第10話

そうして、全員、件の日時計の前に集まった。

明美子から提案のあった時刻まで、あと三秒――二秒、一秒。水樹の背から、今まさに、暮れていく大きな、橙と紫を合わせたような日が、やがて、巨大な白い文字盤に、その時を照らし出した。

「っ、これって……」

その場に集まった皆が、同時に、ハッと息を呑むのが分かった。

絶妙に光が重なり合い、文字盤に表示されたのは、葉っぱとシダの絵であった。

「この模様は……? 植物……でしょうか」

水樹が眼鏡を中指で持ち上げながら呟くと、理人が更に小さく「あっ」と声を上げて、文字盤を指さした。

「新しい文字が出てきました」


Head to the botanical garden and look for the "correct scale"


文字盤には確かに、そう表示されていた。そして、その下に何故か、いくつかの音譜が描かれている。


「明美子さんは、未だ影が出る前の段階でこの文字盤を見ただけで、頭の中でどのような文字が表示されるか、組み立てて推測したということですか……その才能、認めざるを得ないですね」

余りにレベルの高い推理力に、水樹は思わず肩を竦めて、ため息を吐いた。綺羽が、胸元に手をやった状態のまま、静かに頷いた。

「植物園ならば確かに、当屋敷内にございます。御案内します」

「お願いします」

水樹がはっきりと言葉を返すと、綺羽を先頭に、皆がぞろぞろとそれについて歩き出す。水樹は、歩きながら理人の肩を掴んだ。そして、彼の耳に口を寄せる。

「ただ、一つだけ分かったことがあります」

「分かったこと、とは?」

理人が首を傾げる。事情を何も聞く前から声を潜める辺り、流石、勘所を理解している。理人とは長く仕事を一緒にやってきて、信頼できる仲だ。

「明美子さんを殺害した犯人は、遺産である時計を目当てにはしていない」

水樹が耳元で囁くと、理人は根拠を聞きたそうに目を向けてくる。なので、更に理人の耳元に口元をくっつけるレベルで、続きを話した。

「この屋敷に残された時計が狙いで、素晴らしい推理力の持ち主である明美子さんを消したのであれば、参加者のうちの全員を殺害しなければ意味がない。既に、この日時計の答えまでは全員が聞いてしまっています。殺害の対象が多いのは事実ですが、人一人が突然、全力で暴れれば殺せない人数ではありませんからね。そうしないということは……矢張り犯人は、廣二さんとしか考えられない」

「それは確かにそうだけどさぁ、水樹ちゃん」

水樹と理人の間に、陽希が急ににゅっと顔を出して来たので、水樹は「ギャッ」と気勢を上げてしまった。

「いきなり顔と口を出して来ないでください」

「まあまあ、落ち着けって。良いか? 明美子ちゃんを殺した犯人は、あんな風に明美子ちゃんを磔にしてるんだ。酷いなぁと思うけど、それ以上に、あんなことをするだけの余裕があったとも考えられる。時間的にも、精神的にも」

理人が、「なるほど」と、相変わらず潜めたままの声で同意と補足を始める。

「つまり、拷問を掛ける余裕もあった……明美子さんを殺害する前に、拷問をかけて、今後の推理に有利な情報を引き出した可能性もありますね」

「あくまで『有利な情報を手に入れた』というだけだから、もしも犯人が時計を目当てにライバルを消しているなら真相にはたどり着けない。未だ事件は続くかもね」

「気を付けてくださいね、水樹」

「……理人と陽希も。今日は念のため、全員同室に集まって眠ることにしましょう」

此処で一旦、植物園に向かうため、三人とも口を鎖した。

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