第三章 春隣、サクラトリップ

3-1 極レイド「灰戸ライド社長討滅戦」

 ――罪なき者のみ石を投げよ

 ああその為に、

 正しく生きてきたはずなのに。







 ――VRMMOアイズフォーアイズ運営会社

 社名もそのままアイズフォーアイズのこの会社は、30階建てのビルだけでなく、自社の技術を利用したアミューズメントスペース、社員達が暮らすマンションや、レストランにコンビニとサウナに銭湯と、一つの街を作り上げていた。

 その中には、1000人を収容出来るコンサートホールがあり、その客席をスーツ姿の男女が埋める中、

 ステージ中央に、一人の男が登壇する。


「お集まりいただき、ありがとうございまぁす!」


 拡声機すら壊しかねない大声で――この街の創造者、


「それではこれよりぃ!」


 アイズフォーアイズCEO灰戸ライドが、


「2089年度第115回株主総会をはじめるぅ!」


 ――叫んだ途端




 彼の巨躯がさらに膨れあがり、スーツを破り、

 全長10メートル、腰布を巻き、腕輪をはめた褐色の巨人へ変貌する。

 だが、変わるのは社長だけでは無く、

 客席の者達は、剣士になり、魔法使いになり、

 無機質だったコンサートホールも、

 青空の中に浮遊する、クリスタルの大地に変貌した。

 ――開発中のXRクロスリアリティによるゲームプレイ


「聞きたい事がある奴はぁ!」


 数日置きに繰り広げられる株主総会レイドバトルが、


「俺に一撃食らわせて来いやぁ!」


 けたたましく、始まった。




「質問でぇす!」


 自分の身の丈2倍の斧を振り上げたファイターが、


「社長が在籍していた、世界初のVRMMOを作り出したゼロ社とのこれからの関係はぁ!」


 その重い一撃と供に質問すれば、


「利益の為に自由を捨てる奴等なぞ、見限ったわぁ!」


 ただの咆哮でファイターを吹き飛ばした。多くが怯む中で、女モンスターテイマーが、巨大鳥の背に乗り突っ込んでいく。


「初心者にはその自由度が高すぎて、何をしたらいいか解りません! ログボの実装やチュートリアルの充実を!」


 そう訴えた彼女を、チョップ一発で叩き落とす。


「運営の講釈は最低限! 君がそう願うなら、君が導き手になればいい!」


 ――その後も続く質疑応答レイドバトル


「チートスキルとかのラッキーで、強くなる人がいるの納得出来ません!」

「いわば宝くじを買う努力をした結果だ! 嫉むのは解る、俺も羨ましい!」

「セキュリティシステムがちょっと古すぎませんか!」

「管理AI Temperanceのバージョンアップは予定してる!」

「20周年で何が変わるんですか!」

「先程述べたセキュリティも含め、あらゆる面でのupdateだ!」

「えっちなのもっとお願いします!」

「全力で前向きに検討するぅうっ!」


 斬撃、打撃、爆発、射撃、ありとあらゆる攻撃を、その巨躯で受け止めながら、質問に答えていくCEO。そして、


「――怪盗スカイゴールドを知ってますか」


 一人のソーサラーレディがその質問と、


「知っているのなら、彼について一言!」


 百人もの仲間達と練り上げた魔法――メテオストライク究極物理で隕石を落とす!社長はそれを――

 がっぷり四つ! 両手で受け止める!


「ふぬぐうううう!」


 唸り、歯を剝き、そして笑いながら、


「彼のようなヒーローが、次々と現れる事をぉ!」


 ――ついにはその隕石を持ち上げて


「俺は心底、願ってるぞぉぉぉっ!」


 そのまま、ソーサラーに投げ返す!

 ――燃える巨石が着弾すれば

 どかーんと一発、


「「「うぎゃああああああああああ!」」」


 やってみれば凄まじい衝撃波が起こり、当然、プレイヤー達は、全滅した。

 ――XRが解除されれば

 株主達は全員机に突っ伏して、う~んう~んと唸っており、


「ガーッハッハッハ!」


 それを見て社長だけが、快活に哄笑するばかりだった。

 そんな彼に、最前列の男が、


「あ、あの……最後に質問、いいですか……」

「うむ! なんだね!」


 脳疲労でふらふらになりながら、質問を搾り出した。


桜国サクラコクが、3年間も開国されてない事です」

「――ふむ」

「あの国の、運営が用意したミッションをクリアすれば、クラマフランマ叫ぶ炎無しでも入国出来るようになるはずでした」

「け、けど、未だにクリア者は一人もいない……」

「桜国出身のプレイヤーの中には、未だ、別のエリアへ行けない者もいます」

「難易度緩和は考えないんですか?」


 つるべ打ちのように続けられた問いかけに、灰戸ライドはニヤリと笑う。


「そんな神様運営の無慈悲を破ってこそ、君達の人生ゲームライフは充実するんじゃないのかね?」


 そうそれは、


「俺が作りたいゲームは! 自由があり、それゆえに理不尽が有り、その不平等を砕く力を、運を、そして!」


 彼が社長であるからには、けして変わらない。


奇跡バグすらを己の血肉にし、進む者達が集うゲームだ!」


 ゲームコンセプト信念


「しかし、俺もチェックしたが、桜国のミッションそこまで難しいものじゃないぞ!? 一体全体何故クリア者が出ないんだ!?」

「い、いや知らないんですか?」

「社長だからって、なんでも知ってると思うなよぉ!」


 子供のようにぷんすかした後、すぐさまガハハと笑いながら、そのまま彼は壇上を後にした。

 そこで待っていたのは、スーツ姿の凡庸な青年。社長がのしのし歩くので、そのまま横に着いていく。


「秘書! 次の株式総会は何時いつだ!」

「三日後になりますね……」

「そんなに空くのか!?」

「株主だって暇じゃないんですよ、そもそも株主総会を毎日開こうとしないでください」

「楽しいのに!?」

「楽しくないです!」


 ちぇっ、とまた拗ねる社長に、秘書はため息を付きながら、


「この後の予定ですが、プログラム部門の視察、政治家との会談、コラボ料理の試食、幼稚園での絵本読み、それと」

「それより秘書、少し脳に糖分が足りない」


 自分の頭を、人差し指で叩いた後に彼は、

 その指で今度は、自分の真っ白な歯を指した。


「飴をくれないか? 囓り甲斐がある奴をな!」







 桜国のミッションは、3ヶ月ごとに訪れるお祭りのメインイベントである。

 だからその時期が近づけば、桜国を拠点とする冒険者プレイヤー達は、皆心を弾ませる。

 だけど、そんな中で、

 オンボロ長屋のとある部屋が暗がりで、歌舞伎者のいでたちと、赤い隈取りをしても尚、

 悲愴な顔を、隠せない者が居る。


「――ちくしょう」


 職業シーフの、


「今度こそアタイが、奪い返すんだ」


 自称義賊が、

 怪盗スカイゴールドのプロマイドを、筆で×ばってんで消した物を前にして、

 こう言った。


「この国に、春を」


 このエリアを上空から俯瞰すれば、

 桜国サクラコク――その名前の由来となる千本桜のその全てが、

 氷漬けになっていた。

 舞い散る桜吹雪も、そのままに。

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