第15話 夢みたものは
そして迎えた合唱祭当日。
俺たち一年五組は練習の成果全てを出し尽くした。
『それではこれから結果発表です』
放送部のアナウンスが市民ホールに響き渡る。
『24位…………一年八組』
あぁー、と落胆の声が後方から聞こえてくる。ビリは八組か。あそこはなんというか体育会系な雰囲気だもんな。
ちなみにこの合唱祭は学年ごとではなく一年から三年の全クラスで順位付けがされる。やはり基本的には学年が上なほど順位も高いのだが、たまに一年でも二年のクラスに勝ってしまったり、ということが起こる。
『20位……一年四組』
『19位……一年一組』
次は18位だ。ここで呼ばれれば俺たちは学年内で二番手が確定してしまう。
『18位………………』
『二年七組』
もはや悲鳴にも似た声があがる。
二年が一年に負けるのは相当悔しいだろう。そしてここまで俺たちはまだ呼ばれていない。
『17位………………』
『一年五組』
あぁぁぁぁぁーーーーー!!
俺達が発したのは喜びではなく悔しさの叫びだった。
頭を抱える者。涙を流す者。呆然とする者。
三者三様の悔しさが俺たちを包む。
しかし、俺は別の意味で悔しさを覚えていた。
(俺ももっと本気で悔しくなれればいいのに……)
客観的に聴けたわけではないけど、俺たちの合唱はとても良かったと思う。
その証明として二年生のクラスにも順位で勝つことができた。
俺自身も持てる全てを出し尽くしたつもりだし、全く手を抜いたつもりもない。でもその一方で心のどこかでは負けた時の言い訳を探していた。
だから羨ましかった。
恥をかこうが格好悪かろうが全てを掛けてぶつかり、最後まで自分たちを信じ抜き、負けたら本気で悔しいと思えることが。
俺にはまだ足りないその熱量が、とても羨ましかった。
*
「結局一年は六組の優勝かー」
合唱祭が終わり、俺たちは夕方から始まる打ち上げ会場に向けてクラス揃って歩いていた。
「まぁ六組は文句無しに上手かったよな」
達也も結果には納得の様子だった。
「悔しい……でもやりきったって言える合唱祭だった。楽しかった!」
そういう和田さんの顔はいつになく穏やかで達成感に満ちていた。
「だからその……ありがとう、北浦君。あの時私を探してくれて。私を必要だって言ってくれて。本当にありがとう」
夕暮れに染まるその綺麗な顔にはもう涙の跡は無かった。
「俺こそありがとう。結果論かもしれないけど、あそこで和田さんがみんなを本気にしてくれなかったらきっと学年で2位にはなれなかったよ」
「でも2位か。やっぱり悔しい。早く来年の合唱祭来ないかな」
「それはさすがに早すぎるって」
「ふふ。確かにそうだね」
和田さんがこんな風に笑うのを初めて見た。
その笑顔を見て俺は、彼女に〈氷鬼〉なんて言葉は似合わない。そう思った。
「よし、着いたー!」
到着したのは闇練をしていた河川敷。
俺達いつもの練習場所に集まりそれぞれジュースを片手に声を上げた。
「「「カンパーーーイ!」」」
まだ本気の悔しさを手に入れられなかった俺だけど、やっぱりみんなで思いっきり歌った後に飲むコーラはひと味もふた味も違った気がした。
俺達はこれまでの苦労を分かち合うようにこの場を楽しんだ。いつのまにか自由曲を口ずさんだりハモったり、気付けばみんなすっかり合唱祭という魔法に掛かっていた。
そして打ち上げも中盤に差し掛かってきた頃だった。
「あぁ、もうダメだ! 俺、行ってくるわ!」
そういって矢川が突然女子の集団の方に向かっていった。その先には柚木さんがいる。なるほど、そういうことか。
矢川は柚木さんを呼び出し、彼女とともに川べりの方へと歩いていく。
友よ。健闘を祈る!
そんな時だった、俺のスマホが震えた。
《楽しんでるところごめんね! もし良ければ今ちょっと二人で話せるかな?》
天ヶ瀬さんからのメッセージだった。
*
「ごめんね! 急に呼び出しちゃって……」
「ううん、全然大丈夫だよ。どうしたの?」
「あのね、どうしても伝えたいことがあって……」
(なんだ? なんなんだ? もしかしてこれは……?)
「うん」
俺はゆっくり頷くと天ヶ瀬さんの次の言葉を待つ。
(ヤバい……まだ心の準備が出来てない……)
薄暗い夕方の河川敷
タイルの剥がれた階段
そこに並んで座る高校生の男女
その女の子はクラスのアイドルで
そしてその相手は俺で
そんなシチュエーション、期待するなという方が無理な話だ。
「ありがとう! ひなたのこと」
(もしかしなかったーーー!!)
「俺なんかで……い、いや。俺なんか全然大したことしてないよ」
(危うく「俺なんかで良ければよろしくお願いします!」と返すところだった……)
「そんなことないよ! 私だけだったらあのまま上手くいかなかったと思う。あの時北浦くんがひなたを追いかけてくれたおかげで素敵な合唱祭にすることができた。だからどうしてもお礼を伝えたかったの!」
よかった、バレてないみたいだ!
「むしろ俺は天ヶ瀬さんのおかげで和田さんを追いかけられたんだよ」
「え? 私?」
「うん。あの時の天ヶ瀬さん、珍しく自分の意見をハッキリ言ったでしょ? それに俺も動かされたというか、あぁ、これアツい展開だなぁってなってさ」
天ヶ瀬さんが笑いながら「なにそれー?」と返してくる。
「和田さんも天ヶ瀬さんもアプローチは違うけど、本気で合唱祭に臨んでるのがわかったからこのまますれ違うのはもったいないって純粋に思ったんだ」
「そうだったんだね。でもあの時の北浦くん、凄く格好良かったよ!」
憧れの女の子から格好良かったなんて言われて照れないわけがない。
それでも俺の心を占めていたのは申し訳なさだった。
「そんなことないよ。俺は二人の本音を聞くまで事なかれ主義というか、丸く収まればいいやって思ってた。それに結果発表の時に本気で悔しいってまだ思えなかったんだ。だからその言葉は俺には似合わないよ」
「ううん、ちゃんと格好良かったよ! 北浦くん、いつもは結構人に合わせるタイプだし、自信無さそうな時もあるでしょ?」
天ヶ瀬さんから見た俺はそんな風に映ってるのか。
「私もそういうところがあるからなんとなく分かるんだ。でも北浦くんはちゃんと向き合うことが出来る人だから」
「そうなのかな?」
「うん、そうだよ! だって私がこうして本音をぶつけられたのは北浦くんのおかげだもん。入学式の挨拶で言ってたでしょ? 『壁にぶつかるかもしれないけど、そのたびに向き合っていく』って。私はその言葉、結構気に入ってるんだよ?」
天ヶ瀬さん、あの挨拶の内容覚えてくれてたんだ。
「私は昔からよく人の目を気にしちゃうから、そういうのって『特別』で、ずっと憧れてきたんだ」
天ヶ瀬さんはいつも周りを気にかけていてクラスのみんなからも慕われている。
でもそれはきっと彼女のバランス感覚が秀でているからであって、そこに意思みたいなものは見えなかった。
その殻を彼女はずっと破りたかったのだろう。
「『特別』かぁ。俺は逆に『普通の青春』が送りたいなって思ってた」
「普通の青春?」
天ヶ瀬さんが小首を傾げる。
「なんというか、普通に友達と遊んだり、部活に打ち込んだり、行事でみんなで泣いたり笑ったり。あと……彼女も欲しいし……そんな絵に描いたような『普通の青春』に憧れてたんだ」
「そうだったんだね。でもそれは私からすると『特別』だよ。どれだけパッと見が青春っぽい雰囲気でも、そこに熱がなければきっと数年後には忘れてしまう、そんなうわべのものになっちゃう気がするの。そして私から見た北浦くんはちゃんとその熱を持ってる人だよ。そうじゃなきゃあんな咄嗟に動けないって!」
天ヶ瀬さんが柔らかな笑顔を浮かべる。
普通か? 特別か?
それはきっと人それぞれの尺度で変わってしまう言葉。
だけど、今俺が感じ始めているこの熱さは確かに青春と言われるそれだろう。
綺麗なだけが青春だけじゃない。
甘酸っぱさだけが青春じゃない。
大人になったらもっと覚えてしまうだろう妥協という処世術。
きっとそれを許してくれないのが青春なのだろう。
「じゃあ戻ろっか!」
天ヶ瀬さんは立ち上がるとそう言ってみんなの方を指差した。
「うん、そうだね」
俺も続いて立ち上がりズボンについた砂埃を払う。
「あ、そういえば……」
天ヶ瀬さんが思い出したように呟く。
「北浦くんならきっとすぐ出来るよ!」
「出来る?」
「うん。素敵な彼女!」
「え、それって……どういうこと?」
「だって私なら、良いなって思っちゃうもん。北浦くんのこと」
そう言い残し天ヶ瀬さんはみんなの輪の中へと駆け足で戻っていった。
それから先のことはあまり覚えていない。
俺は彼女の残したあの言葉の意味をずっと考えていた。
(言葉そのままに捉えるなら天ヶ瀬さんは俺と付き合ってもいいってこと?)
でもそれならああいう言い方をするだろうか?
天ヶ瀬さんは確か「北浦くんならきっとすぐ出来るよ! 素敵な彼女」と言っていた。
それは暗に「私じゃない誰かと」って意味を含んでいるようにも思える。
(あー、どっちだ? どっちなんだ??)
合唱祭の疲れも忘れ、その日はあまりよく眠れなかった。
(そういえば何か大事なことを忘れているような……)
あっ! 矢川の告白はどうなった!?
―――――――――――――――――――――――
(作者からお礼とひとこと)
いつもご愛読頂きましてありがとうございます!
第12〜15話まで合唱祭のお話でしたがいかがでしたでしょう。
今回は少し青春のほろ苦さ、もどかしさを描いてみました。
合唱祭でお互いに踏み込み始めた彼ら。
ここからどのような青春模様になっていくのか、
引き続きお楽しみ頂ければと思います。
よろしければ是非、ここまでお読み頂いた感想など、
ぜひお気軽に教えて頂ければ大変嬉しい限りです!
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