(改編)今井家の令嬢事情

鍛冶屋 優雨

第1話 ちっちゃいねんて、オプ(調査員)

初期に書いたお話を全面的に改編したものです。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



私の名前は今井舞、5歳の女の子だ。

夕方のこの時間、父親はまだ仕事から帰ってきておらず、母親は何か買い忘れていたのか慌てて買い物に出かけており、中学生の姉は部屋で勉強中だ。


そう、私は今、一人で両親の部屋にいて、自己の責任内で出来ることをして、この人生という壮大な喜劇の中で戯けたピエロのように楽しんでいるわけである。


そう、それはまるで群れを離れた一匹の狼のように、物悲しさを感じつつも、どことなく自由な雰囲気に喜びを感じているのだ。


私は部屋にある母親が毎日見ている鏡の前に座る。


鏡を眺めると、そこには人生の退屈さと非合理さに嫌気が差した一人の女の顔が写っていた。


その女は肩より少し長いくらいの髪の長さであり、今はその髪を姉に頼み、後ろで一つに結んでもらっていた。

ぷっくりとした頬にやや薄めの唇、やや大きめの目をしていて何処にでも居そうな普通の少女だ。


しかし、普通の少女とは違って、その大きな目は人生を諦めた男のような目をしており、世の中の不幸を集めたら、このような目になるだろうと思わせる目だ。


しかし、両親は何を思ってこの名前にしたのだろうか?

なにせ、最初から読んでも後ろから読んでも「いまいまい」だ。


全国の「いまいまい」さんには申し訳ないが、どう考えても、泥酔した父親が適当に思いついた名前の中から、産後の苛立ちを隠せない母親が泥酔した夫の醜態に嫌気が差した状態であみだくじで適当に決めたような名前だ。


いや、実際としては、私の父親は酒はたしまないし、父と母の仲はいたって良好だ。

しかし、ひらがなの「い」も「ま」も左右対称に見えて、実は左右対称ではないところにも、私は違和感を感じてしまうのだ。


そんな名前と人生を諦めたような目を持つ私は、母親のお気に入りのコートを羽織り、父親の部屋から取ってきたつばの広い帽子を被る。


そしてポケットからお気に入りの外国産のオレンジ味の棒付きキャンディーを取り出し、口に咥えると、そこには人生に打ちひしがれた一人のうらぶれた探偵が鏡に写っていた。


この棒付きキャンディーには砂糖という合法的な魅惑の白い粉が多量に使われており、私の歯とお腹の脂肪に絶大な効果を与えるとともに私にシュガーハイをもたらすのだ。


「さて、隠されたお宝はどこにあるのやら。」


ハイになった私は珍しく独り言を言いながら、母親のお気に入りのコートを引きずり、台所に向かう。


そう、今日の私は探偵だ。

それも、パイプを咥えて安楽椅子に座って、ズボンの生地を薄くさせるだけの探偵ではなく、飢えた野良犬のように薄汚れた街を歩いて靴底をすり減らしながら、真実にたどり着く、そんな泥臭い探偵だ。


昨日、母親に命令されて、父親が隠した私のお気に入りの外国産の棒付きキャンディーを探すために、今日の私は泥臭い野良犬のような探偵として全てを嗅ぎ回るのだ。


ズルズルとコートを引きずり、ずり落ちる帽子に視界を妨げられながら私は台所にたどり着いた。


幸いにも姉は勉強に集中しているのか、部屋からは出てきていない。


私は隠し持っていた最後の棒付きキャンディーを舐めながら、台所に隠されたはずのお宝を探しまわりながら、昨日のことを思い出す。


昨日の夕食前、父親に棒付きキャンディーをせがんだ私が悪手だった・・・。


基本的に子供に甘い父親は、私の依頼を断らない。なので気軽に与えてしまい(これが今私が口にしている最後棒付きキャンディーだ。)、母親に激怒されて(母親曰く、夕食前にお菓子をあげたら、夕食を食べなくなるでしょ!とのことらしい。)父親が泣きながら、ストックしていた棒付きキャンディーを何処かに隠していたのだ。

父親は基本的に食べ物は台所に置くという思考をしている。

そして、昨日ストックしていた棒付きキャンディーを隠して戻ってきた時間から考えても台所以外にはないはずだ。


私は居間から台所に向かう経路(と言っても隣なのだが)を床を舐めるように見つめて進む。


幸いにも母親のコートの裾部分がズルズルと私の後ろをついてきてくれているので床に関しては問題ないはずだ。


後は上だな。

私はずり落ちる帽子を脱し、食器棚を眺める。


私の背の高さを考えると、仮に見つかっても取ることができない戸棚や食器棚の上部に隠すのが妥当だ。

特に、父親は基本的にめんどくさいことは嫌いなので、戸棚の上部に置いて戸を閉じてしまえば、それで良いと考えるタイプだ。


しかし、5歳児の身長を舐めてもらっては困るな。

男女ともに平均で1メートルを超えているのだ。

椅子を使えば問題なく取れるということに気づいてほしいものだな。


両親はまだ私をオムツの取れないひよっこだと勘違いしているのだろう。


私は椅子を使い戸棚の戸を開けるとそこには思ったとおり棒付きキャンディーが入った箱が鎮座していた。


ここで全部取るのは悪手だ。

棒付きキャンディーを箱の中から2つほど取り、ポケット(母親のコートではなく、私自身の服のポケットだ)に入れ、椅子を元通りに戻す。



そして、私は父親の帽子と母親のコートを元通りに戻して、棒付きキャンディーを自分のおもちゃ箱に隠す。

季節は冬なので棒付きキャンディーがベタベタになることはないだろう。


私は父親のお気に入りのソファに座り、口に残るオレンジ味を楽しみながら、ゆっくり目を閉じる。


薄汚れた野良犬にも休息は必要だ。

私はソファを身を委ね、睡魔に意識を手渡す。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

母親のせいが、買い物から帰ると次女のまいがソファで寝ていた。


「まったく寝顔は天使みたいに可愛いんだけどね。」


娘の寝顔を見ると、昨日、夫に対して怒ると同時に娘も叱った事を思い出す。


長女はあまり手がかからないけど、次女は大人も驚くようなことをする事がたまにあるのだ。


この前も夫が失くした腕時計を

1日中、探して見つけたりしていた。その時、舌っ足らずの口調で、


「報酬は棒付きキャンディー3日分です。」


何て言っていたわね。

ひょっとしたら昨日、棒付きキャンディーをもらおうとしていたのはあの報酬って言っていたことだったのかしら?


静はふっと笑って、


「まぁ、まだ5歳だから、そんなわけないか。」

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