2-3 長浜名物ビワマス丼と鯖素麺
放課後、教室から玄関に至るまでに、レインから告げられたもう一つのサプライズ、レインは暫くの間、ソラの親が経営する民泊施設に宿泊するという事だった。
「確かに、高校近くの宿泊施設なんて、うちしかないですね」
「いきなり決まった転校ゆえ、住処も決まってないからな」
「今更ですけど、どうやってこの時期に転校を?」
「上がなんとかしてくれてな」
「――上が」
「それなりに力があるゆえ、うちの社長は」
世界で一番プレイされてるVRMMO、アイズフォーアイズ。
その社長ともなれば、我が儘を押し通す力もあるのだろうか。
玄関を出て、校門に向かう道中、
「神の悪徒計画も、社長さんが?」
そう聞いたソラに、レインは首を振る。
「社長も計画の賛同者だが、発案者は別にいる」
「誰か、聞いていいですか?」
「今回の
レイン、
「情報にワッと襲われると、いっぱいいっぱいになるだろう?」
と言うので、それもそうかとソラ。
さて、二人は校門を潜った時、
「それじゃレインさん、
「む、ソラはどうする?」
「僕はいつも林を突っ切って通学してるんで」
「あの林をか!?」
ソラの
「それは、もしかして修行か!」
目をキラキラ輝かせた。
「あの、近道をしてるだけで」
「私も供をさせてくれ!」
「え、け、結構大変ですよ?」
「ふふん、任せよ」
そう言ってレインは、自分の豊かな胸の前で、人差し指を上に立てながら、両手を握る。
「私は父にブドーを学んでいるからな」
「それ、武道じゃなくて忍者ですよね」
「ブドーもニンジャも一緒だろ? 父が好きなアニメでもそうだったぞ」
そしてニンニンって言うレイン。なんとなく、レインの父が好きな
◇
――10分後
普段ならとっくに、帰宅しているソラだったが、
「いや、その、本当にすまない……!」
「だ、大丈夫ですよ、むしろここまでついてくるのが凄いです」
「――そうは言うが」
林の中を行き、肩で息をして汗も垂らすレインに比べてソラときたら、2メートルある岩の上で膝をついてレインを見下ろす顔は、全く、平常のままである。
「手、貸します、引っ張り上げますね」
「あ、ああ」
言われるままに手を伸ばしたレインが、
「よっと」
「ひゃっ!?」
簡単に引き上げられて、ソラの隣にぺたんと女の子座りした。
「ちょっとここで、休んでいきましょ」
「いやいや、お前はどれだけ力持ちなのだ!?」
「あはは……」
ソラの体は小柄だ、だけどその身はずっしりと重い――少年の肉体は脂肪よりも筋肉の比重が高く、その上で、
「昔からこうなんです、背に回る分が、詰まっちゃったんだと思います」
「そ、そうか」
特別製――小さな車体に特性エンジン、レインがそう分析していると、
「あっ」
「ん、どうした?」
「いえ、石が増えてるなって」
「石?」
シソラの視線の先には、親指一つにも満たないサイズの石が、ちょこんと転がっていた。
「朝には無かったから、小鳥が運んできたのかも」
「――そんな事まで気付けるのか?」
可愛い見た目に秘められた、人並み外れた膂力、
たかが石一つの違いを見抜く、記憶力と洞察力、
「……お前は、間違い探しの怪盗として育つべくして育ったのかもしれないな」
「そう、ですか? 言われても、ピンと来ませんけど」
「そうだな、まだ怪盗スカイゴールドとしての、実感は覚束ないだろう」
レイン、立ち上がる。
「実感を身につけろ、それが実力となるのだから」
そう言って今度は、彼女がソラへ手を伸ばす。
「早くお前の家へ行こう、夕餉の後、作戦会議だ」
「――わかりました」
会ったばかりなのに、ごく自然に手を繋ぐ。
それがとても特別な事を、お互い言葉にはしないだけで、心でしっかりと自覚してるから、夕焼けの赤色で感情の緋色を隠していた。
◇
――ソラの家に到着後
「はい、それじゃカンパーイ」
「歓迎、感謝します!」
背筋をピンと伸ばして、麦茶の入ったコップで、乾杯をする敬語のレイン。
風呂上がりで
様々な料理が並ぶ中で、レインが注目するのは、飴色になるまで炊いた素麺に、どかっと鯖がのった”鯖素麺”と、平皿に盛られた白飯に、花のように刺身が並べられた、橙色の光沢が美しい”ビワマス丼”だった。
「ステレオタイプな
「鯖素麺は息子が作ったものだからね」
「これをお前が? 料理も出来るのか」
少し照れたソラを見た後、レインは早速それに箸を伸ばして口に入れた。鯖と供に炊かれたそうめんは、はんなりとしたコシと供に噛みしめれば、鯖の旨味が溢れてくれる。
「これは、美味いな、鯖の味を素麺がたっぷり吸っていて」
「ビワマス丼も食べてみて」
「これは、サーモンでしょうか……?」
ソラの母親、カナに促されて口に運ぶ、
「んっ!」
とろりと脂がとけて、その上で、スキッとした香りが鼻を抜ける。
「サーモンですが、食感も香りもより官能的です! ごはんも美味しい!」
淡水魚でありながら、コクだけでなく風味ある身を、冷えてなお甘味もつ、地元の米と供に頬張って、口の中で綯い交ぜにすれば、舌の上で幸福が生まれ、喉に落とせば、感嘆の溜息が漏れた。
「よかった、これって酒にも合うんだけど」
「ちょっと、レインさんは未成年よ」
「え、そうなの!?」
「ちゃんとチェックしておきなさいよ、もう」
父と母のやりとりが始まれば、ごめんなさい騒がしくてとソラが謝り、レインは寧ろ楽しいと笑って、
こうして他にも、海老豆、鮒寿司、近江牛もも肉のローストビーフと、一通りの
こうして、高校生のソラとレインは、楽しい一時を過ごしていく。
――怪盗として、再びこの夜に舞い降りる前の暇として
◇
――2時間後
シソラの部屋で、パジャマ姿の二人、間接やこめかみにテープPCを貼り付けていく。
「運営の監視システムは、プライベートの会話以外は全てログに残す」
「僕の3年分のデーターも残ってましたもんね」
「だが
「ゲーム外でのチャットツールじゃなくて、ゲーム内で直接そんな治外法権があったら」
「そうだ、いくらでも
準備が出来てから、こめかみを中指で二回、人差し指で一回叩き、まずはARを起動。
「ブラックヤードは違法ツール、それを排除する為には、そのプログラムそのものを手に入れ、解析する必要がある」
「
「ああ、ゆえに、
アイズフォーアイズを選択、場所を指定。
――リアルからVRへの転移開始
「本来はRMT業者達が取引に使うブラックヤードを、違う目的の為に使っている店がある」
「――我は信じられないよ」
声と供に怪盗となり、
「ああ、私もだ」
その隣に立つくノ一。
やってきたのは、この世界で一番の歓楽街。
女が、そして男が、リアルでは禁止されている呼び込みを行いながら、自分の店へと誘う中で、
「――Lust Eden」
「この
「”
二人の眼差しは、その建物を捉えていた。
「……ゲームでなら、いくら悪い事をしてもいい」
「ああ、だが彼女は」
「黒い庭でのサービスを」
信じたくない、
だがそれは、
「――リアルマネーで受け取っている」
とある詐欺師からの、信頼せざるを得ない情報だった。
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