2-3 長浜名物ビワマス丼と鯖素麺

 放課後、教室から玄関に至るまでに、レインから告げられたもう一つのサプライズ、レインは暫くの間、ソラの親が経営する民泊施設に宿泊するという事だった。


「確かに、高校近くの宿泊施設なんて、うちしかないですね」

「いきなり決まった転校ゆえ、住処も決まってないからな」

「今更ですけど、どうやってこの時期に転校を?」

「上がなんとかしてくれてな」

「――上が」

「それなりに力があるゆえ、うちの社長は」


 世界で一番プレイされてるVRMMO、アイズフォーアイズ。

 その社長ともなれば、我が儘を押し通す力もあるのだろうか。

 玄関を出て、校門に向かう道中、


「神の悪徒計画も、社長さんが?」


 そう聞いたソラに、レインは首を振る。


「社長も計画の賛同者だが、発案者は別にいる」

「誰か、聞いていいですか?」

「今回の仕事ヤマが終わってから話させてくれ」


 レイン、


「情報にワッと襲われると、いっぱいいっぱいになるだろう?」


 と言うので、それもそうかとソラ。

 さて、二人は校門を潜った時、


「それじゃレインさん、バス自動運転に乗ってきてください」

「む、ソラはどうする?」

「僕はいつも林を突っ切って通学してるんで」

「あの林をか!?」


 ソラの決まり事ルーティーンに驚くレイン、そして、


「それは、もしかして修行か!」


 目をキラキラ輝かせた。


「あの、近道をしてるだけで」

「私も供をさせてくれ!」

「え、け、結構大変ですよ?」

「ふふん、任せよ」


 そう言ってレインは、自分の豊かな胸の前で、人差し指を上に立てながら、両手を握る。


「私は父にブドーを学んでいるからな」

「それ、武道じゃなくて忍者ですよね」

「ブドーもニンジャも一緒だろ? 父が好きなアニメでもそうだったぞ」


 そしてニンニンって言うレイン。なんとなく、レインの父が好きなニンジャアニメ最早古典が何か察しながら、ソラは仕方無く彼女と供に林へと入っていった。







 ――10分後

 普段ならとっくに、帰宅しているソラだったが、


「いや、その、本当にすまない……!」

「だ、大丈夫ですよ、むしろここまでついてくるのが凄いです」

「――そうは言うが」


 林の中を行き、肩で息をして汗も垂らすレインに比べてソラときたら、2メートルある岩の上で膝をついてレインを見下ろす顔は、全く、平常のままである。


「手、貸します、引っ張り上げますね」

「あ、ああ」


 言われるままに手を伸ばしたレインが、


「よっと」

「ひゃっ!?」


 簡単に引き上げられて、ソラの隣にぺたんと女の子座りした。


「ちょっとここで、休んでいきましょ」

「いやいや、お前はどれだけ力持ちなのだ!?」

「あはは……」


 ソラの体は小柄だ、だけどその身はずっしりと重い――少年の肉体は脂肪よりも筋肉の比重が高く、その上で、


「昔からこうなんです、背に回る分が、詰まっちゃったんだと思います」

「そ、そうか」


 特別製――小さな車体に特性エンジン、レインがそう分析していると、


「あっ」

「ん、どうした?」

「いえ、石が増えてるなって」

「石?」


 シソラの視線の先には、親指一つにも満たないサイズの石が、ちょこんと転がっていた。


「朝には無かったから、小鳥が運んできたのかも」

「――そんな事まで気付けるのか?」


 可愛い見た目に秘められた、人並み外れた膂力、

 たかが石一つの違いを見抜く、記憶力と洞察力、


「……お前は、間違い探しの怪盗として育つべくして育ったのかもしれないな」

「そう、ですか? 言われても、ピンと来ませんけど」

「そうだな、まだ怪盗スカイゴールドとしての、実感は覚束ないだろう」


 レイン、立ち上がる。


「実感を身につけろ、それが実力となるのだから」


 そう言って今度は、彼女がソラへ手を伸ばす。


「早くお前の家へ行こう、夕餉の後、作戦会議だ」

「――わかりました」


 会ったばかりなのに、ごく自然に手を繋ぐ。

 それがとても特別な事を、お互い言葉にはしないだけで、心でしっかりと自覚してるから、夕焼けの赤色で感情の緋色を隠していた。







 ――ソラの家に到着後


「はい、それじゃカンパーイ」

「歓迎、感謝します!」


 背筋をピンと伸ばして、麦茶の入ったコップで、乾杯をする敬語のレイン。

 風呂上がりで高島ちぢみの肌触り良きパジャマを着た彼女は、民泊では良く有る、宿の主人達と食事するプラン。レインは、少し緊張した様子で食卓についていた。

 様々な料理が並ぶ中で、レインが注目するのは、飴色になるまで炊いた素麺に、どかっと鯖がのった”鯖素麺”と、平皿に盛られた白飯に、花のように刺身が並べられた、橙色の光沢が美しい”ビワマス丼”だった。


「ステレオタイプな湖国ここくの滋味ですけど、折角だから、地元の特産品でお迎えしたくて」

「鯖素麺は息子が作ったものだからね」

「これをお前が? 料理も出来るのか」


 少し照れたソラを見た後、レインは早速それに箸を伸ばして口に入れた。鯖と供に炊かれたそうめんは、はんなりとしたコシと供に噛みしめれば、鯖の旨味が溢れてくれる。


「これは、美味いな、鯖の味を素麺がたっぷり吸っていて」

「ビワマス丼も食べてみて」

「これは、サーモンでしょうか……?」


 ソラの母親、カナに促されて口に運ぶ、


「んっ!」


 とろりと脂がとけて、その上で、スキッとした香りが鼻を抜ける。


「サーモンですが、食感も香りもより官能的です! ごはんも美味しい!」


 淡水魚でありながら、コクだけでなく風味ある身を、冷えてなお甘味もつ、地元の米と供に頬張って、口の中で綯い交ぜにすれば、舌の上で幸福が生まれ、喉に落とせば、感嘆の溜息が漏れた。


「よかった、これって酒にも合うんだけど」

「ちょっと、レインさんは未成年よ」

「え、そうなの!?」

「ちゃんとチェックしておきなさいよ、もう」


 父と母のやりとりが始まれば、ごめんなさい騒がしくてとソラが謝り、レインは寧ろ楽しいと笑って、

 こうして他にも、海老豆、鮒寿司、近江牛もも肉のローストビーフと、一通りの滋賀の美味おいしがうれしが名物を堪能し、そして話にも花を咲かせて、

 こうして、高校生のソラとレインは、楽しい一時を過ごしていく。

 ――怪盗として、再びこの夜に舞い降りる前の暇として







 ――2時間後

 シソラの部屋で、パジャマ姿の二人、間接やこめかみにテープPCを貼り付けていく。


「運営の監視システムは、プライベートの会話以外は全てログに残す」

「僕の3年分のデーターも残ってましたもんね」

「だがブラックヤード黒い庭の出来事は、あらゆるログに残らない」

「ゲーム外でのチャットツールじゃなくて、ゲーム内で直接そんな治外法権があったら」

「そうだ、いくらでも悪い事RMTが出来る」


 準備が出来てから、こめかみを中指で二回、人差し指で一回叩き、まずはARを起動。


「ブラックヤードは違法ツール、それを排除する為には、そのプログラムそのものを手に入れ、解析する必要がある」

運営すら手が出せないプログラム」

「ああ、ゆえに、怪盗の手が必要だ」


 アイズフォーアイズを選択、場所を指定。

 ――リアルからVRへの転移開始


「本来はRMT業者達が取引に使うブラックヤードを、違う目的の為に使っている店がある」

「――我は信じられないよ」


 声と供に怪盗となり、


「ああ、私もだ」


 その隣に立つくノ一。

 やってきたのは、この世界で一番の歓楽街。

 女が、そして男が、リアルでは禁止されている呼び込みを行いながら、自分の店へと誘う中で、


「――Lust Eden」

「この世界ゲームでも有名な夜の店であり、そして」

「”昇天蒼竜マドランナ生ける伝説”が経営するクラブ」


 二人の眼差しは、その建物を捉えていた。


「……ゲームでなら、いくら悪い事をしてもいい」

「ああ、だが彼女は」

「黒い庭でのサービスを」


 信じたくない、

 だがそれは、


「――リアルマネーで受け取っている」


 とある詐欺師からの、信頼せざるを得ない情報だった。

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