第11話「侯爵家次男リック・ザロモン」リック視点



――リック・ザロモン視点――



僕はザロモン侯爵家の次男として生まれた。


母親から美しい容姿とプラチナブランドの髪とエメラルドグリーンの瞳を受け継ぎ、魔術師団長である父親譲りの魔力量を持ち、祖父に似て頭が良かった。


家族の良いところを全て受け継いで生まれてきた。


三つ年上の兄がいたが、彼は家族の悪いところを集めたような人だった。


兄は顔は平凡、魔力量は少なく、頭も普通だった。


だから母と父と祖父の愛情は次男の僕に注がれた。


優秀な家庭教師をつけて貰ったおかげもあって、僕は七才になる頃には大人が読む魔導書を読めるようになっていた。


父は魔術師団長をしていた。そのつてで知り合った第二王子のアルド殿下と、騎士団長の息子でリンデマン伯爵家の次男のべナットとは、同い年というのもあってすぐに友人になった。


僕の容姿がいいから、メイドもちやほやしてくれた。


僕は容姿、才能、学力、家柄、友人、全てが完璧だった。


そういうのが重なって、僕はプライドが高く、気難しく、わがままな人間に育っていったんだと思う。


僕が七歳のとき、兄のフォンジーが婚約した。


兄の婚約者はデルミーラ・アプト伯爵令嬢だった。


彼女は赤い髪と瞳の美少女だった。


兄は跡継ぎ教育が忙しいし、友達のアルド殿下は女の子の話ばかり、べナットは筋肉自慢ばかり。


家の中で唯一魔術の話が分かる父は仕事が忙しい。


だからこの頃の僕は、兄の婚約者のデルミーラと過ごす時間が多かった。


デルミーラはファッションの話が多かったが、アルドやべナットの話を聞くよりは楽しかった。






それは教会での礼拝の後起こった。


その日、祖父と父と兄は用事があって教会に来られなくて、母は神父様のお説教の後、夫人達と長話をしていた。


お母様たちの話は長いから、この分だと当分馬車に乗れそうにない。


退屈だった僕は、教会の中を一人で探検することにした。


中庭に出たとき、数人の男の子に囲まれた。


全員下位貴族の子だった。


彼らは集団で僕を取り囲み、僕から魔導書を取り上げてからかってきた。


「お前の兄貴は『下位貴族にも平等に接するように』って言ってるけど、弟のお前はどうなんだ?」

「下位貴族も平等って言ってるんだから、侯爵令息の身分を傘に着て『本を返せ!』とか言ったりしないよな?

「もちろん、俺たちのこと親に言いつけたりしないよな?」

「下位貴族も平等に扱うって言うのが、お前たち兄貴の思想だろ?」


彼らは品行方正な兄の態度や思想が気に入らないようだった。


僕を取り囲んでいる男の子たちは、全員僕より背が高かった。


この頃の僕は体が小さかったし、力もなかったので魔導書を取り返せなかった。


炎の魔法を使えば奴らを懲らしめることはできる。


だけどそうすると魔導書も一緒に燃えてしまう。それは困る。


下位貴族にからかわれ頭に来ていた時、助けてくれたのがデルミーラだった。


彼女は僕の魔導書を奪うと、僕を取り込んでいた下位貴族の頭を、魔導書で叩いて歩いた。


彼女の動きは、洗礼されていて隙がなく、下位貴族令息たちは微動だにできなかったようだ。


「あなた達の頭はハリボテかしら?

 下位貴族も平等に扱う?

 そんなのは建前に決まっているでしょう!

 何ならあなた達のしたことを、わたくしのお父様とリックのお父様に伝えて、あなた達の家を一件残らず潰して差し上げてもいいのよ?

 そうなったら、あなた達はひとり残らず平民ね。

 ネズミや野良犬と一緒に路上で寝ることになるのよ。

 そうなりたくなければ、今すぐリックに謝ってこの場を去りなさい!」 


デルミーラが毅然とした態度でそう言うと、彼らは「ごめんなさい!」「許してください!」と叫びながら、真っ青な顔で逃げていった。


このときのデルミーラはとてもカッコ良かった。本物のヒーローだと思った。


「いいことリック、愚かな下位貴族の子息にはああやって接するの。

 彼らを調子に乗らせてはだめよ」


そう言ってデルミーラは、僕に魔導書を手渡してくれた。


僕はその日からデルミーラを「義姉上」と呼び、人生の師匠と仰ぐことにした。


それからは僕は下位貴族に舐められることなくなり、平和な日々が過ぎた。




◇◇◇◇◇








僕が十歳のとき、僕にも婚約者ができた。


僕の婚約者に決まったのは、クロス子爵家の令嬢で同い年のエミリー。


婚約者が下位貴族の令嬢で、しかも僕が婿養子に入ることになるとは。


教会の一件以来、下位貴族には良い思い出はない。だからエミリーに会うのは憂鬱だった。


嫌な子だったらどうしよう?


エミリーに会うまでとても憂鬱だったけど、彼女に会ったらそんな気持ちはどこかに行ってしまった。


エミリーは栗色の髪と琥珀色の瞳の、おしとやかそうな女の子だった。


エミリーは僕と兄に手作りのクッキーとマフィンと刺繍入りのハンカチをくれた。


エミリーの手作りのお菓子はとっても美味しかったし、ハンカチの刺繍はとっても綺麗だ。


それに彼女の笑顔はとってもチャーミングだった。


この子は下位貴族でも、良い下位貴族なのかもしれない。


下位貴族の娘だけど、エミリーとは仲良くしてあげてもいいかな。


エミリーと婚約して初めて迎えた僕の誕生日。


エミリーは父親の子爵に頼んで、珍しい魔導書を手に入れてくれた。


エミリーも、エミリーのお父さんも良い下位貴族だった。


エミリーとはこれからも仲良くしよう。


そう思っていたんだけど……。


「義姉上!

 エミリーから誕生日プレゼントに珍しい魔導書を貰いました!

 かなり前に絶版になってなかなか手に入らないものなのですよ!

 エミリーが子爵に頼んで遠い異国の地から取り寄せてくれたのです!」


誕生日の翌日、侯爵家を訪れた義姉上にそう報告すると、義姉上は魔導書を見て顔をしかめた。


「リック、知っているかしら?

 エミリーはあなたのことをこう言っていたのよ。

『貧乏貴族の令息を手懐けるのは、犬を手懐けるより簡単だ。骨の代わりに物をやればしっぽをふって飛びついてくる。奴らはそこらの野良犬より卑しい』ってね。

 きっとその魔導書もリックの心を得るための道具なのね。

 純粋なリックの心をもて遊ぶなんて酷い女だわ」


義姉上の話を聞いて、僕は手に持っていた魔導書を床に落としていた。


「あの女、心の底では僕を馬鹿にしていたのか!

 許せない!!」


僕は床に落ちた魔導書を思い切り踏んづけた。


貴重な魔導書だったけど、あの女からもらったものだと思ったら、もう読みたくなかった!


やっぱりエミリーは悪い下位貴族だったんだ!


ニコニコ笑って僕に近づいてきて裏では舌を出していたなんて、小さい頃教会の中庭で僕をいじめた下位貴族よりずっと質が悪い!


それから僕はエミリーが侯爵家に訪ねてきても居留守を使い、子爵家のお茶会に招待されてもすっぽかすようになった。


兄上には「エミリーと仲良くしなさい。彼女は将来お前の伴侶になるんだから」と言われたけど、エミリーが僕と仲良くするつもりはないからどうしようもない。


エミリーは最初僕の前で猫を被っていたけど、最近は本性をあらわすようになってきた。


エミリーから貰ったクッキーは生焼けだし、僕が彼女にあげたプレゼントは壊すし、兄上に言われて仕方なく参加したお茶会には遅れてくるし、父や祖父の前ではへんてこなお辞儀を披露して僕に恥をかかせるし……。


エミリーはずっと僕に対して酷い態度ばかり取ってる。


そんな子とは仲良くできない。


どうせ僕のあげたプレゼントは、壊すか捨てるかしてしまうんだ。


エミリーにプレゼントを買うぐらいなら、魔導書でも買った方がずっといい。


学園に入学するまでは、兄上にエミリーのプレゼントを買うようにしつこく言われていた。


兄上に無理やり馬車に乗せられて、子爵家のお茶会に連れて行かれたこともある。


だから仕方なくエミリーのために、お金と時間を使っていた。


しかし僕が学園に入学する前の年ザロモン侯爵家の領地で水害が起きて、兄上は学園を卒業すると同時に領地に行ってしまった。


口うるさく言ってくる兄上はもういない。


だけど同時に義姉上も家に来なくなってしまった。


義姉上は兄上の婚約者だ。だから兄上がいなくなったら、当然侯爵家に来る用事もなくなる。


義姉上は人生の師匠だと思っていた。学園に入学したらクラスメイトにどういう風に接するのがいいか聞こうと思っていた。


口うるさいと思っていた兄上もいなくなると寂しい。


今まで僕を指導してくれた二人が同時にいなくなってしまって、僕はどうしていいのか分からなくなってしまった。



◇◇◇◇◇






学園に入学したけど、気の合う友人がいなくて僕は孤立していた。


幼い頃からの友人であるアルド殿下とべナットとはクラスが離れてしまった。


彼らが食事に誘ってくれるから、ランチタイムだけは寂しい思いをしなくて済んだ。


アルド殿下は相変わらず女の子の話しかしないし、べナットは筋肉の話しかしないけど。


二人は僕が魔術の話をすると、面倒くさそうな顔をして話を逸らす。


僕は二人の話を聞いてあげるのに、二人は僕の話を聞いてくれない。


アルド殿下は王族だから取り巻きが多いし、べナットは騎士志望の学生とよくつるんでいる。


僕はクラスメイトともうまくいかず、お昼以外は一人でいることが多くなった。


一人でいても侯爵家の次男で、魔術師団長の息子で、第二王子と騎士団長の息子の友人で、成績優秀な僕に絡んでくるアホな下位貴族はいなかった。


幼い頃、教会で僕に絡んできた下位貴族の子息は、下位貴族の中でも飛び抜けてアホだったのだろう。


幼かったから無知だったことを差し引いても、上位貴族に楯突くのは愚かな行為だ。


そうだ、周りと合わないのは周りの人間が愚かだからだ。


そう思うと、人間関係のストレスから開放され自由になれた気がした。





◇◇◇◇◇◇◇


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