第19話 ラブコメ神社の底力
ポーポロッポポー
ポーポロッポポー
田舎特有の鳩時計の目覚ましに起こされた俺は眠い目をこすりながら一階のリビングへと向かう。
「あら、今日は部活ないんじゃないの? 随分早いじゃない」
想定よりも早い俺の起床に母親が尋ねてくる。
「そうなんだけど、なんか目が覚めちゃって」
「そう。朝ご飯準備するからちょっと座って待ってて」
それから五分ほどしてレトルトカレーが目の前に運ばれてきた。
これが俺のモーニングルーティーン。
朝からカレー? と思うかもしれないが、カレーは飲み物とは実に言い得て妙だ。
寝起きでも案外するっと胃の中に入ってしまうから凄い。
まぁそもそもカレーが好きだからっていうのも大きいけど。
「そういえば勉強の方は大丈夫なの?」
「たぶん大丈夫……だと思う」
「そういってこの前はかなり点数悪かったじゃない」
「そうならないように今日は勉強するよ」
みんなでしゃぶしゃぶを食べた夜。
沢井に色々と言われて考えた末に、夏に向けて再び『普通の青春』を手に入れると誓いを立てた俺だったが、夏を迎えるにあたって越えなければならない壁があった。
期末テストだ。
前回の中間テストの結果はこれまでの人生の中でもワーストクラスだった。
もちろん部活で大会があったからというのもあるけど、やっぱり片手間の勉強だけじゃやっていけないあたり、改めて進学校に入ったということを実感する。
母親はああいう風に言っているけど、うちは別に勉強に対してうるさいわけではない。
やりたいことをやればいいというのがうちの基本方針らしい。
でもそう言ってくれる分、両親には心配をかけないようにしないといけないとは思う。
思うのだが……
(やる気出ないなぁ……)
部屋に戻った俺はしばらく数学Aの問題集とにらめっこを続けていた。
正確に言えば、その内容は視界には入っているものの、情報としてはまったく脳に取り込まれていなかった。
今俺の頭の中を支配するのは集合でも確率でもなく、昨晩テレビで観た世界的に有名な日本のアニメスタジオが手がけた青春アニメ映画のことだった。
夢、恋、将来。期待と不安。中学生の青春模様を描いた往年の名作に俺の心は揺り動かされ、今もこうして絶賛余韻に浸っている最中なのだ。
(図書館でも行くか)
俺はその映画の内容に影響されるかの如く、普段は行かない図書館へと学習の場を移すことにした。
*
家から行ける範囲には図書館が二つある。
古くからある
中央図書館は市内でも一番栄えているエリアにあり、図書館と温泉が併設されたなんとも珍しい施設だ。
再開発で出来たビルのため、その造りはかなり現代風。パソコン専用席や、飲食OKのスペースなどもあり、とてもオープンな印象だ。
しかし俺はあえて昔ながらの山梅図書館をチョイスした。
だってそっちの方がなんかドラマがありそうじゃん!
俺はそんな事を考えながら、件の映画に出てきそうな坂道を上って図書館へと向かった。そしてその途中ふと街道沿いにある神社に立ち寄ってみたくなった。
『ラブコメ神社』
俺はこの神社を勝手にそう呼んでいる。
なにせこの神社。参道を抜けた先に急な階段があり、小高い丘の上に境内が広がるという、いかにもラブコメ漫画やアニメの舞台になりそうなロケーションなのだ。
そんなラブコメ神社こと住江神社にお参りしようと決めた俺だが、本当に物語のようなことが起きると誰が想像しただろうか。
「え? 北浦くん!?」
階段を上った先にいたのは白いトップスと紺のワイドパンツに身を包んだ、休日スタイルの天ヶ瀬さんだった。
「え? 天ヶ瀬さん?」
まさかのラブコメ展開にロマンスの神様もさぞやビックリだろう。
「ビックリした……まさか休みの日に北浦くんに会うなんて! でもそれならもっとオシャレしてくればよかった……」
いやいや、めっちゃオシャレだしなんなら私服姿見れてラッキーだなんて思ってます。
……なんて本人にはとても言えないけど、天ヶ瀬さんは私服でもやっぱり可愛かった。うん、これ真理。
「俺も驚いたよ。それにしてもどうして神社? 何かお参りしてたの?」
「ううん、ちょうどこれからお参りするところだよ! 私、テスト前はいつもここに願掛けしに来るんだ。前に一度勉強の合間にお散歩がてらお祈りしてみたらその時のテストの結果が凄くよくて!」
それ以来天ヶ瀬さんの中ではテスト前の恒例になってるんだとか。
「北浦くんは? もしかして中間テストのリベンジを誓いに来たの?」
天ヶ瀬さんがちょっといたずらな笑顔で小首を傾げてくる。
いちいち仕草が可愛いんだよなぁ。
「まぁ……そんなところ!」
(さすがに映画を見た影響でいい感じの雰囲気に浸りたかったなんて恥ずかしくて言えない!!)
「そっか、じゃあきっと次のテストはバッチリだね! あ、でも次も負けないよー?」
「天ヶ瀬さん頭いいからなぁ……勝てる自信なくなってきた」
「そんなこと言わないでよ。ガンバレ元主席っ!」
「元は余計だって!」
「ふふっ。それじゃ一緒にお祈りしよっか」
あの河原での一件以来、天ヶ瀬さんは前よりもちょっと柔らかくなり、自然な笑顔が増えた気がする。もちろんそれまでも優しくて話しやすかったんだけど、どこか完璧すぎる振る舞いにどうしても本音が隠れているんじゃないかって印象があった。
それは今もまだ完全に消えたわけじゃないけど、こうして少し砕けた会話も増えたように思う。
そして今の天ヶ瀬さんの方が接しやすくて俺は…………。
「じゃあお賽銭入れよっか」
「こういうときって何円がいいんだろう?」
「うーん、私はいつも五円!」
「五円ってご縁だから縁結びの時なんじゃないの?」
「お賽銭は気持ちだからね。それに私はテストの結果もひとつのご縁だと思ってるよ!」
俺たちはそれぞれ五円玉を賽銭箱へと入れた。
「あ、鈴鳴らさなきゃね」
そういって天ヶ瀬さんは縄を握ると俺の方を向いてくる。
ちょっと緊張しながら俺もその縄を握った。
同じ縄を握って一緒に鈴を鳴らす。
言葉にすれば大したことないんだけど、どこか共同作業のようなそれはまるで……
(カップルみたいじゃん)
鈴を鳴らそうと縄を揺らすと、その衝動で天ヶ瀬さんの手が俺の手に触れる。
なんなら肩も触れてるし距離も近い。
(半袖だから二の腕めっちゃ当たるし柔らかいしいい匂いするし)
煩悩たっぷりの俺は頭で平常心の三文字を連呼して、なんとかお祈り出来る状態まで心を落ち着ける。
天ヶ瀬さんとタイミングを合わせるように、二回礼をして二回手を叩く。
(どうか自分の気持ちときちんと向き合えますように)
(そして『普通の青春』を謳歌できますように)
お願い事を唱えた俺は横にいる天ヶ瀬さんの方を見た。
彼女が祈る姿は真剣そのもので、普段の明るい天ヶ瀬さんとはまた違ったその雰囲気に思わず見とれてしまう。
そして目を開いた天ヶ瀬さんと再び一緒に一礼する。
「ちゃんとお祈りできた?」
「うん、もちろん」
「じゃあテストもこれで安心だね!」
(え、テスト?)
やべっ、お願いするの忘れてた!
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