馬車はあっという間に去っていった。
「みんな、具合悪い?」
まあいいか、今日から王太子にも取り巻きにも言い寄られずにすむはず。
「もしかしたらご令嬢たちというお友達ができるかも」
とふんふんとのんきに廊下を進んでいた。
廊下には学園に通う生徒たちが移動する姿が見える。
だけど、なぜかみんなこちらを見て、目を見開き、そそくさと他所へと移動していく。
「?」
王太子と取り巻きと行動していたから、恐れ多い存在なのかな。
ヒロインだもんなあ。仕方ないけど、それも今日で終わりよ!
ほくそ笑む私は、廊下の奥から異様なオーラを感じた。
「来た来た」
ランドルフ王太子と、バーナード、フレディ、ノアの4人組だ。
何といっても王太子に大臣の息子たちで、イケメンぞろい、オーラも違うよね。
ヒロインの攻略対象だもんなあ。
感心して見ていると、こちらに気づいたらしい王太子が、軽く手を上げ、満面の笑みになる。
取り巻きの3人もこちらに気づき、笑顔を浮かべ、私との距離が縮まっていく。
目の前に来た王太子が、私を見つめ、
「おはよう、エマ」
「おはようございます」
「おはよう、今日の授業は1限目が……」
言いかけたバーナードが嫌な臭いでも嗅いだように顔をゆがめた。
他の2人も、いっせいに「うっ」というと顔をそむける。
そして、王太子が、
「みんな、何を……、うっ」
と一言、私を嫌なものでも見る目で見下ろす。
「エマ、君、悪いが、私に近づかないでくれ」
「え?」
「みんな、行くぞ」
「はい」「早く行きましょう」「俺、先に行きます」
言うが早いか、全員、目の前からいなくなった。
……やった。
「すごい! すごいわ!」
めちゃ嫌われた。近づかないでくれって。
「やったー!」
ガッツポーズを作る私を誰かが見ている。視線を感じて顔を向けると、そこには。
「カロリーナ様」
黒髪のご令嬢、カロリーナが不審そうな顔でこちらを見ていた。
「おはようございます!」
元気よく挨拶すると、カロリーナの後ろにいたご令嬢3人が、
「私、気分が」
「すみません、私」
「失礼しますわ」
ばたばたとカロリーナの側から離れ、脱兎のごとく逃げていった。
「え?」
あげた手をゆるゆると下げる私に近づいてきたカロリーナは、
「あなた、何を口にしました?」
厳しい表情で私を見てきた。
「へ? 口ですか?」
「食べたか、飲んだか、何か変わったものを口にしていませんか」
「すごい! さすが主人公ですね」
「はい?」
「あ、いえ、それはこっちのことです。口にしたものですよね。それは」
と言いかけてハッとする。
あれって秘薬? 魔法の薬? それって禁止されてるものなのでは。
正直に言ったらまずい?
「どうしました?」
綺麗な顔をゆがめつつも真剣に聞いてくるカロリーナ様。
なんとも苦しそうな、嫌そうな、嫌悪感というか、そんな顔だ。
その時、今更ながら気が付いた。
みんな私を嫌って逃げていったんだ。
王太子たちだけでなく、ご令嬢たちも、生徒たちも。家でもそうだ。メイドも執事も顔を見せないわけでなく、私に会いたくないんだ。父親も母親も。
なのに、カロリーナは逃げずに聞いてきてくれる。
「ありがとう、カロリーナ様」
「? 何を言ってるんです?」
「いえ、私、変わったものを口にしました」
「変わったもの」
うなづいた私は、
「それを飲むと嫌われるんです」
眉間にしわを寄せたカロリーナは、
「まさか、薬か」
上を向き、ためいきをついた。
「どうしてそんなものを、いや、今はそんなことはどうでもいい」
こちらに顔を向け、
「私の側にいなさい」
と一言。
「はい? でもお嫌でしょう?」
どういうふうに薬が作用しているかわからないが、側にいるのも嫌なんじゃないだろうか。
「いいから、いなさい。他に行くとこもないでしょう?」
頷いた私はその日からカロリーナの側にいることになった。
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