1-8 私とワルツを

 ――それは昔々の話


「リアルの年齢を言うんじゃありません!」


 シソラがアリクに誘われて、VRMMOを始めたばかりの中学生時代。

 初めてのPVPのあと、ドワーフ酒場での感想戦の途中、シソラが無邪気に零した個人情報に、グドリーは腹を立てていた。


「え、で、でも年齢を言っただけで」

「あ、でもそこから身バレの可能性もあるか」

「身バレがどうとかそうではなく!」

「そうじゃねぇの!?」

「ちゅ、中学生ってだけで、しつこく付きまとう大人がいるから?」

「それもギルティですがそうではなく!」

「違うんですか!?」


 このゲームの先輩として、グドリーは、まだ若葉マークがネームの横に表示されているシソラに、


「貴方はこの世界で、怪盗になりたいのでしょう?」


 こう言った。


「だったら正体は、ミステリアスな方が面白いじゃないですか」


 それは、求められているアドバイスでは無い。

 初心者に先達が授けるべきは、この世界ネットゲームの楽しみ方、そして、恐ろしさである。2089年、いくら運営が強固なセキュリティAIと人力の血の滲む努力で対策しようと、悪意というものはその隙間に存在しようとする。

 ――だが


「なりたいものがあるから、この世界ゲームに来たのでしょう?」


 それでも、シソラにとっては、


「それならば、やりきりロールプレイなさい」


 その言葉と笑顔こそが、

 この世界ゲームでの生きる理由モチベが生まれた瞬間で、そして、


「話半分に聞いときなよ新人さんニューユーザー

「ソウソウ、コアクトウ小悪党ノイウコトデスカラー」

「貴方達ねぇ」

「――あの」


 この世界で初めての、


「僕と――我とフレンドになってもらえますか?」


 友達が出来た切っ掛けだった。







 ――PVP終了まで残り三分

 天井の穴から、満月の光が差し込む礼拝室にて、


スピーダ速度上昇!」


 グドリーの支援魔法バフにより、速度を増した剣撃を、


ファントムステップ怪盗舞踏!」


 グリッチを用い、紙一重で躱し続けるシソラ。最初10人居た剣士達は、


「くらえっ!」

「うおぉっ!」


 ――シソラを挟み撃ちする二人までに減り

 そしてその残りも、


「うげっ!?」

「ぎゃあ!?」


 一人は顎を蹴られ、もう一人は銃で撃たれる事でHPが尽きた。

 10人がかりのフルボッコという卑怯を――裏技という卑怯で返り討ち、


「――残りは、グドリー」


 シソラは肩で、息をする。


「お前、だけだよ」


 VRにおいて痛みは無い、それでも脳を回し続ける限りは、普通のゲームと同じく疲労感が蓄積する。

 だがそれでも残り時間、【特性共有】相手の剣士を失い、ただの飾りになった炎の剣をぶら下げる、グドリーの相手をするには十分。


「――罪には罪をだ」


 シソラ、否、怪盗スカイゴールドは、


らせてもらおうか」


 そう告げたのであるならば、


「――見逃してくれませんか」


 グドリーは、感情無くそう言った。


「……グドリー」

「子細は言えませんが、お金が必要なんです」

「お前は」

「……解ってください、シソラ君」

「……」

「私だって、本当は」

「グドリー!」


 シソラは、大きな声をあげて――淡い光も踏まず、自分の足でグドリーの元へ飛んだ。

 そしてその手を、使えなくなったクラマフランマへ伸ばす、

 ――スティール

 しかしその瞬間、

 ――ボォウ!

 剣が煌々と燃え盛った、グドリーは振るえぬはずのその剣を振り上げた、

 そして間近に迫ったシソラに、

 剣の一閃を繰り出して――

 だけど、

 グドリーの剣は空を切る。


「なっ」


 結果の原因、シソラがファントムステップでグドリーを飛び越えたから。

 攻撃が来るのが、解っていたように。

 グドリーの背後に、マントを揺らめかせながら、踵鳴らして降り立つシソラ。

 互い、背中合わせ。

 ……振り返らないままグドリーは、話しかける。


「見抜いてましたか」

「ああ」


 からくりは単純で、ロボットの中に、まだ剣士が――タダリーが潜んでいる。

 長年の付き合いで無くとも、少し考えれば見抜ける策。

 ――その少しの思考を奪う為の一気呵成も

 シソラには、通じなかった。 

 グドリーの最後の攻撃――無言のまま、シソラへ振り返りながらの刃、

 ――ガッ! っと

 その剣閃が届く前に、シソラはグドリーの腹を、加速付けた足で蹴り上げた。


「――かはっ」


 斜め上宙に浮かぶグドリーに、シソラは銃を構えて、放つ。

 顔を狙った銃撃を、グドリーは首を動かしそれを間一髪躱したが――放たれたのが銃弾ではなく、ワイヤーフックだと気付いた。フックは、壊れた天井の梁に絡む。

 シソラは、足元の、彼にしか見えぬ光に向かって、サッカーボールを蹴るように足を振り、そして、

 回りながら、飛んだ。


「――がっ!?」


 蹴りの爪先が、グドリーの体を打つ、そして、

 ――一発だけじゃ終わらない




「がぁぁぁぁぁぁ!?」


 グリッチで加速した秒速四発の回し蹴りが、

 仮想の衝撃でありながら、グドリーに苦痛の声をあげさせる。

 蹴りを叩き込みながら、ワイヤーを巻き取りながら上昇していく二人。


「ぐう、ぐううう!?」


 蹴りの連打でHPが削られてく程、グドリーの歪む顔に、

 苦しそうに、一度目を閉じたシソラ、


「――ああ」


 ――だけど


「あああぁっ!」


 瞳開き、シソラは吼えた――蹴りの軌道、今宵の月のようにまるくして、

 フックを解けば梁を越え、天井の穴すら飛び越えて、

 ――満月を背景にして

 “小悪党はじめてのともだち”をとどめで穿つ。


ファントムワルツ怪盗円舞!」


 月が輝く中で、

 最後の一撃をくらったグドリーは、

 満足そうに、笑った。


 ――ドガァァァァァァン! っと


「ああ!?」

「グドリーサン!」


 剣士達と、カリガリーと、そしてロボットから慌て這い出てきたタダリーは、二人が落ちてきた場所をみつめる。

 ――砂煙のエフェクトが晴れた時

 そこにあったのは、大の字になって倒れているグドリーと、

 クラマフランマを手に持った、シソラの姿――


『GAME CLEAR!』


 静寂の礼拝室に、空気読まずの明るいAIボイスが流れる――途端、プレイヤー達の蘇生が開始される。


「グ、グドリーサン!」

「グドリー!」


 他のプレイヤー達がただ二人を見守る中、ロボットから出てきたカリガリー、タダリーは、慌て駆け寄ろうとした。だが、


「近づかないでください」


 ――HPはMAXに戻ったのに

 寝転がり、月を見たままのグドリーは、それを制す。そして――メニューを開き、メンバーに連絡PTチャットを始めた。


「私達は――私は負けました、お疲れ様です」


 そして、願った。


「シソラ君と、二人きりにしていただけませんか?」


 その言葉に、礼拝室に居る者達はざわつき、顔を見合わせたが、やがてポツポツとテレポートで移動を開始して。

 誰も居なくなった場所で、二人きり、

 シソラが、言葉に迷う中で、


「――なんですかあの動きは」


 グドリーが、切り出した。

 感想戦だ。


「……グリッチ、すり抜けバグを使った」

「はぁ? なんですかそれ?」

「前のPVPから出来るようになったんだ、加速もそれを応用して」

「チートじゃなく裏技と言ってましたが、どうやるんですか」

「色々有るけど、さっきだと、レベル差2の剣士同二人の影が重なった時、時間が0時27分28.115秒の瞬間を突いて」

「そんなの解っていてもやれませんよ」

「やれちゃうんだよ、何故か」

「無茶苦茶ですね」

「全くだよ」


 グドリー、たいを起こし、笑う。

 シソラもまた、笑みを浮かべる。


「剣士を隠す策は予定通りだったのかな?」

「貴方が早く来すぎたゆえの苦肉の策だ」

「タダリーじゃなくて他の剣士を隠さなかったのは?」

「彼、隠し事が下手で表情豊かですからねぇ」

「ああ確かに、より早く見抜けたかも」


 うんぎょっふぅ! なんて独特な悲鳴オモシロナキゴエあげる奴だし、と、

 その後も二人の他愛ない話は続いた。

 前のPVPで、アリクとアウミが二人で戦う事になったのは、グドリーが残り三人を買収してたからという事。

 実装したばかりのレイドボスRTA対決で、お互い強力な攻略法を見つけた結果、即日運営に修正された事。

 小悪党を名乗り始めたのは、”魔術師なのに支援魔法バフ全振りなんて卑怯だ!”と、オモリーに言われたからという事。

 夏の遺跡攻略イベントで、マフィアチームに閉じ込められた二人が、一時的に手を組んだ事。

 グドリーの好物が焼き鯖と知り、焼き鯖の風評被害になるのでは? と、くだらなく盛り上がった事。

 今はもういない幼馴染みについて、話した事。

 ――RMTについては聞かなかった

 “聞けなかった”じゃなくて、”聞かなかった”。

 そんな思い出話が続いていき、

 やがて、


「――もういいでしょう」


 区切りをつけたのは、グドリーだった。そして彼は、

 ――システムから【アイテム譲渡】を選んで

 懐から取り出したものを、シソラへ投げつけた。

 片手でパシッと受け止めたそれは、


「――これって」

インペリアルトパーズ皇帝の友愛


 輝き放つ、宝石を、


「それで、その寂しい胸元でも飾ってください」


 託されたシソラはそれをみつめた後、ぐっと握りしめる。

 それを見届けたグドリーは――


「先にログアウトしてください、私は、もう少しだけ、浸りたい」

「……解った、グドリー」

「お疲れ様です」

「グドリー」


 シソラは――もしかしたら最後になるかもしれない言葉に、


「おやすみなさい!」


 願いをかけて、元気に言った。

 そうしてから、音も無く立ち去るログアウト

 ……壊れた天井の穴から、月を仰ぎながら、グドリーは呟く。


「休みなさい、か」


 言葉の意図も、見抜いて。


「――引退じゃなくて、休むだけでいいかもしれませんね」


 アカウントを消さないままにして、


「戻ってこれるのが、何年後になるか解らないとしても」


 何時かの、


「また、君と」


 為に。




 ――ザンッ!


「――えっ」


 ……VRでのダメージは、衝撃だけで、痛みは無い。

 だがその背後からの一撃は、

 ――黒衣のコートに身を包む男の

 刀による一撃は、


「――な、なんだ」


 グドリーのリアルに、死の冷たさと熱さを感じさせて、

 そして、彼の体が、


「私が――壊れて――」


 0と1に分解されて、

 消える。




 ――パチリ、と

 刀が鞘に収められる音が響く。

 ……グドリーが居ない中、黒いコートに身を包み、背中に長い三つ編みを添わせる男、

 システムを開いて、言った。


BANしたよ、アイさん」


 仮想の月が浮かぶこの夜、

 グドリーのアカウントは、消失した。

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