第11話 沢井玲那は許せない
インターハイ予選西東京ブロック三回戦。
都立明神高校 VS 日本学院大学第三高校。
俺は負傷した先輩の代理として、この試合の第一シングルスとして高校デビュー戦を飾ることになった。
試合前の練習でも感じたが、相手はとにかくコースの狙いが鋭い。コート後ろギリギリ、かつ左右のラインもギリギリという、リバーシであれば必ず押さえたいであろう角に球を集めてくる。
俺のプレーはとにかく打ち込んで相手の体勢を崩すスタイルだが、そもそもこの相手は俺に打ち込む隙を与えてくれない。
(ならこれでどうだ!)
俺はスマッシュを打つと見せかけてドロップショットを打ち、ふわっとした軌道の球がネット際に落ちる。
しかし相手はすぐさま反応し、それをさらっとネット前に落とし返してきた。
『
審判のコールが相手のポイントを伝える。
まだまだ始まったばかりだ。俺は気を取り直して相手のサーブを待つ。
シングルスのサーブは手前のラインを狙うパターンと、後方いっぱいにロブを上げるパターンの二つが使われる。相手が打ってきたのは前者の方だった。
(ネットすれすれで隙が無いな)
ここでも相手のコントロール精度の高さが光る。
結局俺はこの回のラリーでも相手に得点を許してしまい、そのまま終始相手のペースとなりこのゲームを落とした。スコアは21-14と圧倒的ではないが惜しくもない、そんな点差だった。
バドミントンの試合は一ゲーム21点で行われ、二ゲーム先取した方が勝利となる。
なんとかして流れを変えないと。若干の焦りとともにコートを交換し、二ゲーム目へと突入した。
相手はひたすらに基礎を突き詰めた堅実なプレーを続けている。
(だったら揺さぶるか)
二ゲーム目、3-7で相手がリードする場面で俺は賭けに出た。
相手が大きく上げたクリアに対して俺はややオーバーに振りかぶる。エンドラインからのスマッシュ――と見せかけてシャトルにインパクトする瞬間ラケットの面を斜めに
するとシャトルは俺の視線とは別の方向に飛ぶ。しかしその軌道はスマッシュではなくまるでキレのあるドロップショットのよう。これはカットショットだ。
俺の視線や動きから想像していたのとは異なる球筋に、相手の出だしが少し遅れた。
ギリギリで落下点にラケットが追いついた相手が次に返してくる球は必然的に甘くなる。
(そこに思いっきり打ち込むッ!!)
コート中央のあたりにふわっと浮いた球に俺はエビ反りになって飛びつく。そしてネット前から元の位置に戻り切れないままの相手が作った左の空きスペースに向けてジャンピングスマッシュを打ち込んだ。
『
ついにこれだ、という気持ちのいいショットが決まった。
ちなみにカット自体はある程度の経験者ならそれなりに使うショットだ。右利きであれば腕を右に捻り、球も右から左に飛ぶのが一般的だ。
しかし俺が使ったのはその逆。腕を左に捻って左後ろのラインから右のネット前を狙った。この方向で打つ人は意外とあまり多くない。なにせコントロールがちょっと難しいのだ。俺も調子が悪いとネットに引っかけてしまうので、あまり多用はしないようにしてる。
相手のペースを崩すことに成功した俺はそのまま二ゲーム目を制した。
「よし、北浦いいぞ! いったれー!」
コートチェンジの休憩の間、部長が応援してくれる。
ここで勝てばチームとして二勝一敗。なんとしてもいい流れで次に繋げたい。
『それでは三ゲーム目、始めます。ラブオールプレイ!』
俺は先程のゲームでカットを解禁してからなんとか相手の隙を作ることに成功している。しかしさすがに相手も慣れてきたようで、最初ほどの威力は持たなくなってきていた。
(あとは根性あるのみ、か……)
三ゲーム目にもなると相手のプレイスタイルはなんとなく掴めてくるが、同時に体力も集中力も消耗している。最初は必死に食らいついていた球も、どこか諦めが生じてしまう場面が出てくる。そんな自分に鞭を打ちながらとにかくラリーを続けていく。
気づけばスコアは18-20と相手のマッチポイントになっていた。
ここで俺が二点連続で取ればデュースに持ち込める。そうすればどちらかが続けて二得点しないと勝敗はつかない。しかし裏を返せば現状は俺が一回でもミスすれば即相手の勝利という後がない状況だ。
そんな緊迫した空気の中でラリーが続く。お互いミスを避けるようにリスクの少ないショットを選ぶ。いくら余裕があるとはいえ、相手も点を落としたくない状況には変わりない。
そんな硬直状態を先に破ったのは相手だった。
これまでは俺のミスを誘うようなプレースタイルだったのが、恐らく最後の一点を早く決めてしまいたいのだろう、スマッシュなど攻めのショットが増えたのだ。
しかし相手はあまり攻めのプレーが得意ではないようで、俺はひたすらレシーブを続ける。そしてスマッシュを打てない高さに球を返すと今度は相手がシャトルを高く打ち上げた。
(ここで打ち込むか? それともカットでもう一回揺するか?)
もう少しネット近くに上がった球なら迷わずスマッシュなのだが、なんとも微妙なコートやや後方というエリア。下手にスマッシュを打ち込んで返されると今度はこちらが不利になる可能性がある。
しかしカットはカットで失敗するリスクがある。
(どうする……)
悩んだ俺が打ち出したのは、ドロップショットだった。
<パシーーーンッ!!>
『ゲームセット!』
逃げの一手を選んだ俺のショットはその迷いを表すかのように中途半端に浮き、ネット間際でいとも簡単に撃ち落された。
*
「チャンスで保身に走るのは男としてどうなの?」
沢井さんが死体蹴りをかましてくる。女バドは二回戦で敗退して暇になったからと帰り際に試合を見に来てくれていたのだった。
「だよな。返す言葉もないわ……」
この時代に男らしさという考え方がいいのかという議論は置いといて、攻め込めるチャンスなのにミスを恐れて置きに行った挙句ミスったのは紛れもない事実だ。
それに俺自身も男としてどうなのかという点については同意だ。これがもしも自分の話でなければ恐らく同じこと思っただろう。
「まぁでもかなり格上の相手に善戦したのは事実なんだし、次は頑張ってよ?」
「かなり格上?」
「そう。あの対戦相手、中学の時も地区ベスト四で結構強かったのよ」
「うそ!?」
そんなのが相手だったのか。もしかして秋ちゃんも知ってる人のかな?
「だから一年なのにレギュラー入りしてるの。プレースタイルも相変わらず変わってないね」
「沢井さんやたら詳しいね」
「だってアタシの元カレだもん」
「へっ!?」
まさかの事実に自分が今まさに敗北したという悔しさ丸ごと吹っ飛ばされるところだった。
「だから個人的には北浦に勝ってほしかったんだけどね。アイツ、バドは真面目にやるし人畜無害そうな雰囲気醸し出してるけど、実際は相当な女たらしなんだから」
「そうなの? でもそんなチャラい感じの人じゃなかったよ。プレー中も大人しくて愛想も良かったし」
「甘いわね。そういうやつが一番危ないのよ! ……はぁ、思い出しただけでもムカついてきた」
こりゃまた、相当ダメージのある別れ方をしたのだろう……
「なに? 沢井はアイツとラブラブチュッチュしてたの?」
お前は地獄耳か! 善信が急に飲み会のオッサン(イメージ)みたいなセリフで会話に割り込んでくる。
「は、はー!? ちゅっちゅなんてしてない!! ……一回しかしてないもん」
沢井さんは急に顔が赤くなりもじもじし始めた。パンツの
「と・に・か・く! 次戦うことがあったら絶対に倒して!!」
そういうと沢井さんは女バドの方へと戻っていった。去り際に「てか、さん付けいらないから普通に沢井でいいよ」と言っていたので、今度から呼び捨てにしてみよう。
その後も試合は続いたが、惜しくも第三シングルスを二ゲーム取られてしまい、俺たちの大会はこれにて閉幕となった。
試合内容に反省点は山ほどあれど、かなり接戦していたので手に汗握る展開の連続だった。
あぁ、これぞ青春だ。汗と涙を拭いて悔しさをバネに頑張る。なにもラブコメだけが青春ではない。今日だけはそんなスポ根的な余韻に浸りながら、少しの寂寥感を抱えて家路についた。
ちなみに話は変わるが、大会前に行われた中間テストの結果は散々だった。
いくらテスト前に部活で特別練習していたとはいえ、クラス29位という順位にもはや新入生代表というイメージは完全に打ち消されていた。
優等生的なイメージに縛られなくなるのはいいんだけど、さすがにこれは……おバカキャラは嫌だーー!!
そんな俺たちにまた新たなる青春の一ページが綴られようとしていた。
六月に入ると「合唱祭」が待っている!
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(作者からお礼とひとこと)
いつもご愛読頂きましてありがとうございます。
今回は部活編として大会の様子まで描いてみました!
これでようやく北浦君のまわりのコミュニティがある程度登場しきりました。
さて、次回は合唱祭編です!
合唱祭と言えばあのセリフですね……
それでは引き続きどうぞお楽しみください!
お気軽にご評価、レビュー、ご感想など頂ければ嬉しい限りです!
※2024/11/26に改題しました
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