第10話 僕の両親は恋をした

 マンションに戻るとファデスが起きていた。


「出かけてたのか。桜子ちゃんのところか?」


 ファデスの問いかけに僕は頷く。


「桜子とは昼間しか会えないからね」


「そうか……そういえば病院で生活してるんだったな。外出許可は昼間しか取れないか」


「まあね。特別に外泊許可も取れるみたいだけどそれは本当に特別な時だけみたい」


 桜子から聞いた話では家族と特別に過ごす時だけ実家に戻るために外泊許可を取ることもあると言っていた。

 それでも一泊二日が限度らしい。


「へえ、一応、許可があれば外泊もできるのか。まあ、入院してるって言っても治療してるわけじゃないだろうしな」


「うん。桜子の体調をみて必要があれば処置するくらいしかしないって言ってた」


 桜子の病は人間の医学では治せないのだ。

 そのことは医者よりも僕やファデスの方が理解している。

 ファデスはコーヒーを淹れて僕にもくれた。


「ありがとう」


 僕がコーヒーを手にしてソファに座るとファデスも僕の隣りに来てソファに座って気怠そうに自分の髪をかき上げた。


「ねえ、ファデス。僕の両親のこと教えてくれないかな?」


「サイファの両親?」


「うん。ファデスと母親は同じってのは聞いてるけどそれ以外って聞いたことないなって思ってね」


「突然どうしたんだ? まあ、隠すようなことでもないから別にかまわないが」


 ファデスはそう言ってコーヒーを一口飲む。


「サイファと俺の母親はナディアという名前の真祖の最後の女性だった」


「うん。それは聞いた。母さんはヴァンパイアハンターに殺されたんだよね?」


「まあな。ナディアは俺の父親の真祖のヴァンパイアであるレオンとの間に俺を産んだ。だがヴァンパイアというのは人間ほど家族というものにそれほど執着はしない」


「え? そうなの?」


 僕はちょっと驚いた。

 家族に執着しないならファデスは弟の僕をなぜ育ててくれたんだろう。


「だから俺はある程度成長したら一人で暮らしていた。その頃にはナディアもレオンとは別れて暮らしていたんだ。ところがある日ナディアが赤子のお前を連れてやってきた」


「僕を?」


「ああ。この子は俺の異父弟でファミリーキルだって言うからちょっと驚いた。ファミリーキルの恐ろしさは俺も知っていたから」


「僕の両親がどうやって出会ったかは聞いてない?」


 僕はヴァンパイアの母親と人間の父親がどうやって出会ったのかが気になった。


「う~ん。サイファの父親はハリス・アントンっていう神父だったんだ」


「神父!?」


「ああ。ヴァンパイアハンターがいない地域ではヴァンパイアに対抗できるのは神父とか牧師とかだと信じられていたからハリスは最初は村の人に頼まれてナディアを殺すつもりだったらしい」


 そんな、父が母を殺すつもりだったなんて。


「でも実際に会ってみたら二人とも一目惚れでナディアを退治したことにして二人で逃げたんだとさ」


「そうだったんだ」


「そしてお前が産まれた。だけどその時にナディアがヴァンパイアとバレてヴァンパイアハンターからナディアを逃がすためにハリスは命を落とした」


 そうか、父さんは母さんを護るために亡くなったのか。


「そしてナディアはしばらくお前を俺に預かってほしいと言ってな。まあ、俺はナディアのことが別に嫌いじゃなかったから少しぐらいはいいかなって引き受けた。兄弟ってモノにも興味あったしな」


「それで母さんはどうなったの?」


「ヴァンパイアハンターと戦って死んだ。お前を俺に預けた時点でハリスの仇を討つつもりだったかもな」


 母さんがヴァンパイアハンターに殺されたのは父さんの仇を討つために戦ったからなのか。


「俺たちは真祖だから力も強いがさすがにヴァンパイアハンターを十数人も相手にしたら無理だったんだろうな」


「え?そんな無謀なことを?」


「それだけハリスのことを愛していたんだろう。恋ってのはそれだけ恐ろしいモノなのさ」


 桜子がもしヴァンパイアになって彼女がヴァンパイアハンターに襲われたら僕も桜子を護るためにヴァンパイアハンターと戦うに違いない。

 ヴァンパイアハンターに勝てるか分からないけど僕も桜子のためなら死んでもいいかも。


 それに桜子がヴァンパイアハンターに殺されたら僕も母さんと同じ道を選択する気がする。


 うん、ファデスの言う通りに恋って恐いモノかも。

 それでも桜子を思う気持ちは変わらないけど。


「そして俺はお前を育てることになったのさ」


「僕を育てるのに迷いはなかった?」


「まあ、最初は戸惑ったけど。お前はなかなか赤子の頃から可愛くてな。俺の後を必死になって追いかけてきた。なんかそれが面白くて育てるのに不満はなかったぞ」


「そう。それなら良かった」


 僕が今生きてるのはファデスがいてくれたからだ。


「ああ、そうだ。実はなジョセフから連絡が来てな。奴は日本に来るらしいから会おうって言ってたぞ」


「本当に?」


「何でも元々次に来るのは日本と決めていたらしい。さっき電話があった」


 ジョセフとは通常は手紙のやり取りだがお互いの携帯番号は知ってるから急ぎの用事の時は電話をくれる。


「ジョセフさんに会うのは久しぶりだな。楽しみだよ」


「そうか。俺はこれから食事に行ってくるがお前は少し休むか?」


 この場合のファデスの食事は人間の血を飲むってことだ。


「うん。僕は少し休むよ」


「じゃあ、車は借りるぞ」


 僕はコーヒーを飲み終わり自分の寝室に行く。


 母さんと父さんは恋をしたんだね。

 やっぱりヴァンパイアだって人間と恋することがあるんだな。

 でもその恋で母さんたちは死んでしまったけど。


 僕の恋はうまくいくといいな。

 もし自分の想いが桜子に通じなくても桜子が幸せであるならそれでかまわない。

 できれば桜子には僕を好きになってもらいたいけど。

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