第20話 夏へのトビラ

 住江神社を後にした俺たち。


 「せっかくだしお昼一緒に食べよ!」

 

 という天ヶ瀬さんのお誘いを俺が断るはずもなく、神社の裏にあるカフェに来ていた。

 ちょうどお昼時だしね。あぁ本当に最高のタイミングで会えたな……

 もはや俺明日死ぬのか? ってくらいツイてるぞ。

 


 線路にかかる橋を越えた先にある猫の看板が目印のカフェ。

 その店名は有名なSF小説に由来しているらしく、猫もその物語のキーになっているらしい。


 「でもこの街ってやたら猫推しだから、私はそっちの繋がりかと思ってたよ」

 「確かに街中にある看板とかも猫モチーフ多いもんね」


 店の由来を知った俺たちはそんな会話をしていた。

 ふと、天ヶ瀬さんも同じ街に住んでるんだよなと実感してなんだか嬉しくなる。


 クラスの、いや学年のアイドルと休日にカフェでランチ。

 入学したばかりのときは果たしてそんな日々が想像できただろうか。

 いや、妄想はしてたよ?


 (もしかしてこれって……デートってやつじゃ?)


 そう思うと急にすごく緊張してきた。

 てかこんな近い距離で向き合うのってよく考えるとヤバくないか。


 天ヶ瀬さん肌白くてきれいだなぁとか、まつ毛こんなに長かったんだとか、唇柔らかそうだなぁとか……

 

 普段の距離感では気付かないことが当たり前のように視界に入ってくる。

 俺たちは今そんな近いところにいるんだ。


 「あー、どれも美味しそう! 北浦くんは何にするの?」


 ヤバい、メニュー全然見てなかった。


 「えーっと、俺は……チキンカレーにする!」

 「いいね! 私は野菜カレーにしよっと。ドリンクはどうする?」

 「じゃあセットのコーヒーにするよ」

 「おっけー! あ、すみませーん」

 天ヶ瀬さんが店員を呼び俺の分も一緒にオーダーしてくれる。


 この何気ない瞬間すら、まるで俺たちが付き合ってるかのような錯覚に陥る。

 デートじゃないかと考えはじめると全てがそう思えてきてしまう。


 てかこういうのって男の俺がリードすべきだったよな。

 あぁ、失敗したー!!


 「ごめんね、注文してくれてありがとう」

 「全然いいよー! むしろそうやってわざわざお礼してくれるのも北浦くんぽいよね!」

 「え、そうかな? 普通じゃない?」

 「ううん、案外ありがとうって言えない人って多いと思うよ。北浦くんのそういう礼儀正しくて律儀なところ、素敵だと思うよ!」


 素敵って言われちゃった!

 もう、この子本当に心臓に悪いです。最高です。むしろ素敵なのはそちらです!


 「……ありがとう」

 「あ、照れた! 北浦くんって褒められると照れるよね」

 「もしかしてからかうために言ったの?」

 「違う違う! 本当に素敵だと思ったから言ったんだよ。私北浦くんにはそういうことで嘘は言わないもん……」


 天ヶ瀬さんのその一言に俺はなんだか急に恥ずかしくなって何も返せないまましばらく無言が続く。


 窓の外から聞こえる電車の走る音。

 夏のせいか少し熱を帯びたような天ヶ瀬さんの表情。

 そして彼女の瞳に映る自分の姿。


 二人の間をこそばゆい時間がゆっくりと流れる。

 


 「お待たせしました、チキンカレーのお客様」

 「あ、はい」


 そんな俺たちを見かねたかのようなタイミングで料理が届いた。


 あの空気の先にあったものを知りたいような知りたくないような。

 でもきっと、今はまだそのタイミングじゃないんだ。

 だって俺はまだ……。


 「こちら野菜カレーになります」

 「はーい、ありがとうございます。わー、美味しそう!」


 そして俺は気付いてしまった。



 二食連続カレーじゃん。


 

 ま、いっか。カレー美味いし。



 「すごい、ちゃんとスープカレーじゃないね」

 「あれはさすがに……まぁ楽しかったからいいけど」

 てか俺たちの中のスープカレーのイメージ、完全に風評被害だよな。


 「うん、楽しかったよね! 遠足懐かしいなぁ」

 「まだ二ヶ月くらいなのにかなり前に感じるよ」

 「確かあの時だよね、私が初めて北浦くんにLiMOライモしたの」

 「そうそう! ちょうどその時山梅駅から帰る途中でさ……」


 光陰矢の如し。

 その言葉の通り、青春の日々もあっという間に過ぎてしまうのだろう。

 そしてその密度が濃ければ濃いほどきっとその速度は速い。


 こうしていつか振り返ったときに、そこに後悔がないようにだけしよう。


 「ごめん、天ヶ瀬さん」

 「ん? どうしたの?」

 「サラダに入ってるりんご、もしよかったら食べない?」

 「北浦くんってサラダにフルーツ入ってるのダメな人?」

 「いや、フルーツが食べられない」

 「嘘でしょ!? りんごだけじゃなくてフルーツ全部ってこと?」

 「うん」

 「えー! それ人生半分損してるって!!」

 「よく言われます……」

 「もう、しょうがないなー。私が食べて差し上げましょう!」

 「ってなんか嬉しそうじゃない?」

 「だって私フルーツ好きだし」

 「なんだ、じゃあ遠慮する必要なかったね」


 「これからもフルーツついてきたら私にちょうだいね!」



 ……それはこれからも二人で一緒にご飯を食べる機会があるという理解でよろしいでしょうか?


 きっと今過ごしてるこの時間はどんなフルーツよりも甘いんだろうな。食えないから知らんけど。



 それから暫く二人でカレーを堪能し、食後のドリンクを飲みながらゆっくりと過ごした。

 


 天ヶ瀬さんには弟がいること。

 家には大きな白いもふもふの犬がいてとても可愛いこと。

 そしてお父さんはどうやら犬よりも立場が低いこと。


 これまで知らなかった天ヶ瀬さんのプライベートな部分を知ることができた。


 俺も彼女に色々と話した。


 昔住んでた街のこと。

 中学時代の真面目キャラで苦労したこと。

 同じクラスにいた面白い友達のこと。


 何気ない話題だけど、俺たちの会話はずっと止まらなかった。

 ランチと銘打って来たものの、気付けばすっかりティータイムを満喫していた。


 アイスコーヒーの氷はすっかり溶けきり、一日の気温のピークを越えた頃、俺たちはようやく店を出た。


 「今日はありがとっ! いっぱい話せて楽しかったよ!」

 「俺も天ヶ瀬さんのこと色々と知れたし楽しかったよ。ありがとう!」

 「それじゃまた来週学校でね!」

 「うん、また!」


 「テスト勉強も頑張ろうね! 勝負だっ!」



 あ……



 俺今日まったく勉強してないや。


*


 家に帰ってから必死に教科書と問題集を行ったり来たりした。

 それはもう本当にしんどかった。

 優等生キャラだっただけで別に勉強が好きなわけじゃないんだよ!


 まぁその猛勉強の結果、期末では何とかクラス10位以内に入ることができた。


 「おぉ、うらっちやっぱ頭良かったんだな」

 羽村が意外だとでもいうような反応を見せる。お前俺のこと見くびりすぎだろ。


 ちなみに天ヶ瀬さんはといえば、


 「なんと2位でしたっ!」


 あぁ、もうその可愛さはもはや圧倒的1位ですよ。


 またしても俺は天ヶ瀬さんにテストの結果も、その笑顔にも敗北を喫したのだった。


―――――――――――――――――――――――


(作者からお礼とひとこと)

いつもご愛読頂きましてありがとうございます。

今回は、なんと初めてのデート回(?)でした!

あぁ、やっとラブコメっぽくなってきた……


僭越ながらカクヨムコン10にエントリー中です!

ここまでお読み頂いてちょっとでも面白いと感じて頂けたら、

是非★や♥で応援頂けますと大変嬉しいです!

(ちょっとした感想や一言コメントなども大歓迎です!!)

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