不死の魔術師と殲滅令嬢

とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化

第0話 最初の死


「やめて、やめてよッ!!」


 床に描かれた巨大な円形の魔術式、その中心には手足を拘束された少年が横たわる。


「どうして! どうしてこんなことをするの!?」


 少年は縛られた腕と足をどうにかしようと、身をよじりながら叫び続ける。


 叫び声を浴びるのは、クタクタになったシャツとズボンを身に着ける中年男。


 碌に寝ていないのか、男の目元には深い隈がある。


 伸びっぱなしの髪はボサボサ、口元の髭もしばらく剃っていないようで、くたびれた服も相まって不衛生さが感じられる。


 しかし、最も特徴的なのは男の纏う雰囲気だろう。


 男の纏う雰囲気には狂気があった。


 内に秘めた興奮を抑えきれない様子。ギラギラと光る瞳。

 

 更に口元には好奇心から来る笑みが浮かぶ。


 他の誰が見ても「こいつはおかしい」と口にするだろう。


「やめて、やめてよッ!」


 尚も少年は懇願した。


 だが、男は意に介さず魔術式の左端で蹲る女性に近付いていった。


 男は女性の黒い髪を掴むと、頭を持ち上げて首元にナイフを当てる。


「やめてッ! やめてええ!!」


 少年は涙を流しながら懇願する。


 それだけはやめてくれ、と何度も何度も。


「止めてはならぬ」


 男は女性の首をナイフで斬り裂いた。


 首元からは血飛沫が舞い、女性の血が床の魔術式に落ちる。


 血を浴びた魔術式は徐々に赤く染まっていき、魔術式の半分が血の色に変わった。


 女性を殺害した男は反対側へと歩いていく。


 そちらには少年よりも小さい少女の姿があった。


 少女も少年と同じように手足を縛られ、口と目には布が巻かれている。


「う、うう……」


 恐怖で泣く少女の元に男が辿り着くと、先ほど殺した女性と同じように髪を掴んで顔を持ち上げた。


「やめて、やめろおおお!!」


 少年は絶叫した。


 しかし、男の手は止まらない。


「止められぬ」


 男は少女の首を斬り裂く。


 飛散した血飛沫が魔術式に触れると、先ほどと同じように赤く染まっていく。


 二人の人間をに捧げたことで、男が描いた魔術式は完璧なものとなった。


 生贄の血で染まった、赤黒い魔術式。


 いくつもの図形と文字によって構成された赤黒い魔術式。


 それが活性化していくと、魔術式全体から赤黒い魔力の霧が発生した。


「止められぬ! 止められるわけがない! この世の神秘を理解するまではッ!!」


 男は両手を広げながら叫ぶ。歓喜に満ちた表情で、歓喜に満ちた声で。


 ギラギラとした両目で活性化した魔術式を見届けると、男の望んだそれは高い天井に現れた。


「あ……」


 天井を見上げた少年が見たのは、巨大な門だ。


 荘厳で、神聖で、邪悪でもある。


 人知を超えた、決して人が到達できない領域にあるもの。


 門がゆっくりと開かれると、中から這い出て来たのは赤黒い霧を纏う触手だった。


「さぁ、私に見せてみろッ! 魔術の深淵をッ! 覗き込んだ深淵の先には、かの英雄だけに許された魔法があるのかッ!? 魔術を超え、魔法をも超えた神秘は存在するのかッ!?」


 両手を広げ、天井のそれを見上げながら大笑いする男。


 ガタガタと体を震わせながら恐怖する少年に伸びていく赤黒い触手。


「ああ……」


 ペタ。


 少年の頬に赤黒い触手が触れた瞬間、少年の両目はぐるんと反転した。


「ああ……。あああああッ!!」


 白目を晒した少年の頬、触手が触れた個所から赤黒い血管が顔中に伸びていく。


 少年の体内を侵食するように、赤黒い血管がどんどん広がっていく。


「あああああああッ!!!」


 侵食が少年の心臓にまで達した瞬間、少年は最初のを経験した。

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