1-9 カイトウスクランブル

 ――その翌日

 アイズフォーアイズの世界は広大であり、それこそ、19年前のサービススタート開始からプレイしてる者ですら、全ての場所に訪れた実績トロフィーを手にしてる者は5%にも満たない。その上で、新たなフィールドも実装されていくので、そのパーセンテージも減り続けていく。

 そんな膨張し続ける世界が、今、


「聞いたかよ、怪盗の噂!」


 スカイゴールドの話題で充ち満ちていた。

 ――例えば、シソラとレインも訪れたよみふぃの森で


「マジマジ! 普段の動きも凄いけど、明らかにキレが違った!」

「そうよね、あんな動き見たことなかったわ」

「私のプライドはゴーレムと共に崩れました……」

「シソラ君、あれどうやったのかしら」

「いいなぁ、オレもPVP参加したかったー!」


 ――イルミネーション煌めく機械文明の街で


「だめだ、どんだけ解析しても、この動きを持続させられる意味が解らない!」

「チートだったらAIに速攻弾かれてるはずだがのう」

「捏造写真じゃないですかねこれ?」

「……まさか、グリッチか? いやそんな」


 ――LustEdenという看板を掲げる夜の店で


「ワイヤー使ってるとはいえ、3階建ての高さまで蹴り上げてんのこいつ!?」

「すごいカッコイイ~!」

「ちょっとアンナちゃん、写真なんかより俺を見てよ!」

「お客様として来ますかね、オーナー?」

「そうね――歓迎してあげようかしら」


 ――クラマフランマが無ければ辿り着けぬ桜国サクラコク


「てやんでぇ! アタイを差し置いて怪盗だとぉ!」

「壁の向こうの話ですよ姉さん、そんな気にしなくても」

「そんな正論なんかいらないよ、羨ましいぃ!」


 ――そして、シソラ達も良く訪れるドワーフの酒場で


「怪盗シソラ、いや、スカイゴールドにかんぱーい!」

「世界デビューおめでとう!」

「なんかスクショだけでMADショート動画作られてたよ!」

「うわ、再生数エッグ!?」


 すっかり怪盗シソラの活躍は、話題の渦になっていた。

 無論、この世界ゲームにこういったスターが現れる事そのものは珍しくない、しかし”怪盗スカイゴールド”の話題性は、その”有り得ない動き”である。


「シーフジョブの人達が、同じ動き真似しようとしてっけど失敗続きらしいね」

「私もやりましたけど、無理ですよ」

「やっぱり、あの仮面に秘密が……?」

「いや、あれただの見た目装備だし」

「でもかっこいいよね」

「かっこいい……ゴールドだけど下品じゃなくて上品ていうか……」

「とりまカンパイしとくか!」

「「「カンパーイ!」」」


 レベル1の若葉マークが、レベル100のベテランを倒すとか、

 荷物運びポーターでPTから追い出されたプレイヤーが、別のチームを組んで頭角を現すとか、

 役立たずだと思っていたスキルを使い続けてたら、それが国を救う切り札になりゲームとリアル両方で結婚までいったとか、

 そういう風にやった事実績が評価される者達は多く居た。だが、スカイゴールドの場合、100vs1という無理ゲーを攻略した実績に加えて、


「でも本当、かっこいいよな」

「うん」

「かっこいい」


 動きで魅せた――単純に、華があった。

 初見のアイドルのライブで、中身個人情報や経歴なんざ知らないまま、そのパフォーマンスに心奪われる感覚に似ている。

 ――崇拝も嫉妬も巻き起こす

 時の人なり、怪盗スカイゴールド。


「じゃ、ログインしたら質問攻めしようぜ!」

「ねぇオーナー、サインもらって飾りましょうよ!」

「そいつはいいアイディアだ!」


 そんな風にシソラの話題をつまみにして、彼等は仮想上でとても楽しくお酒バーチャルアルコールを飲んでいた。デバイスの機能で、現実の酒とVR上の酒をリンクをさせて、実際に酔っ払っている者もいたけれど、そんな事すら必要無く、常連客からヒーローが出た事に酔いしれていた。

 だけど、


「あ、そうだ、シソラの話ばっかりしたけど!」

「小悪党、グドリー!」

「100人がかりで負けた感想聞かなきゃ!」

「あいつ、”ぐぬぬ”って、マジで言ってくれるから楽しいんだよな」

「マジへこみしてる可能性もあっから程々にな」

「その時は、ちゃんと慰めてあげましょ」


 もう一人の愛すべき常連、グドリーの事を思いだして、

 ――オンラインかどうか確認しようとして


「……あれ?」

「え、ちょっと」

「――嘘だろ」


 素晴らしき酔い心地も、雲散霧消する程の事実が、

 全員に、システムとして表示される。

 ――【このアカウントは存在しません】







「――そうですか」


 現実世界、土曜日の正午前、ソラの部屋。


「わかりました」


 グドリーのアカウントが削除された事を、泣きじゃくるカリガリー経由で聞いて、ソラは、ただそう答えた後、通信を切った。


(……予想してなかった訳じゃない)


 あれだけ愛していたゲームの、引退を覚悟していた事実。

 区切り付け考えるならば、中途半端にアカウントだけを残すなんて、必ずしも良い事ではない。


(――でも)


 それでも、我が儘を言うのなら、


(残しておいて欲しかった)


 そう思ったから、涙ぐんだ。目の端からじわりと雫がたまって、

 だけど零れそうになったそれを、手の甲で拭う。

 ――その瞬間


「ソラ-! チャーハン出来たわよ-!」


 階下から聞こえる母の声、ソラはそれに、わかった! と言えば、すぐに部屋を飛び出した。主がいなくなった部屋にも、階段を勢い良く降りる音が響く。


「美味しそう、いただきます!」

「ソラ、昼飯食べたあと、サウナ用の薪割りの手伝いしてくれるか?」

「うん、わかった!」


 仮想の世界から消えたとしても、

 この世界できっと、生きているはずだからと、そう思ってソラは笑顔を浮かべた。

 ――きっとそれが、友達の望む事だと信じて

 かつて幼馴染みと別れた時と、同じように。




 けれどソラはまだ知らない。

 アカウントは消したのではなく、

 消された事を。

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