第12話 緊急招集

 彩夏ちゃんの学校見学が無事に終わった日の夜、夜型人間の俺はゆっくりと自宅で自分の時間を過ごしていた。

 明日は入学式なわけだが、在校生の俺たちは休みになるという神行事でもある。今日は深夜までアニメを見る事ができそうだ。


 そんな事を思いながら適当にネットサーフィンをしていると、スマホがブルブルと振動する。

 通知を確認すると、メッセージアプリで俺たちのトークグループに彩夏ちゃんが追加されていた。俺も歓迎するよという意味でスタンプでも送っておこう。


 そして彩夏ちゃんが追加された事に皆が一通り反応した後、彩夏ちゃんの挨拶と誠一の今日の感謝の気持ちや細かな事情を伝えるメッセージが続く。

 

 俺たちのグループに誠一や彩夏ちゃんを悪く言う奴がいるわけもなく、琉生や茜の優しいメッセージもあってトークが続いていく。

 


 俺も頃合いを見てトークに参加しようかなぁと思っていると、またスマホがブルブルと振動する。

 スマホに表示されている画面を確認すると、何かのメッセージではなく、松家さんからの着信の通知だった。


 松家さんと通話は何回かした事があるが、そんなに多くはない。俺はベットで寝転がっていた身体を起こし、自分の部屋にある椅子に座る。緊張もあってか、松家さん相手には少し身構えてしまう。


 松家さん、つかみどころがないからな……。



「もしもし松家さん? どうかした?」

『拓海君、急な連絡申し訳ないです。拓海君は明日、学校に来ないのかなと思いまして』

「学校? 明日は休みだから家でゆっくりするつもりだけど」


 電話に出ると、スマホから松家さんの透き通った綺麗な声が聞こえてくる。お耳が幸せになっております。この度は誠にありがとうございました。


 松家さんの用件は、俺が明日、学校に来るのかどうかという話だった。明日は入学式で俺たちは休みなので、俺は松家さんの質問の趣旨が汲み取れずに戸惑ってしまう。


『私たちは新入生の部活勧誘のために学校に行きますし、誠一君も妹の彩夏さんのために学校に来ますよ?』

「あ~なるほど。誠一はともかく、他の皆は勧誘活動をしないといけないんだな」


 確か、去年も正門付近で色々な部活に勧誘された気がする。


 勧誘の時は先輩も優しいし、色々な先輩にチヤホヤされて舞い上がってしまうものだが……その甘い誘惑で簡単に入部してしまうと痛い目に合う事が多い。


 入部すると先輩が急に冷たくなったり、練習が思いの外きつかったり……思っているより世界は甘くないって話だ。


『そんな拓海君に朗報です』

「朗報?」

『新聞部は何かと人手不足で困っています。お暇な拓海君には是非、私たちの勧誘活動を手伝って欲しいんです。チラシ配りの刑です』

「朗報じゃなくて悲報な件。それにもう刑って言ってるし。刑っていい意味で使う言葉じゃないからね?」

『……拓海君に手伝って欲しいんです。ダメですか?』


 松家さんも意地悪だ。


 俺が人に何か頼まれると中々断れない性格なのを知っている癖に、こうして頼んでくるのだから。


 うーん……明日は特に用事がないって言っちゃったしなぁ。それに俺以外は皆学校に行くわけだし、どうせ家にいてもダラダラとするだけだからなぁ。


「分かったよ。明日は学校の正門付近に行けばいいな?」

『……拓海君ならそう言ってくれると思ってました。明日は正門付近でお待ちしてますね』

「どうせ家にいてもダラダラするだけだし、別にいいよ」

『この恩をいつかお返しできるよう、私も頑張ります。それでは明日、改めてよろしくお願いしますね!』

「了解。また明日な」


 俺がそう言うと、スマホから通話が切れた事を知らせる音が聞こえる。通話が切れる時はいつも無機質な音で、一気に現実に引き戻される感があってあまり好きじゃない。


 松家さんとのトーク画面には、通話の履歴とその後に送られてきた感謝のメッセージと可愛いスタンプが表示されている。


 これも……中学時代とは違った良い学校生活が送れているって事なのだろうか。


 まぁとりあえず……明日は頑張ろう。



◇◇◇



 時は少し経って入学式の日。


 学校の正門付近に行くと、色々な部活の部員たちがうじゃうじゃと集まっていた。どの部も部員を獲得するために必死らしい。


「おーい拓海! こっちこっち!」


 俺が色々な部活の集まりから新聞部を見つけようとしていると、激しく手を振っている琉生と、琉生の隣にいる松家さんが目に入った。


 相変わらずというか、琉生の声もよく通る声なんだよな。俺の声とは大違いだ。


「拓海、今日はありがとな! めちゃくちゃ助かるぜ!」

「別にいいよ。特に予定もなかったし」

「私の提案……というよりただのお願いでしたが、本当に凄く助かります。私も拓海君が来てくれて、本当に嬉しいです」

「いやいや。そんなめっちゃ感謝されるほどの事でもないよ」


 俺が新聞部の集まっている所に向かうと、琉生と松家さんが俺に近づいてきて話しかけてくる。何か物凄く感謝されてるな?


「私たちの代は大丈夫なんですが……後輩を何人か部に入れないと、私たちが卒業してから部員が足りなくなって、廃部になってしまうかもしれないので」

「おぉ……松家さんはそこまで考えてるんだ。凄いね」

「新聞部は学校新聞を制作するという大事な役目もありますし、当然ですよ」


 松家さん、自分が部を卒業してからの事も考えてるのか。流石は仕事ができて頼れる松家さん。


「私とは違って、琉生君はあまり頼りにはなりませんけどね。ふふっ」

「う、うるせぇ! 俺はそ、そんな事は考えてなかったけどよ! 楽しそうでワクワクする奴が来てくれたらいいなって思ってたぜ!」

「琉生……お前はそのままでいてくれよ。お前はちょっとおバカな主人公キャラがいいからさ」

「拓海! 俺は主人公ってワードには騙されないぞ! おバカは余計だっての」


 先を見通す松家さんと行き当たりばったりの琉生か。

 

 いやー尊いねぇ。本当に何だろうねこの幸せな感じ。世界平和不可避万歳三唱。



「あれっ、兄貴もいる。何で何でっ?」


 俺たち三人が話しながら勧誘の準備をしていると、俺たちのもとに野球部の帽子をかぶった茜がトコトコとやってきた。

 昨日の野球部にお邪魔した時もそうだが、普段見ることのない茜の姿は、どこかドキッとするものがある。


「俺は新聞部の手伝いだよ。松家さんから新聞部は人手不足って聞いたし、どうせ暇だったからな」

「やっぱり、兄貴は私を見捨てて浮気する気だ! うえ~ん!」

「そもそもそんな関係じゃないだろうが。それに、野球部は強豪じゃないといっても一定数の新入部員は来るだろうし」


 運動部はよほどマイナーな競技でない限り、競技経験者が何人かいると思うので、一定数の新入部員は確約されているようなものだしな。


 それに……



「兄貴、今ちょっと変な事考えてたでしょ?」

「べ、別に思ってないって」

「ふーん……ならいいけど。あ、新入生の勧誘が終わったらさ、夜に皆でご飯食べに行こうよ!」

「まぁせっかくの機会だし、久しぶりに行くか。琉生と松家さんも行く?」


 俺が琉生と松家さんに視線を向けながら質問すると、二人とも軽く返事をしながら頷いた。


 いつもは部活や塾などの予定もあってなかなかタイミングが合わなかったが、今日は特に皆も予定がなさそうでナイスタイミングだと言えるだろう。


 それよりもあぶねぇあぶねぇ。茜なら存在感もあって容姿も優れているから、多くの人を集められそうだなって思ってたのがバレそうだったぜ。


 まぁ、松家さんも多くの人を集められそうだけど、少し近寄りがたい雰囲気も少しあるというか……傍に琉生もいるからなぁ。


「それじゃ、勧誘活動頑張ろーね!」


 茜はそう言って、野球部の方に走って戻っていた。まるで嵐のように、急に近づいてきて颯爽と立ち去っていったな。


「いけませんよ拓海君。今日は新聞部のお手伝いなんですから、浮気はしないでくださいね?」

「いやいや浮気て。松家さん、そもそも俺がそんなタイプに見える?」

「うーん、どちらかというと弄びそうな感じがしますね」

「なんでだよ!」

「楽しそうに二人で話している所悪いが、そろそろ新入生がなだれ込んできそうだから準備しといた方がいいぞ」



 そんな琉生の言葉で俺たちは一度話すのをやめ、勧誘のチラシを持って準備する。どうやら入学式後のホームルーム? が終わって、正門付近に新入生がなだれ込んでくるみたいだ。


 とりあえず今日は、琉生と松家さん、そして新聞部のために頑張ろう——

 

 




 


 

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