「モラハラ男と別れたら、才能が開花しました〜今度は誠実な人と恋愛します」

まほりろ

第32話「妹では嫌なんです!」



エミリー視点



「フォンジー様?」


「エミリー嬢?」


家令さんの提案で、フォンジー様には植物園でお菓子を提供することになりました。


フォンジー様に会うのは気まずいので、お菓子のセッティングだけして帰ろうと思っていたのですが……。


お茶とお菓子のセッティングが終わった時、人が入ってきた気配がして振り返ると、そこにフォンジー様がいました。


あんなことがあった後なので、彼と顔を見て話すのは照れくさいです。


「私は家令さんに、こちらでフォンジー様にお菓子を提供するように言われて……」


「私も家令に今日はここでティータイムを取るように言われたんだ」


さっきまでそこにいたはずの、メイドさんの姿が見えません。


家令さんに図られたみたいです。


「…………」

「…………」


まさか植物園で、フォンジー様と二人きりになるとは思いませんでした。


沈黙が気まずいです。


「農園で頂いてきた苺を使って、お菓子とサラダを作ったんです。

 召し上がっていただけますか?」


とりあえずお菓子とお茶を提供して、気を紛らわせましょう。


「ありがとう。いただくよ」


ケーキスタンドに並べられたお菓子の中から、いくつかを選んでフォンジー様の前に置きました。


「すごいね。

 こんなにたくさんの種類のお菓子を 君一人で作ったの?」


「こちらのキッチンの勝手がわからないので、メイドさんにも手伝っていただきました」


「それでもすごいよ」


フォンジー様に褒めていただけると胸がぽかぽかします。


「苺とビターチョコを入れたストロベリーショコラマフィン。

 細かく刻んだイチゴを練り込んだ苺クッキー。

 サクサクのタルトとカスタードクリームを使った苺タルト。

 ナッツとドレッシングを使った、苺とサニーレタスのサラダです」


甘いものだけでは飽きてしまうので、口直しにサラダのようなしょっぱいものも作りました。


「どれも美味しそうだね」


「お茶は苺のお菓子と相性のいいアールグレイにしました」


「ありがとう。ベルガモットの香りが爽やかだ」


紅茶のセレクトは成功したようです。


「どれもすごく美味しいよ」


フォンジー様は、全種類一口ずつ食べてそうおっしゃってくださいました。


「そう言っていただけると作った甲斐があります」


最初に作ったショコラマフィンは焦がしてしまいましたが、次のお菓子からは焦がさずにちゃんと作ることができました。


「一人で食べるのはもったいないな。

 よかったらエミリー嬢も一緒に座って食べない?」


「え? 私もですか?」


お茶とお菓子を提供したら帰ろうと思ってました。


でもメイドさんもいませんし、当主であるフォンジー様をお一人にして帰るわけにはいきません。


「では、お言葉に覚えて」


私は自分で自分の分をお茶を入れて、席に着きました。


「こうしてエミリー嬢とお茶をするのは、隣国でのカフェ以来だね」


「そうですね」


あの時もフォンジー様をおもてなしするために、私が作ったお菓子を提供しました。


「あの時のお菓子も美味しかったけど、今日食べたお菓子もとっても美味しいよ」


「ありがとうございます。

 レシピをメイドさんや領民と方々に公開して、この地域の名産品にできたらなと思っています」


「すごく美味しいし、見た目も美しいからきっと売れるよ 。

 ありがとう当家のためにここまでしてくれて」


「そんな私がしたいことを、勝手にしてるだけですから。

 こちらこそありがとうございます。

 麦畑やリンゴのお花が見れて、苺狩りも出来て、とても楽しかったです」


「楽しんでもらえて嬉しいよ」


フォンジー様とは何事もなかったかのように、気さくに話しかけてください(?)。


私もキスのことを思い出さないようにしなくてはいけません。


そうですキスのことなんて、考えないようにしなくては。


キスのことは、頭から追い払わなくては。


キスのことなんて、キスのことなんて、キスのことなんて……!


ダメです!


忘れようとすればするほど意識してしまいます!


その時、フォンジー様の唇がティーカップに触れました。


私の唇はあの唇と一瞬だけですが触れ合っていた……。


ダメです! 意識したらフォンジー様と同じ空間にいれません!


「あの、私……用事を思い出したのでこれで失礼します!」


「エミリー嬢……?」


走って扉に向かい、勢いよくドアを開けるとそこには…………土砂降りの雨が私の行く手を阻むように待ち受けていました。


「にわか雨だね。

 この地方ではこの時期に多いんだ。

 傘もないし、ここは本邸から離れているし、雨が止むまでここで待っていた方がいいと思うよ」


フォンジー様が、私の後を追ってきてくれたようです。


「そうした方がいいみたいですね」


フォンジー様と二人きりでいるのは気まずいのに、私は天気にまで嫌われてしまったようです。




◇◇◇◇◇




「あそこに生えてるのはミントですね?

 こっちにはローズマリーもあります!」


フォンジー様と二人でテーブルに着いて話すのが気まずかったので、私は植物園を見て回ることにしました。


「エミリー嬢は植物にも詳しいんだね」


「はい、お菓子に使えるものについては一通り調べました」


どちらかというと植物には私よりリック様の方が詳しかったと思います。


彼は薬草の博士か、お医者様になれるんじゃないかってぐらい博識でしたから。


もしかしたら侯爵家に植物園があるのは、リック様が希望したからかもしれません。


「ミントはチョコレートとの相性がいいんですよ。

 ケーキの上に乗せる飾りにもなりますし。

 ローズマリーはアイスクリームや焼き菓子にいれると良い香りがします」


タイムの葉もありました。


タイムはレモンとの相性がいいんですよね。


レモンパイを作りたくなりました。 


「お菓子の話をする時、君は本当に楽しそうな顔するんだね」


「そうでしょうか?」


自分ではよく分かりません。


フォンジー様の前でだらしない顔をしていたら嫌です。


気を引き締めなくては。


「くしゅん」


気を引き締めようと思ったのにくしゃみが出てしまいました。


人前でくしゃみをするなんてはしたない。


「少し冷えてきたね。

 これを着て」


フォンジー様は自分の着ていた上着を脱いで、私にかけてくださいました。


「そんな悪いです。

 それにこれではフォンジー様が風邪をひいてしまいます」


「私は大丈夫だから、気にしないで」


上着からフォンジー様の匂いがします。


彼の匂いを嗅いだら、馬車の中でフォンジー様に抱きしめられた時のことを思い出してしまいました。


心臓はドキドキと音を立てています。


薬草のことを考えて気を紛らわせようとしましたけど……無理です。


きっとこの感情に名前をつけるなら……。


「エミリー嬢、顔が赤いね。

 もしかして疲れた?」


「いえ、そんなことは……」


「昨日、当家に来たばかりなのに、今日もあちこち歩かせて、無理をさせたからね。

 あっちにベンチがあるから少し休もう」


「はい」


私はたちは、一つのベンチの端と端に座りました。


「……………」

「……………」


何度目でしょう。何度経験しても沈黙は気まずいです。


「馬車の中ではごめん。

 君のその唇に私の……唇が……」


「私の方こそすみません。

 それにあれは、事故ですから……!」


今この話題に触れたくありませんでした。


事故です、事故!


そうでなければフォンジー様の唇と、私の唇の触れ合うようなこと、絶対起きるわけないです!


自分で言っていて、なんだか悲しくなってきました。


「本当にすまなかった。

 もしかしてエミリー嬢はあれが……初めて、だった?」


私の顔に急速に熱が集まってきました。


返事はできませんでしたが、そうだと言っているのも当然でした。


そうなんですよね。


私にとって、あれがファーストキス だったんですよね。


「本当にごめん!

 この場で土下座して詫びたい!」


「やめてくださいフォンジー様!

 服が汚れてしまいますから……」


私は土下座しそうな勢いのフォンジー様をなだめ、イスに座らせました。


「本当にすまなかった。

 どう責任とればいいのか……」


「そんな責任だなんて……」


キスの責任? 恋人? 婚約? 結婚?


いえそれは話が飛躍しすぎです。


「君は嫌だったろ?

 私なんかが初めての相手で……」


「私は別に……嫌、という気持ちは……むしろフォンジー様で良かったといいますか……」


何を言ってるんでしょう、私!?


妹みたいに思ってる子に、こんなこと言われたら、フォンジー様も迷惑ですよね? 引きますよね?


フォンジー様の顔を見ると、耳まで真っ赤になっていました。


「そうか、君は……私との口、付けが嫌……ではないんだ」


そんな顔をされると、こっちまで照れてしまいます。


「フォンジー様にはご迷惑でしたよね! 私などとその……キスするなんて」


最後の方は小さい声になってしまいました。


「私もその嫌では、むしろその……嬉し、かった」


ええと? 今のは聞き違いではありませんよね?


フォンジー様も私とキスするの嫌じゃなかったんですね?


「君に取って私は、兄のような存在だと思ってた」


「最初はそう思ってました。

 でも今そんな風に思っていません」


今は一人の男性としてフォンジー様を意識しています。


「フォンジー様にとっても、私は妹のような存在だったのでは……?」


「ずっとそう思うようにしてきた。

 でも君は会う度に魅力的になっていて、気持ちを抑えようとしたけど……無理だった」


えっとそれはつまりフォンジー様にとって私は……?


「君は大恩あるグロス子爵家の娘で 、弟の元婚約者で、絶対に好きになってはいけない存在で、守るべき対象で、女性として意識しないように、好きにならないように、そう誓ってきた……だけど、それももうそんな風に思うのは無理だ」


フォンジー様の手が私の頬に触れました。


うつむいていた私の顔は、フォンジー様によって上を向かされました。


フォンジー様の灰色の目が、まっすぐに私を見つめています。


フォンジー様の瞳に映る私は、どんな顔をしているのでしょうか?


「好きだ。

 エミリー嬢。

 隣国で再会した時からずっと、君に恋してた」


こんなことってあるんでしょう?


好きな人が自分を好きになってくれるなんてそんな都合のいいこと。


まるで夢でも見てるみたいです。


夢ならいつまでも覚めないでほしいです。


「私、私も……フォンジー様のことを

……お慕いしています」


やっとお伝えしてきました。


一生胸に秘めてなくてはいけないと思っていた感情を、伝えることができました。


「エミリー嬢……」


「フォンジー様……」


フォンジー様のお顔が近づいてきます。


キスされてしまうんでしょうか?


目を閉じた方がいいでしょうか?


私が瞳を閉じた直後、フォンジー様の唇が私の唇に触れました。




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「モラハラ男と別れたら、才能が開花しました〜今度は誠実な人と恋愛します」 まほりろ @tukumosawa

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