第38話 誘い

 音野先輩を懲らしめるための作戦がある程度決まり、作戦を少し進めたところで今日は解散することに。


 改めてまとめると、進藤さんや玉島先輩は音野先輩についての調査、俺と岩田先輩は音野先輩にまず会ってみる事になった。


「岩田先輩、音野先輩から連絡は返ってきました?」

「お、タイミングよく今返ってきた。なになに……」


 俺と岩田先輩は電車通学かつ帰る方向も一緒だったので、駅で電車を待ちながら今後の流れや計画について少し話していた。

 

 先ほど学校を出る前に、岩田先輩から音野先輩宛にメッセージを送った。俺が主に指示を出し、岩田先輩が実際にメッセージを入力して送る、といった流れだ。


 まずは玉島先輩の名前を出しつつ、音野先輩を普通に誘ってみたのだが……。



『お久しぶりです。涼香から音野先輩が帰省しているので会いに行くと聞き、俺も会いたいなと思ってご連絡させていただきました』

『固い固い(笑)。それに岩田は俺とそこまで仲良くなかっただろ』



 俺と岩田先輩は、返ってきた音野先輩のメッセージを見て無言で頷き合う。ここまでは予想通りの展開だ。


 俺たちはまず、玉島先輩から話を何となく聞いたテイで音野先輩にメッセージを送った。玉島先輩と音野先輩の関係については知らないフリをし、音野先輩の出方次第で臨機応変に立ち回りは変えていこうと思っている。


 そして音野先輩から返ってきたメッセージだが……まずは岩田先輩からのメッセージに驚く反応だろうと俺たちも予想していた。


 玉島先輩の事もあるし、音野先輩も警戒感が高まっている事だろうか。


「このまま予定通りでいいか?」

「いいですよ。岩田先輩についてはまだ疑心暗鬼でしょうし、このままいきましょう」

 


 音野先輩は色々と警戒していると思うが、完全に岩田先輩が玉島先輩側だとは断定できないはず。話の流れもそこまで不自然ではないし、人間の脳は全て断定的に決まるように作られていない。


 音野先輩は音野先輩で、こちら側の狙いが何なのかを探ってくるとは思うし……とりあえずは話を進めてくるだろうな。



『新しく生徒会に入りたいと言っている後輩がいましてね。前に音野先輩の話をした事があったんですが、かなり気になっている様子だったんですよ。親睦会? みたいなのをやろうと思っているので、音野先輩が帰省しているならいいタイミングだと』


『なるほど。ちなみにだけど、その後輩のSNSのアカウントとか教えてもらっていい?』


『いいですよ。これです』



 そしてそのメッセージの後に、岩田先輩は俺と進藤さんのSNSのアカウントのリンクを貼り付けて音野先輩に送った。


 ここもリスクを考え、このSNSのアカウントは本垢ではなく、適当に作成した捨て垢にしてある。


 それに適当に作成したとは言ったものの、ここでも一つ仕掛けがある。



『この男はどうでもいいとして、この女の子の方は何か可愛い雰囲気でいいね。二年生?』

『そうですね。その感じだと、音野先輩も今は彼女いない感じですか(笑)?』

『岩田も言うようになったねぇ。まぁ俺にも色々とあるんだよ。大学生になると楽しいぞ?』



 SNSのアカウントを用意していた事が功を奏し、音野先輩が一気に食いついてくる。


 たださぁ……どうでもいいって流石に何だよ! 俺を不要なゴミ扱いするんじゃねぇ!


 まぁ俺のアカウントの方はともかく、進藤さんの方のアカウントは……音野先輩が気になるように少し工夫したからね。


 顔や名前などの個人情報を隠して雰囲気だけを投稿する事で、音野先輩が余計に気になるようにさせていただきやした。ほんと、同性の気持ちは分かりやすくて助かりますわ。ごっつぁんです。


 この感じを見ると、音野先輩はやっぱり遊び人っぽいね。ラブコメの世界とは無縁な……ただのクソ野郎だ。



 そろそろよぉ、モテてない人も労わってくれてもいいんじゃねぇのかぁ!?

 俺は人生の難しさにぶち当たって逃げているけどよぉ……そういう人にも優しくしてくれぇい。



 そして……音野先輩との会話は更に続いていく。



『それでどうです? 連休もある事ですし、音野先輩も来たりしませんか?』

『うーん。じゃあさ、俺の友達も連れてっていい? 大学の友達もこっちに遊びに来ててさ。先輩が多い事は後輩としても話が聞けるし、良い事だろ?』



 ——そう来るか。


 音野先輩の友達はおそらく……音野先輩と同じような人だと思う。ちゃらけている感じというか、それこそ遊び人みたいな感じじゃないかな。


 なるほどねぇ。俺たちが誘ってきたことに対して、音野先輩も仲間で固めてきた、ってわけだ。


 ただこれも予想の範囲内。音野先輩が話に乗ってきた機会を逃すまいと、こちらも話を進めていく。



『いいですよ。会場はとある後輩の家が広いらしいので、後輩の家で行う予定です。日時や場所の詳細はまた後で詳しく話しましょう』

『了解。それでそっちは何人ぐらいなんだ?』

『音野先輩の友達が来るなら、こっちも友達とか少し呼びたいです。多くなりそうですけどいいですよね?』

『まぁいいよ。あともう一つ質問があるんだけど、涼香は来るのか?』



 ついに、音野先輩が玉島先輩について聞いてくる。


 ここで素直に『来る』と言えば、音野先輩は恐らく来ない。

 音野先輩が『悪い事をしてしまったので謝りたい』みたいな事を言う可能性もあるにはあるが、この様子だとその可能性は限りなくゼロに近いだろう。



「引っ掛かったな。ここは水城の言っていた通り、涼香は来ないと言っておいたらいいんだよな?」


 隣に座っている岩田先輩が、嬉しそうに俺に話しかけてくる。音野先輩が俺らの策略にハマったことを、岩田先輩も確信したのだろう。


 確かにここまでの流れを考えると、作戦は順調に進んでいると思う。


 しかし、音野先輩は頭が良い人物だ。

 

 常に逃げ道は用意しているだろうし、人脈もある。生徒会長だったことを考えても、人を動かす能力には長けていそうだ。


 だからこそ、こちら側としても音野先輩が想像していないような事を考えなければならない。進藤さんの力を使う、とかね。



 ——俺は音野先輩の事を改めて考える。



 進藤さん達は音野先輩と関係がある人を探っているわけだし、どこからかそれが音野先輩と繋がる可能性もあるだろう。

 そんな事があれば、自ずと俺たちも怪しまれるに違いない。


 それに玉島先輩が『来ない』と言っても、音野先輩の警戒心は消えない可能性もある。


 警戒心が少し薄くなるような事はあるかもしれないが、岩田先輩と玉島先輩の親密な関係は知っているわけだし……。


 音野先輩の力に負けてしまうような事があれば。玉島先輩はこの出来事を一生引きずってしまうかもしれない。


「岩田先輩。ここは来ないと送るのではなく、にしましょう」

「それはいいが……何か理由があるのか?」

「ライン切りです。俺たちだけのグループだと、音野先輩に思わせるんですよ。これなら来ないと言うよりも、幾分効果があると思います。それに進藤さんについては詳しく知らないでしょうし、そこから繋がりがバレる事はないと思いますから」


 改めて色々と考え直した俺は、岩田先輩に自分の考えた事を話し出す。


 ライン切りは、頭脳戦などでよく使われる手法の一つ。


 人狼ゲームなんかでは、このライン切りという手法がよく使われていた。同じ陣営の仲間を疑うような素振りを見せる事で、この人とは繋がっていない事をアピールする戦術の事だ。


 俺たちと音野先輩の対立ではなく、あくまても玉島先輩と音野先輩の対立構造のままで、俺たちは何も知らないような立場を取る。


 こうする事で音野先輩の中では俺と岩田先輩という第三のグループができ、警戒もされにくくなるというわけだ。

 

 音野先輩も玉島先輩がこれからどう動くかは考えている事だろうし、多少なりとも玉島先輩の動きは怖いと感じているはず。


 そこで何も知らないテイの俺たちが音野先輩と親交を深め、俺たちが最後に音野先輩を裏切るような形を取れば……おそらく勝てる。


 それに加えて、進藤さんは調査役と生徒会に入りたいと思っている後輩、という二役をやってもらい、進藤さんのお父さんである孝蔵さんの力も借りる。


 琉生たちも俺たちのサポート役、って感じで色々と手伝ってもらうわけだし……これなら音野先輩にも対抗できるのではないだろうか?



「あとは音野先輩と会う約束も取り付けちゃいましょう。岩田先輩はいいとして……俺は岩田先輩の手伝いをしながら、生徒会に入りたいと思っている後輩役で。親睦会を開催すると先に伝えたので、俺が手伝い役として一緒にいても違和感はないと思います」


「確かに親睦会の手伝いをしているとなると、そんなに違和感はないな。音野先輩の事を気になっている事としたのも、今となっては大きいな」


「ですね。まぁ音野先輩を尊敬しているみたいな立ち位置じゃないと、音野先輩の中には入りこめないですから。岩田先輩が俺を手伝いに誘ったような感じにすれば、音野先輩と直接会っても大丈夫でしょう」


 岩田先輩ならともかく、俺にはそんなに意識も向けていないだろうしな。

 どうでもいい不要物で悪かったね!!



 俺の考えを一通り聞いて納得した岩田先輩はスマホを素早く操作し、作戦通りのメッセージを音野先輩に送る。


『涼香にも声をかけたんですけど、何か体調を崩しているみたいで、連絡もあんまり帰ってこないんですよね。涼香もいた方がよかったですか?』


『いや、大丈夫。また俺の方から色々と連絡しておくよ』


『分かりました。あと親睦会の準備とかもあるので、一度会って話しませんか? 準備するのは俺と先ほど紹介した後輩の二年の男子が中心なんですけど、日程や場所とかも直接話した方が分かりやすいと思いますし、顔合わせみたいな感じでいいかなと』

 

『分かった。明日の昼とかでどうだ?』


『いいですよ。場所は良さそうな所を調べて、すぐに詳細の方を送らせていただきます』


『了解』



 こうして無事、俺と岩田先輩は音野先輩と直接会う約束を取り付ける事ができた。



 徐々にではあるが、音野先輩を懲らしめるための作戦は着々と進んでいる——





 

 

 

 



 


 

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