-girls diary- 天ヶ瀬璃世②
【五月十八日】
入学式から一ヶ月半くらいが経ち、この学校とクラスにも慣れてきた。
教室には涼しげに揺れるカーテンとは裏腹に生温い風が入ってくる。もうすっかり春の面影は消えて初夏らしくなっていた。
「
ひょこっと私の前に現れてそう話したのは
「中間テストの?」
「そうー。ウチ自信ないから教えてほしいー」
「うん、いいよ! 一緒に勉強しよ!」
そういうと千夏はふわっと笑顔になった。
このまったりとした感じが一緒にいて心地いいんだよね。
来週の半ばから中間テストが始まる。それに合わせて今日からは部活も休みになっている。でも一部の部活は大会の時期と被っているみたいで、テストどころじゃなさそうだった。
(確か北浦くんも部活だーって言ってたよね。一年生なのに大会出るなんてすごい)
そしたら私はちゃんと勉強を頑張らないと!
前に小テストがあったときに次も負けないよなんて言っちゃったし、部活がなかったのに変な点数取っちゃったら言い訳できないもんね。
*
「璃世はさー、気になる男子とかいないのー?」
放課後、私は千夏と二人で駅前のカフェに来ていた。
千夏はロイヤルミルクティー、私はカフェモカを飲んでいる。
「千夏ー? ちゃんと勉強しないとだめだよー?」
「あー、話題逸らした! だって気になるじゃーん」
女子高生二人で放課後にカフェ。やっぱり勉強会どころじゃなくて女子会になっていた。
「そういう千夏は誰かいるの? 好きな人」
私はちょっと仕返しに千夏に聞き返してみる。
「うーん、ウチはねー」
「うん」
「大沢君かなぁ」
なるほど、大沢君なんだ! 確かにこの二人って結構波長合ってる感じはしたんだよね。
大沢君のちょっとふざけるけどグイグイしすぎてない感じと、千夏のほんわかゆるーい感じ。なんとなく相性良さそうだなって。
「そうなんだ! ちなみにどんなところが気になるの?」
「うーん、なんとなく話した感じいい人だなぁって」
「へぇ! でもそういう直感みたいなのって結構大事だと思うよ」
「そうなのかなぁ? まぁウチもまだ気になる程度だから好きかはわかんないけどねー」
「まだ会ってから一ヶ月ちょっとだもんね、これからだよ!」
「うん! それで璃世はー?」
あぁ、戻ってきちゃった。まぁこっちから聞いちゃったらそうなるよね。
(好きな男子かぁ……)
好きな男子と言われれば多分今はいない……と思う。
(でも、気になるって言われたら……)
私はふと一昨日のことを思い出してしまった。
朝、教室に向かう途中に階段で転んじゃった私を北浦くんが助けてくれた時のこと。
それまでもちょっといいなって思うことはあったけど、あの日は正直かなりドキドキしちゃった。
だって転んだ私に手を貸してくれて、そのまま抱きしめられるようになっちゃって……それにあの時結構力強く引っ張られたのも、なんか良かったっていうか……
(――って、思い出したらまた恥ずかしくなってきた)
でも北浦くん、ああいうの慣れてなさそうだったし、かなり頑張ってくれたんだと思う。きっと
「それで、璃世は誰なのー? あ、もしかして
「え? 羽村君?」
「うん! 二人ともクラスの美男美女代表だしお似合いかなぁって」
羽村君かぁ。確かに見た目はカッコいいし自信もあって、いわゆるモテる人なんだろうなぁとは思うけど。
「羽村君、私はちょっと違うかなぁ」
「えー! 絶対お似合いなのにー。一年五組のビッグカップル誕生って話題になるよー?」
「千夏それ言いたいだけでしょ?」
「あ、バレたー?」
「もー!」
「ごめんてー。でも本当に似合うと思うよー」
みんなからはそう思われてるのかな?
「うーん、やっぱり私は好きだって思える人はまだいないかな」
「えー。じゃあそもそも彼氏は欲しいの?」
「……うん、それは私だって欲しいと思うよ。やっぱり恋はしたいし」
「それじゃあ告白されて少しでもいいなぁと思ったら付き合ってみたらー?」
「告白!?」
「うん。だって璃世だったら告白なんてすぐにされると思うから」
確かに千夏の言う通り、入学してから既に二人くらいには告白されている。
一人は二年生の先輩で、もう一人は一年生で別のクラスの男子だった。
二人ともどうやら新入生とか他のクラスに可愛い子がいるみたいな噂を聞いて、それで告白しに来たらしい。
でもそれって外見だけで、二人とも私のことよく知らないよね?
さすがにそんな状態でとりあえず付き合ってみようなんて思えるわけもなかった。
「でも、もちろん決めるのは璃世だから、いまは素敵な恋が見つかるまで待つのもいいかもしれないねー」
素敵な恋か。いつか私も好きな人はこの人だって言える日が来るのかな?
「さっ! 恋バナも終わったところで勉強に戻るよー!」
「えー! 璃世先生あと少しだけー」
「ダメですっ!」
そうして私たちは再び英語の教科書に意識を戻した。
好きな人――いつか私もそんな『特別』を見つけられるといいな。
ちなみに中間テストは、私がクラス3位で千夏は14位だった。あの後ちゃんと勉強頑張ったもんね!
一方、北浦くんはクラス29位だったみたい。
部活で大変だったと思うけどもうちょっと頑張ってよー!!
【六月六日】
今日はついに合唱祭本番。
ここまで来るのに本当にいろいろあった。
カレンダーを見るとたった一週間くらいのことなのにとても濃い日々だった。
最初は全然まとまっていなかったクラスが、こうやってぶつかりながらも一致団結して一つのことを成し遂げていく過程は私が憧れていた『特別』と呼べるものだったのかもしれない。
そしてそれはもちろん私だけでは出来なくて、あの時本音をぶつけてくれたひなたや、ひなたを支えてくれた北浦くんのおかげだと思う。
これまでずっと調和やバランスを大事にしながら過ごしてきてしまった私に、ひなたは真正面からぶつかってきてくれた。
多分あの子もこれまでずっと悩んでいたんだと思う。それでも最後には「力を貸してほしい」ってみんなにお願いまでして本当にすごいと思う。結局私だってそんなひなたのおかげで少し変わることができたんだもん。
だからもっとひなたを知りたい、仲良くなりたいと思った。
本音でぶつかりあえる友達になりたいと思った。
*
合唱祭の結果は一年生としては2位だった。
二年生の一クラスには勝つことができたけど、六組には負けちゃった。
それでも私たちの合唱は最高の出来だったと思ってる。
だってあれはあの時の私たちにしかできない、あの時の全力の合唱だったから。
負けた悔しさは確かにあるのに、不思議と後悔はなかった。
むしろ、やりきったぞーって感じだった!
そんな合唱祭の後の打ち上げ、私たちは
そしてその途中、千夏が矢川君に呼び出されてどこかに行ってしまった。
(もしかして、合唱祭マジックってやつ??)
私だって年頃の女子高生だもん。やっぱりちょっとワクワクしちゃう!
そしてそんな私も気付けば北浦くんにメッセージを送っていた。
〈楽しんでるところごめんね! もし良ければ今ちょっと二人で話せるかな?〉
*
「ごめんね! 急に呼び出しちゃって……」
「ううん、全然大丈夫だよ。どうしたの?」
「あのね、どうしても伝えたいことがあって……」
私はやっぱりひなたのことについてちゃんとお礼が言いたかった。
だってあそこで北浦くんがフォローしてくれなかったら、きっとこんなに素敵な合唱祭にはならなかったから。
「ありがとう! ひなたのこと」
「俺なんかで……い、いや。俺なんか全然大したことしてないよ」
(あれ、なんか北浦くんいつも以上に緊張してる? というか今なんか言いかけてた?)
そう思ってようやく気が付いた。
合唱祭。打ち上げ。河川敷。呼び出し。二人きり。
このシチュエーションって……告白でよくあるやつ??
そう考えた途端、私も急に緊張してきた。
「そんなことないよ! 私だけだったらあのまま上手くいかなかったと思う。あの時北浦くんがひなたを追いかけてくれたおかげで素敵な合唱祭にすることができた。だからどうしてもお礼を伝えたかったの!」
私はその恥ずかしさを隠すようになんとか言葉を繋いだ。
そう、私はお礼がしたかったの! ただ、ありがとうって言いたかったの!!
「むしろ俺は天ヶ瀬さんのおかげで和田さんを追いかけられたんだよ」
え、私? 私はむしろ北浦くんやひなたのおかげでやっと少しだけど自分を出すことができたんだよ?
そう思いながら話を続けていくと、実は北浦くんも私によって火が付いたんだって教えてくれた。そして彼も彼で私と同じような悩みを抱えていたことをその時初めて知った。
確かに彼は、普段はちょっと遠慮がちで優しくて人に合わせるタイプだと思う。それでもあの時ひなたを追いかけた北浦くんは確かに熱を持っていた。それは入学式の時に彼が言っていた言葉とも一致していて。それでやっぱり私はそこに憧れたんだなって改めて思った。
そのことを北浦くんに伝えると彼は『普通の青春』がしたいと言った。
でもその話を聞くほど、それは私が憧れる『特別』と似ていた。
北浦くん、君の憧れる絵に描いたような『普通』は、きっと妥協じゃ手に入らない『特別』だよ。それを『普通』って言えるのはもしかしたら君が『特別』をどこかに持ってるからじゃないかな?
……なんてさすがに偉そうだよね。もしかしたら単純に好きな漫画とかに憧れてるだけかもしれないしね。私の考えを押し付けるのは止めよう。
でも一つ言えるのは、あの時の北浦くん、本当に格好良かったんだよ。
だからもっと自信持って!
北浦くんなら理想の青春を送れるよ! それに素敵な彼女だって……
そう思って告げた言葉はひどく他人事のようで無責任な気がした。
だから私はつい言ってしまった。
「だって私なら、良いなって思っちゃうもん。北浦くんのこと」
お願いだから気付かないで欲しい。
今は私の顔を見ないでほしい。
たぶん、見られたらこの熱が伝わってしまうから。
でも……いつか気付いてほしい。
私がその熱を自信をもって自分の気持ちだと言えるその日が来たら。
その時はどうか私の『特別』が伝わりますように。
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