第46話「エミリーの偽物」リック視点
村の人たちのざわめきが聞こえる。
ごめん、みんなを騙してて。
こんなひどいことをした人間が、村にいたなんてショックだよね。
本当にごめん。
「お前の腹に刻まれた魔法の封じの印が何よりの証拠!
お前は罪を犯し王都を追放された大罪人だ!」
村の人たちを失望させてしまった。
みんなごめん。
僕なんかを信じてついてきたばかりに、こんなことになってしまってごめん。
罪人であることを隠していてごめん。
僕は村の人たちの顔が見れなかった。
「そうだよねぇ、エミリアちゃん?
いや、子爵令嬢のエミリー・グロス ちゃん」
領主が馬車に向かって問いかけた。。
今領主は何て言った?
エミリー・グロスと呼んだのか?
エミリーがここに来ているというのか?
あの馬車に乗ってるというのか?
「エミリーちゃんはな、お前に婚約破棄された後王都にいられなくなり家を飛び出したんだ。
領地を彷徨ってるところを、わしが保護したのだよ」
そんな、エミリーが王都にいられなくなって家出したなんて……。
しかもこんな奴にかこわれているなんて……。
僕のせいだ! 全部僕が悪い!
僕が進級パーティーで婚約破棄なんかしなければ、エミリーは道を踏み外すことはなかった!
どうしよう! グロス子爵になんて詫びればいいんだ!
「エミリーちゃん出ておいでよ!
君に恥をかかせた憎い男を捕まえたよ!
馬車から降りてきてこの生意気な男を一発殴ってやりなよ」
領主が馬車に向かって、手招きをした。
どんな顔して彼女に会えばいいんだろう?
どう謝罪すれば彼女に許してもらえるんだろう?
「領主様、エミリー様はリックの口を塞げば馬車から降りると言っています」
馬車から走ってきた衛兵が領主に耳打ちした。
「そうかそうか、口喧嘩ではこの小賢しい男に負けそうだから怖いんだね。
また暴言吐かれたらたまらないもんね。
おい、誰かこの男に猿轡をしろ!」
「やめろ……!」
抵抗虚しく、僕は衛兵の一人に猿轡をされてしまった。
「領主様、リックに猿轡をしました!」
「そうかよくやった!
エミリーちゃん、憎い男には猿轡をしたよ、男の手は後ろで縛ったし、この男は何の抵抗もできないよ〜〜!
怖くないよ〜〜!
降りておいで〜〜!」
領主が馬車に向かって甘い声で呼びかけた。
「ありがとうございます領主様。
これで馬車から安心して降りることはできますわ」
馬車から聞こえてきた女の声に、僕は聞き覚えがあった。
まさか……! あの人がここに……?
「わたくしを破滅させた憎い男に、いつか復讐したいと思っておりましたの」
朝から真っ赤なドレスとハイヒールをまとった派手な女が降りてきた。
彼女の髪は真紅で、瞳はルビーのように真っ赤だった。
彼女はエミリー・グロスじゃない……!
兄上の元婚約者だったデルミーラ・アブトだ!
なんでデルミーラ様がこんなところにいるんだ?
どうしてエミリーの名前を騙ってるんだ?
言いたいことはたくさんあるのに、猿轡されているので声を出すことができない!
僕の目の前に立ったデルミーラ様は……いや、いい加減他人の名前を騙るような悪人に様をつけるのをやめよう。
僕の前の前に立ったデルミーラは、虫けらを見るような目で僕を見下ろしていた。
「お久しぶりね、リック・ザロモン様。
今は追放されたから、ただのリック様だったわね。
相変わらず綺麗なお顔していること」
デルミーラは僕に顔を近づけ、僕の顔じろじろと見てきた。
「領主様から村民に知恵を与えるものがいると聞いて、その男の特徴を伺った時、すぐにあなただとピンと来たわ 。
金色の髪に、緑色の目、女のような顔をした美しい男で、二年前にどこからか流れてきた。
人前で決して肌をさらさないから、女ではないかと噂されている。
薬草や魔術に関する深い知識がある。
全てあなたの特徴に一致しているわ。
特徴を聞いてあなただろうと推測していたところに、領主様の部下が描いた似顔絵を見せてもらって、あなただと確信したわ」
デルミーラがおもむろに僕の髪の毛を掴み引っ張った。
「ぐっ…………!」
痛みから漏れた僕の声は猿轡に吸収された。
「あなたが王都で問題を起こしたせいで、いろんな人が迷惑をしたの!
わたくしもその中の一人よ!
あなたがあんな騒動を起こさなければ、わたくしは今も王都にいて、最近流行のファッションに身を包み、上流階級の方々の参加するパーティーに出て、たくさんの使用人にかしずかれ、楽しくおかしく暮らしていたのよ!」
確かに彼女が兄と婚約を破棄した原因の一つに、僕の起こし騒動があるのかもしれない。
その点は申し訳なく思っている。
だけど彼女は、兄と婚約中に仮面舞踏会に参加し浮気をしていた。
彼女がザロモン侯爵家から慰謝料を請求されているのも、そのせいで実家から勘当されたのも、修道院に入れられたのも、全部彼女の身から出た錆びだ。僕のせいではない。
たとえそれらのことが全部僕のせいだったとしても、修道院から逃げ出したことやら、領主を手玉に取り、己が贅沢をするために民から税金を巻き上げていい理由にはならない。
それに彼女は、貴族令嬢のエミリー・グロスの名前を騙っている。これは大罪だ!
彼女に言いたいことはたくさんあるのに、何も言えないのがもどかしい!
「私がこんなに苦しんでいるというのに、あなたは村人に尊敬され、村人と家族ごっこをしているわけ?
そんなことは許されないのよ!
あなたに幸せになる権利なんてないの!
あなたは地べたを這いずり回って、一生人に見下されながら生きていくべきなのよ!」
デルミーラに言われたことは胸に突き刺さる。
確かに僕は楽しく暮らして、人生を満喫していい人間ではないのかもしれない。
でも僕にできることがあるなら、僕の知識で誰かを助けることができるなら、僕は生きてる限りこの知識を誰かのために使いたい!
いじけてメソメソと泣いて、自分の人生から逃げたくない!
僕はデルミーラをキッと睨み返した。
反論することが許されないなら、せめて彼女を睨むぐらいしてやりたい。
それが彼女の癪に障ったらしい。
「領主様、この男全然懲りてないみたい。
わたくしこの男が許せないわ。
こういう男には村人の前で痛い目を見せた方がいいと思うの。
そうすれば村人たちも、領主様に歯向かおうなんて気を二度と起こさないわ」
デルミーラは僕の髪から手を離し、猫なで声を上げ領主にすりよった。
「さすがわしのエミリーちゃん、賢いなぁ。
分かった分かった、君の言う通りにしよう」
領主は完全にデルミーラに骨抜きされているようだ。
「おい、誰か鞭を持ってこい!
この虫けらを、わし自ら鞭打ちの刑に処してやる!」
領主が冷たい目で俺を睨む。
ムチ打ちの刑か……、皮膚が破れ、下手をすると骨が砕けるかもしれない。
体が動かなくなっても、頭だけ無事なら村の人に知識を伝えることができる。
村の人たちが罪人である僕を、受け入れてくれたらの話だけど。
「おい! 鞭打ちはやりすぎじゃないのか!!」
「そうだよ! リック先生を離してよ!」
「リック先生がお前らに何したってんだよ! バカやろう!」
声を上げたのはグランツさんと、シャイン、リヒトだった。
ダメだ!
領主に逆らってはいけない!
みんなひどい目に遭わされてしまう!
「そうだ! リック先生は俺たちに学問を教えてくれたんだ!」
「空腹で毒草を食べたてお腹を壊した時、助けてくれたのはリック先生です!」
「リック先生がいなかったら、とっくに俺たちは死んでたんだ!」
「リック先生を鞭で打つなら、俺たちを鞭で打て!」
「そうだそうだ! リック先生はこの村に……いやこの領地に必要な人間なんだ!」
村の人たちが次々に声を上げてくれた。
皆の気持ちは嬉しい……!
だけどだめだそんなこと言ったら……!
みんなまでひどい目に遭わされてしまう!
「やかましい村人どもだ!
そんなに鞭が欲しいならくれてやる!
順番にな!」
「やめろ!」と叫んだ僕の声は、猿轡に吸収されモゴモゴという音に変換された。
悔しい!
みんながひどい目に遭わされようとしているのに、僕は何もできないのか!
見てることしかできないのか!
「まずは小賢しいお前からだ! リック!」
領主が鞭を振り上げた……僕は目をつむり衝撃に備え体をこわばらせた。
だけど……いつまでたっても痛みは襲ってこなかった。
「おやめください!
この方はすでに罰を受けています!」
凛とした女性の声が響く。
「私の大事な子に手を触れるな……!」
今度は勇敢そうな若者の声が響いた。
僕が恐る恐る目を開けると……そこには懐かしい顔があった。
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