第28話『失ったモノを数えていこう』

「もう大丈夫そうか?」

 顔が晴れたステラを見て、リーベスが訊いた。

「わからない、いろいろとまだ混乱してる」

「だろうな」

 あまりに直近に人が死に過ぎて、感覚が麻痺している。

「レオさんも死んじゃったんだよね?」

 リーベスは首肯する。

 ステラは顔を伏せた後決然と唇を動かした。

「決めたの……」

「なにを?」

「――悲しむのは皆の所でって」

 初めて彼女は笑った。

 強がりの笑みではあった。でも確かに笑った。

「それでね、皆で泣いて、泣いて、泣いて、それで笑うの。笑えるように、いつか笑えるように……私たちは生きるの」

「ああ」

「君も、ルーエに抱きしめてもらうの」

「勘弁してくれ……」

 いきなり恐ろしいことを言うステラに、げっそりとした顔で応えるリーベス。

「だったら、私が抱きしめてあげようか?」

「そうしてくれ、ルーエに抱きしめられたらそのままベッドに連れ込まれる」

 ふふ。二人が静かに笑う。

武器庫いえに帰ったら、最初にルーエがお帰りって言うの」

「ああ」

「それで私がただいまって言うの」

「うん」

「それで、次に私が君にお帰りって言うんだ」

「可笑しくないか?」

「そうかな?」

 一緒に帰る予定なのに、ステラがリーベスに「お帰り」とはまた珍妙だが。

「おかしいが……、悪くない」

「素敵でしょ?」

「素敵だな」

 そのまま夜の闇が二人の空気を心地よく冷やす。

 一瞬の安寧が其処にはあった。

 手放したくないと、不思議と思う。

 さっきまでは、死にたいと本気で思っていたのに。

 今はこの温もりを手放したくないと想っている。

「あ……っ」

 ぐううう。

 ステラの腹の虫がなる。

 途端に赤面する。

「まあ、ずっと何も食ってなかったしな」

 天変地異から枝蛇の襲撃、昏倒。当然だが補給などしていない。

 彼女の胃が食物を求めるのは当然至極だった。

「待ってろ今何か……」

 言いながら、携帯バックを漁る。

 武装の予備ばかりが、出てくる。

「おっ!」

 バックの奥で何かを掴む。

 触り心地から武器の類ではなさそうだ。

 というか、非常食いれていたはずなのだが?

「〝リンドブルムの鋼卵〟だな」

「食べられるの? ……って⁉」

 ステラが覗き込んだ瞬間、リーベスが手を滑らして鋼卵を落としかける。

 ステラが何とかキャッチした。

「あぶねー。高かったからな、味わえないなんて、詐欺だぜ」

「もう、気をつけてよね。ていうか本当に食べるの? どう見ても食べモノじゃないけど?」

「ミーチェは食えるって言ってただろ? 珍味だって」

「調理がかなり面倒だって言ってたけど?」

「あれから色々と調べた。確かに一般人には難しいが、俺たちなら結構簡単に調理できるぞ?」

「そうなの?」

「ああ」

 リンドブルムの鋼卵は固く、槍でも槌でも砕けない。

 それは鋼卵の材質によるものだ。

 リンドブルムの鋼卵は硬質化した魔力で出来ている。その硬さはセラミックやチタン合金を超える。

 しかし、魔力にはある大原則がある。

「そっか、魔力はより大きい魔力に流されるから」

「そうリンドブルムの鋼卵を構成する魔力を変質させるほどの魔力を流せば、中身を堪能できる」

 魔力は魔力で討ち消せる。

 近代魔導学の基礎である。

「というワケで早速!」

 魔力を流していく。

 淡く鋼卵が輝く。

 次第にぼろぼろと殻が落ちていく。

 数十秒……リーベスの息が切れるころ、鋼卵は最早鋼卵と呼べない程脆くなっていた。

「これじゃあもうただの卵だな」

「見た目からして、ただの卵に近くなったね」

 凹凸が無くなり、色にさえ目を瞑ればただの卵である。

「如何するゆでるか?」

「えっと御好きに?」

 正直気が進まないステラであった。

「ほいじゃあ、茹でるか」

 そういって簡易ポッドを取り出す。そこに水を注いで、火をつける。

 ぐつぐつと茹で、十分強まった。

「では、いただくか!」

 卵の殻を剝いでいく。

 中身はきちんと白色だった。

「殻が灰色だったからな、中身まで灰色だったら流石にどうしようかと思ったぜ」

 リンドブルムの卵をひと齧りする。

 瞬間濃厚な旨味が味蕾を刺激した。

 ついで、独特の香りが鼻孔を抜ける。

「うまいぞ! 上手く言えないがうまい! とにかくうまい!」

「そ、そんなに?」

「おう!」

 あまりの勢いで言ってくるので、見た目で忌避していたステラも思わずごくりと喉を鳴らした。

「ステラも食べてみろよ!」

「え、あうん」

 抵抗が無いと言えばウソになるが、今はそれよりも腹が減っている。

 さっさと飯を寄こせと腹が鳴いている。

「はむ……!」

 意を決して、一思いに口に運んだ。

 それは驚くほど――――――――――。

 ――――味がしなかった。

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