第26話『大好きになりたい人』

「ネネ……?」

 嘘だ。

 とそう叫んだ。

 言葉にもならない、言葉を叫んだ。

 喉を引き千切るほど叫んだ。

 顔をかきむしった。

 その痛みが、心の痒みが――、灯しが揺れるようにネネの記憶呼び覚ます。

 ――スー姉‼

 思い起こされる記憶は総て、天真爛漫に笑っていて、彼女の笑顔と現在の彼女の生首が交互に脳裏を過ぎる。

「――――ッッ」

「ステラ‼ 正気を保て! 頼む折れるな!」

 リーベスの必死の言葉も、今の彼女には届かない。

「ステラ!」

 駄目だ。持たない。心がもう――!

 リーベスがそう悟った瞬間、ステラは意識を手放した。

「――――」

 ネネの生首を抱いたまま、彼女は倒れた。

 心が折れて、これまでの無茶がフィードバックした。

「……!」

 それはこの状況で無いのなら、自己防衛本能として正常に起動したに過ぎないが――。

 〈モンスター〉を残した今――ステラは最早蛇に睨まれた蛙だ。

「ステラ……!」

 ステラの下へ行こうと足に力を入れるが、出血する。

 リーベスもまた、無茶の積み重ねで最早――。

「リーベスさん……!」

「クーフェ⁉」

 枝蛇に襲われかけたステラを、クーフェが救う。

 彼女を担いで、リーベスの隣に降ろす。

「お前其の目……」

「……」

 リーベスは絶句した。

 焼けただれたその瞼は固く閉じられて癒着している。

 酷い有様だ、眼球は恐らく沸騰して、失明……そしてそれに伴う激痛がクーフェを襲っているコトだろう。

「〝結界石〟……見つかりましたか?」

「あ、ああ」

「よかった……無駄じゃないんですね」

 是で何の戦果も無いのなら、何と悲しい。

 よかった――みんなの疵が無駄じゃなくて。

「だから、生かさないと……」

 この戦果を持ち帰る。

 そうしないと、そしてその可能性が一番高いのは――。

「生きてください、リーベスさん」

「待ってくれ! 頼むまだ何かあるはずだ! きっとこの状況を打開できる何が……」

「あるのかもしれません、でも私莫迦だから分からないや……」

 クーフェは精一杯笑った。

 儚げで、切なくて。

 花のような笑みを――。

「なら俺が考える! 大丈夫だ! だから……逝くな――!」

「もうだめですよ……見てください」

 そう言って彼女は右手を見せた。

「腕が……崩れて……」

「臨界点……これ痛くないんです。どころか心地よくて……」

 自身のひび割れ、崩れ始めている右腕を見せた。

 見るからに痛々しいさまだが、不思議と痛みは無かった。

「だからもう……終わりです」

 ――その異常が、彼女の終わりを告げていた。

「待ってくれ! ネネが死んで、お前迄……ステラが! ――俺が! 堪えられない……ッッ‼」

「ありがとう。こんなに愛してくれて……、」

 まて、止めてくれ。それを口にしないでくれ。

 俺を置いて行かないでくれ!

「私たち、あなたをお父さんって呼びたかったんです」

「呼べ! 呼んでくれ! だから――」

「――お父さん」

 とても心地よい響きだった。

「ああ! だから一緒に帰ろう!」

「いいですね、それ……姉さんにも言ってあげて――お父さん」

「あ――」

 彼女は最後微笑んだ。

 そして駆けだす。

 疾風のように空をかけて、枝蛇を攻撃する。

 だがすでに限界を迎えている彼女の攻撃力では致命傷を与えられない。

 だから――。


「――【妖精疾走トーテン・クランツ】」

 〝妖精兵器〟の秘奥にして、最強の術式をもって敵対象を滅する。

 しかしこれを発動するには少し、時間がかかる。

 それまでどうやって……。

「お嬢! 付き合うぜ! 黄泉平坂!」

 そう言って、レオニダスが枝蛇に躍りかかった。

「大尉さん!」

「最期くらい、カッコつけなくちゃな!」

 彼は全身を血濡れにしていた。

 明らかに致命傷だった。

「レオ……! お前迄!」

「〝剣〟の先行くぜ⁉」

 枝蛇がレオニダスの頸を鞭撃でへし折った。

 毬のように飛び跳ねた。

 地面に沈む。

「しいいいいいい‼」

「終わりです!」

 充溢する魔力を総て蕩尽し、それはついに臨界を迎える――!

「お父さん! 〝結界石〟を!」

「――――っ!」

 リーベスはありったけの〝結界石〟をクーフェのもとへ投げた。

 その数じつに七つ。

 それが同時に起動して、枝蛇とクーフェを包み込んだ。

「――ありがとう」

 結界で、声さえ聞こえず、されどそう言ったのだとリーベスは確信した。

「クーフェ‼」

 瞬間――。

 結界内が爆ぜた。

 煌めく魔力の光に結界内は満ちて、その光に圧されて大きく膨張する。

 幾重にも張られた結界が、次第に破損していく。

 最後の一枚が破壊される、そう思った瞬間、爆発は収まった。

 呆気ない程に。

 そして結界内には最早何もなかった。

 最初から誰も居なかったように――。

「クーフェ……‼」

 嗚咽と一緒に彼女の名を吐き出した。

 本当に消えてしまった彼女を抱きしめるように……。

「……っ」

 そして彼は歯を食いしばりながら、ステラを抱える。

「悲しむのは後だ……っ! 泣くのは最後でいい‼」

 いまここで呆然と悲しみに暮れるのは簡単だ、だけどそれはクーフェが、ネネがレオニダスが残してくれたものを蹴りつける行為でしかない。

 だから生きないと。

「しっかりしろステラ! お前は託されたのだろう!」


 ☆


 ――誰かのために生きるのは苦痛だった。

 知らない人の戦いを強制されるのはもっと嫌だった。

 もしも叶うのなら、自分のために生きて見たかった。

 だけどそれは許されなかった。

「――」

 それならば、それでよかった。

 だけど――。

 心を消して欲しかった。

 願望も羨望も渇望も欲望もすべて消して欲しかった。

 ただ一個の道具として、ただ一つの器具として。

 心を持たぬ兵器として――。

「それは無理だよ、〝妖精兵器〟の出力は心の起伏で乱高下するからね、心を無くして作っては旨味減だよ」

 そう博士は嗤った。

 しかし、それが方便であることを後に私は知る。

「――――」

 結局、自分のために生きることは叶わなかった。

 だけど――〝家族〟ができた。

 妹として自分を慕う少女たちは、愛らしくて私に笑顔をくれた。

 傷ついても、傷ついても彼女たちが私に勇気をくれた。

 まだ戦える――そう思えた。


「……」

 星々を仰ぐのが好きだった。

 連なる円環は自由とは程遠く、何処か機械的な宙は、私に似ていたから。

 星が瞬き落ちるのが、妖精に似ていたのもあるだろう。

 

「ステラは何時も浮かない顔をするっスね」

 友人はそう言って笑った。

「でも最近のステラは可愛いっス!」

 そうなのかな? そうかえしたのを憶えている。

 たぶん彼に遭ったからだろう。

 

 この心の疼痛の名前を私は知らない。

 〝心の書架〟をあさっても、どこにも書いていなかった。

 すこし、苛立って、すこし悲しくて、すこし――ときめいている。


「姉さんはリーベスさんのこと好き?」

「……」

 好きだと思う。

 とても大切にしたい宝箱。

 でも蓋を開けたくはなかった。

「スー姉はおくて! いっぱい好きって言えばいい!」

「……」

 それは少し恥ずかしいかな? でもそう言えたらとっても素敵だ。

「じゃあ、スー姉、私達行くね」

「お父さんのコトお願いします」

「……!」

 どこにいくの? 彼女たちは答えずに背を向けていく。

 手を伸ばすけど、脚は動かない。

「……ッッ!」

 彼女たちの名前を必死に呼んだ。

 だけど二人は振り返らなくて――。

「……ッ」

 私は独りになった。

 誰もそこにはいなくて、一人で泣きすすった。

 嗚咽を吐き出して、滂沱と涙を地に落とす。


 行かないでと、言葉にした。

 誰も私を置いて行ってほしくなかった。

 どうしてみんな――私を置いて行くのだろう?

「……?」

 視線を感じて振り返ってみた。

 自身と似た境遇の――大好きになりたい人が居た。

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