2-4 異装は最も人らしい行為
「ますは変装からはじめるか」
「――そうだね」
怪盗シソラとくノ一レイン、二人は今、高所にある立体物の寝そべりバニー、その尻に座りながら、下の様子を眺めていた。
「怪盗スカイゴールドがいたの!?」
「マスクは外してたけど間違い無いっす!」
「めっちゃキレイなくノ一と居たって、どこだー!」
実に三日ぶりのログイン、己が時な人な事を忘れていた。ひとまず表示名をシソラはクウ、レインはアメに変えた。
「シソラがスカイゴールドである事は知っていても、アカウントIDまでは知れ渡ってないだろう」
ゆえ、名前と姿を変えれば、まずバレないという算段であるが、
「けどすまないレイン、我は怪盗だが変装が不得意でさ」
「他の
「ああ」
それは単純、リアルの自分が素で、VRの自分は怪盗、というプレイスタイルから。このゲーム上で一般人になりすます必要性が、シソラには無かったゆえ。
「レインならよみふぃになればいいだろうけど」
「浅慮だ怪盗、この歓楽の街に、かわいらしいマスコットなぞいてならない」
そう言って、彼女はアバターチェンジ、
「一先ず、私はこれでいこう」
システムから彼女の選んだ見た目装備は、この歓楽街に相応しい、胸元を大胆に開いた、銀のラメが麗しいロングドレスだった。
その姿を見て――顔を赤くするシソラ。
「どうした、シソラ?」
「い、いや、なんでもないよ、とりあえず我は服を調達して来る」
「無用だ、忘れたのか?」
そこでレインは、
「ニンジャのスキルに、変化の術がある事を」
――それは緑の木の葉が一枚
「
それこそ、
「変化の木の葉は本来、他者を変化させて、同士討ちや騙し討ちを狙うためのものだが、そういう使い方も出来る」
術の行使には専用アイテム、コリーフが必要、敵グループには一枚だけが、仲間内なら基本無制限。なので、メンツとアイテムさえ揃えば、分身の術めいた事も出来るのだが、
「いいの? 流石にクラマフランマ程じゃないけど、コリーフは消費アイテムでもレア度高めだろ?」
そんな事を出来るのはお金持ちであり、ソラの心配はやがて、
「運営側だから、沢山支給されるとか?」
そんな、当たり前の推理に辿り着くが、
「いや、これは私物だ。今の私を含め、神の悪徒のアカウントは一律GMの権限は無いし、プレイ中は
「どうして?」
「神の悪徒計画は、RMT対策を、運営ではなくてプレイヤーがやる事に意味がある」
「問題を起こしても、関知しないって事かな」
「そう、正しく私達は
その上で、ドレス姿のレインは、
「降りるか?」
木の葉をシソラの前に翳しつつ、改めて、覚悟を問うた。
「――我はこの
答えはとっくに決まってる。
「小悪党が、帰ってくるまで」
彼がくれた、【特性共有】付与のアクセサリーは、
マントの留め金として、使われている。
レインはにこりと笑い――変化の木の葉で、シソラの衣裳を変化させる。
――その姿は
◇
「いらっしゃいませぇ!」
「今回初めてのお客様ですね?」
「うわぁ、二人ともステキ!」
Lust Edenの二重扉を潜り抜けたゲストである、シソラことクウと、レインことアメ。
レインの姿は既に語った通りであるが、シソラの姿と言うと、
「クウさん、とっても美しいですぅ!」
「あ、ありがとう」
長身を活かすよう、白いドレス姿の、女装姿であった。
――ハスキーな声を演じた後、レインをじと目で睨むシソラ
しかしレインは、うっとりとシソラをみつめ返す。
(まさか女装する事になるなんて、流石にこれは通じないだろ)
しかしそんなシソラの思惑とは裏腹に、他のゲストは勿論、キャスト達も今のシソラの姿に一目を置く。
長身のドレス姿、絹のように美しいロングヘアー、整った面立ち、箇所を見れば女性と通ずるが、喉仏を隠すシルクチョーカー、肩幅の広さを誤魔化すフリル、と、不自然な作為を隠そうとせず、寧ろ誇張する事で魅力とする。
女装青年という、アンバランスの妖しさゆえに、誰もこの姿から、怪盗スカイゴールドの面影を追えなかった。
かくして、席に案内された二人、キャストが来るまでお待ちください状態。
ボソボソと
「コーデが気に入らないか、シソラ」
「いくら変装の為だからって、この格好はやりすぎだよ」
「いや私も、もっとかわいい格好にしたかったんだが」
「か、かわいいって、ああもう」
姿の事は一先ず置いて、
「それで、見えるか?」
「――ああ」
シソラのデバッグ能力は、すり抜けられそうな所が淡く輝いて見える。
「ステージの奥で、これみよがしに光ってるよ」
「その先が、ブラックヤードが作る隠し部屋だろうか」
「おそらくそうだ、我ならなんとかすり抜ける事が出来そう――」
「ごめんなさい」
声がした途端、
「っ!?」
「なっ!?」
フレンドチャット状態が、解除される。
「当店では、着席してからのフレンドチャットは禁止させていただいてるの」
その声は、しとりと響く、
心と体を揺らし、熱をゆっくりといれるように。
「店内に限り、内緒話はオーナー権限でわかっちゃうのよね、私」
二人の相手をするキャストは、
「オ、オーナー!」
「マドランナ!?」
全くの予想外、初客に、いきなりこの夜の街の支配者がついた。
周囲がざわつく中で、これみよがしの肉体を揺らしながら、ゆらりと蒼い炎を纏う。
「でも、ひそひそ話は私も好きだわ」
彼女は、指をパチンと鳴らす。すると、周囲に薄い防音のバリアが張られる――これで声は漏れないらしい。
マドランナの接客を、ゲスト達はただみつめるだけになって、その中で、
「ようこそ楽園へ、何をお求め? 堕落? 怠惰? それとも」
――全てを見透かすように
「有りもしない理想郷?」
二人は硬直する――それは急展開に対する衝撃からではない。
圧力である。
見た目という、人間を虜にするシンプルな暴力に、
魅力という、見えないゆえにあっさりと心に入り込んでくる技、
このマドランナに対し、クウは、あっさりと、
「我達はブラックヤードを探りに来た」
そう、答えた。
「クウ!?」
「騙るのはよそう、レイン、彼女はあらかた見抜いているよ」
「……わかった」
二人が話をまとめていると、カラリと、氷を踊らせて、ウィスキーの水割りが作られる。差し出されたグラスの中で、琥珀と透明がマーブル状に混じり、オーロラをみせる。
受け取った二人は、それを飲んだ。無言の所為で、二人の心がほぐれていく。
「オーナー権限程度では、相手の素性が解る事は無いはずだが」
「そうね、でも長年お店をやってると、なんとなく解っちゃうのよ」
「――なんとなく」
「センスって、言ったらいいのかしら、ねぇ」
そしてマドランナは――シソラに体を寄せる。
どこまでもエロティックに、果てしなくエレガントに、
「貴方なら解るでしょう? 怪盗さん」
心の隙間に入り込み――
――シソラの体に熱を灯して
「ま、待て!」
インターセプト、たまらずレインが割って入る。
「お、お前には、ブラックヤードを利用して、規約以上のサービスを行い、それでリアルマネーを稼いでるという疑いがある!」
「規約以上って、何かしら?」
「いや、そ、それは、え、えっちすぎる奴だ!」
「――えっち」
「わざわざ反応しなくていい、シソラ!」
「いいじゃない」
マドランナ、
「色欲は心のマグマ、けして絶やしてはならないわ」
そして彼女は、一枚の札を差しだした。
――それは招待状
怪盗の切り札
シンプルな文字列、ただの単語、
「答えが解ったなら、お返事をくださるかしら?」
「……解った」
「ありがとう」
マドランナは立ち上がり、再び指を鳴らす。
防音のバリアが解けて、一気に、店内の音が流れ込んでくる。
「お客様のお帰りよ、マリンナ、案内してあげて」
オーナーの言葉に、人魚がホバーでやってきて、クウとアメを出口へと案内する。
店の外まで見送られたシソラ、距離を置いた後、
「――シソラ」
話しかけられた怪盗は、振り返らずに語る。
「このままじゃ、我一人しかブラックヤードに入れない」
招待状は、怪盗にしか渡されていない、
――それが意味する事は
「我はきっと、竜の色欲に堕とされる」
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