第22話 ダブルブッキング・シンデレラ

 「最初に言いますが、メイド喫茶は無しです!」


 文化祭実行委員である成山なるやまさんが告げたその一言は一瞬にして教室の空気を変えた。


 「メイド喫茶ダメなの!?」

 「もしかして風営法に引っかかるとか?」

 「えー、私ちょっとやってみたかったのに」


 クラス内からその理由を問うコメントやら雑談やらが交じり合って若干カオスになっている。


 「ごめんなさい、いきなり脅かしちゃって。メイド喫茶はダメですが、コスプレ喫茶はアリです」


 なんだその線引き。逆に混乱してきたぞ?


 「どうも去年メイド喫茶をやった時に色々とトラブルがあったみたいで……もしコスプレをする場合も過激な衣装はNGだそうです」


 つまり扇情的な出し物は風紀が乱れるから控えなさいということか。

 厄介な客がいたのか店側が過激だったのかはわからないけど、魅力的な選択肢のひとつが消えてしまったことは事実だ。


 あぁ、天ヶ瀬さんや和田さんのメイド姿を拝みたい人生だった……


 「あと、飲食系は毎年人気で上の学年が優先になっちゃうそうなので、やっぱり飲食以外で考えるのが良いかなぁと思います」



 あれ、成山さん実はめちゃくちゃしっかり考えてくれてた?

 いきなりメイド喫茶はダメっていうからアンチメイド派閥の過激派なのかと思ったよ。

 この度は大変失礼致しました。申し訳ございません!!



 「えー、じゃあ何やるよ?」

 「うーん。謎解きとか?」

 「やっぱりお化け屋敷じゃない?」

 「せっかくだしみんなで盛り上がれるのがよくない?」

 

 みんなが次々と発言しては黒板にアイディアが書き足されていく。

 さっきまでクラスの雰囲気は体育祭一色だったのに、今ではもうすっかり文化祭モードに切り替わっている。


 「はいはーい! 俺は演劇を所望するぜー!」


 みんなが思いつくままに発言していたのに対して、ハッキリと意思表示をしてきたのは善信よしのぶだった。


 「おぉ、演劇とか面白そうじゃね」

 「なんかそういうの小学校以来かもしれん」

 達也も矢川も結構乗り気だ。そういう俺も少しワクワクしてしまう。


 「じゃあ演劇も追加と。ちなみにどんな演目がやりたいとかありますか?」

 「俺、実は脚本家とか放送作家みたいなのに憧れててさ。だから是非ともオリジナルをやらせてくれないか皆の衆!」

 

 オリジナル!?

 てか善信が脚本家目指してたなんて初めて知ったぞ。


 「お前すげーな。面白そうじゃん! ちなみにもう作品できてんの?」

 意外にも羽村が食いついてきた。



 「あたりめーよ! 題して『ダブルブッキング・シンデレラ』」



 「「「……はい!?」」」



 ――昔々あるところに……ではなく舞台は東京・新橋。

 

 社畜サラリーマン北野。28歳独身、彼女無し。

 彼は仕事仲間たちと残業終わりに赤提灯の輝く居酒屋で一杯ひっかけていた。

 宴もたけなわ、会計を済ませて駅へ向かう途中、道端に一人の女性が座り込んでいた。


 「大丈夫ですか?」

 北野が恐る恐る声をかけると、その女性はどうやらヒールが折れて途方に暮れてしまっていたという。

 彼女は清楚なワンピースに身を包んだ、まるでお嬢様のような女性だった。

 

 「私どうしたらいいんでしょう」

 「すみません、ちょっとここで待っててください」

 そういって北野は急いでコンビニに行き瞬間接着剤を買い、なんとか応急処置を済ませるとその靴を女性に履かせてあげた。


 「ふふ、まるでシンデレラみたいね」

 そういって微笑んだ彼女。それも束の間、すぐに「ごめんなさい、終電があるの」といって改札の中へと消えて行ってしまった。

 しかしそこには彼女の手掛かりとなる運転免許証が残されていた。


 その翌週。またしても同じ状況に遭遇した。


 「すみません、助けて頂けないでしょうか」

 今度は黒いニットとロングパンツの似合うキャリア系の美人だった。

 どこまでが偶然なのだろうか。彼女もまた保険証を落として終電の待つ改札へと消えていった。


 そこから始まる北野と二人の女性をめぐる、あたたかくて甘酸っぱくてほろ苦い日々。

 北野は次第に二人に惹かれていくが、同時にどちらかを選ばなければいけないという課題に直面する。

 そして運命のいたずらか、同じ日、同じ時間に二人から約束を持ちかけられたのだ。


 「私、待ってますからっ!」

 「待ってる」


 果たして北野はどちらを選ぶのか――



 「……っと、あらすじはこんなところ。さあ皆様シンキングタイムスタート!」



 「まって、普通に面白そうなんだけど!」

 「善信すげぇな、映画みたいじゃん!」

 「なんかドラマチックでいいなぁ。ちょっと憧れるかもー」


 演劇と聞いて往年の名作や童話のようなものを思い浮かべてた人たちも多かっただろう。しかし善信が用意してきたのはまさかの現代映画ライクなストーリーで、みんなの演劇への意欲もかなり高まっている。


 「いいね、めっちゃ面白そう。賛成!」

 俺も文句なしでそう発言する。あとは役者の演技次第だけど、これは結構いい出し物になるんじゃないか?


 「もうこれで決まりかな? もし反対意見がなければ富士森ふじもり君作の演劇にしようと思いますが、他に意見ありますか?」


 先ほどまで騒がしかった教室はシーンとしている。

 つまりみんな賛成ということだ。


 「はい、じゃあうちのクラスの出し物は……えっとなんだっけ?」

 「ダブルブッキング・シンデレラ」

 「そう『ダブルブッキング・シンデレラ』の劇に決定しました!」


 教室内が大きな拍手で包まれる。

 善信も「やぁやぁ、こりゃ才能が爆発してしまいましたな」なんて言いながらおちゃらけてるけど内心かなり嬉しそうだ。


 「それで配役なんだけど、細かいキャストは後日決めるとして主役は三人でいいのかな?」

 「そうだな。基本はその三人がメインだわな」

 「今の時点で主役やりたいって人いる?」

 

 この劇の主役なんて結構大役になりそうだよな。

 そんなのが務まるのって言ったらやっぱり陽キャ軍団の方々がいいかなって――


 (さっきからやたらと周りからの視線を感じるような……)


 「あの、皆さん何か御用でしょうか?」


 「いや、これ主人公うらっちっぽくね?」

 「だよな。俺もウラが適任だと思うんだよな」

 「拒否権はねーからなー!」


 「え、どういうこと?」

 俺が主役なんてなにかの間違いだろ。こういうのはもっと華のある人間がやるべきで……


 「どういうこともなにも、要はそういうことだよ。北浦クン」

 善信、お前はもはや何キャラなんだよ。



 「あ、そうそう。ちなみにヒロインのモデルは天ヶ瀬さんと和田さんだからよろしく」


 「「私!?」」



 成山さんが、あらかじめそうなると思ってましたといわんばかりのスムーズさで黒板に配役を書き始める。



 『北野(主人公):北浦』

 『ヒロイン①:天ヶ瀬』

 『ヒロイン②:和田』



 かくして俺とシンデレラ二人の物語が始まるのだった。



 もうこうなりゃ、とことんやり切るしかない!

 この劇を絶対に成功させよう!

 なんなら二人との距離をもっと近づけられる絶好のチャンスじゃないか。


 この夏はきっと今までで一番アツい夏になる。

 そんな予感がする。

 俺の追い求めた『普通の青春』がきっとそこにあるはずだ!

 

 

 そう、確かに俺はこの時そう思っていたんだ。


―――――――――――――――――――――――


(作者からお礼とひとこと)

いつもご愛読頂きましてありがとうございます。

ここまでで一学期編が終了となります。

次回からは波乱の夏休み&明神祭編を予定しております。

引き続き彼らの青春模様をどうぞ見守ってくださいね!


僭越ながらカクヨムコン10にエントリー中です!

ここまでお読み頂いてちょっとでも面白いと感じて頂けたら、

是非★や♥で応援頂けますと大変嬉しいです!

(ちょっとした感想や一言コメントなども大歓迎です!!)

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