第5話

陽希が、その綺羽の言葉を聞いて、小首を傾げた。

「今回の、ってことは、ミステリー会は毎回このメンバーでやってるの?」

「いいえ。謎は、家主がVincent Horologeが生前に残した、たった一種類ですから。一度、解けなかった人たちをもう一度集めたとて、結果は変わらないでしょう?」

綺羽の言葉に、明らかに数人がムッと顔を顰めた。今までの参加者が謎を解けないのを、責めているような発言だ。水樹も、綺羽が、Vincent Horologeについて語っている時、少し熱が入りすぎているような感じがしている。

綺羽は、そんな視線を全く意に介していない様子で、数ページと思しき冊子を開いた。

「Vincent Horologeからの遺言をお読みします。『皆様、ようこそ我が「Château de Chronos」へ。この屋敷には、多くの私の作品が飾られています。お気に召していただけたでしょうか。私の亡き後のことを考えるようになるにつれ、私は、もっと時計の美しさを皆様に分かっていただきたいと、強く願うようになりました。ですから、私の遺産になるであろう、この屋敷にある全ての時計を、私がこの屋敷に用意した全ての謎を解いた方に、お譲りしようと考えたのです。』」

「この屋敷にある、全ての時計を……?」

水樹たちを「探偵社アネモネ」のメンバーを除く五人のうちの、誰か男性が、うわ言のように繰り返した。しかし、ほかの人たちも、同じように脳内で繰り返したに違いない。彼の作った時計は、一つでも非常に価値のある作品だ。それを手に入れられるとなれば、相当の富になるだろう。

綺羽は、矢張りそんなざわめきも意に介していない様子の、抑揚のない声で続けた。

「『謎を解いた方にお譲りするというのは、私の一寸した余興です。私は人を楽しませるのが大好きなのです。また、こうした方が、より時計に親しみも湧くと思うのです。そのように謎をお作りしておりますので。謎も、解くためのヒントも、何もかも、この屋敷の敷地内にあります。どうか、私の最後の我儘にお付き合いください。最初の謎は、太陽の部屋にございますが、先ずは慌てず、お越しの皆様で自己紹介をし、交流を深めてから、謎に立ち向かってください。』――以上です。彼の遺言に則り、私の方で、ティータイムをセッティングさせていただきます。少々そのままお待ちください」

そう言うと、綺羽は一度、ドアの向こう側に姿を消した。彼女が戻るまでの間、其処にいた全員が、黙ってお互いを睨み合っていた。

ややあって、綺羽が、ワゴンに時計柄のティーセットを乗せて戻って来た。

「皆様、御自由におかけになってください。ニルギリを御用意いたしました」

何となく、水樹を真ん中に陽希と理人が並んで座ったところで、目の前にカップが置かれていく。

「では、遺言のとおり、皆様で自己紹介をお願い致します。此方の方から」

綺羽に手で示された青みがかった髪の女性が、びくっと飛び上がった。

「……あ、わ、私から、ですか? じゃあ、失礼します」

一度座った状態から立ち上がると、彼女の元々外向きに跳ねている髪が、一層躍動感を持って上下した。

「田園(たぞの)三千(みち)と申します! 職業は、ジャーナリストをさせていただいております。今回のミステリー会についても、細かく取材する予定でして、いずれは出版までこぎつけたいと思っております。はい」

次に、その隣の堂々とした体格をした男性が、腕組みしたまま重そうな口を開く。

「鈴鹿(すずか)一条(いちじょう)だ。昨年まで警察官をしていたが、今は退職した。招待に応じた理由は……怪しんだからだな」

「怪しんだ? 何を?」

綺羽が眉を上げて問うも、一条は全く動じる様子もなく、寧ろ声を僅かに大きくした。

「怪しいに決まっているだろう。こんな山奥に見知らぬ人間同士を集めて、謎解きを楽しみましょう、だなんて」

「ならば、いらっしゃらない方が安全だったのでは? 無暗に危険に首を突っ込む必要もないのでは。貴方はもう警察官ではないのですから」

冷静な声で割り込んだのは、明美子だった。一条があからさまに不機嫌になっても、どこ吹く風と言った表情で、耳に朱色の髪を掛ける間、たっぷりと沈黙の時間を取ってから、こう自己紹介した。

「恵比寿明美子です。職業は探偵。よろしくお願いいたします」

「存じ上げております!」

と、明美子の言葉に弾む声で答えたのは、四十代の男性であった。先までの落ち着いた雰囲気と裏腹に、頬の上部を赤く染め、手を叩いている。

「テレビで何度も拝見しております。僕、ミステリー作家ですが、現実に起きる事件にも、とても興味があって調べているので。あ、名前は隆廣二です。作家としても、この名前でやらせていただいてます」

「現実の方がもっと厳しいですよ」

明美子が無表情で冷たくあしらっても、廣二は、にこにこと相好を崩すことはなかった。

理人が、きょとんとした顔で、水樹の目を覗き込んで来る。

「私は、大変申し訳ございませんが無知故に存じ上げないのですが、水樹は、隆さんを御存じですか? ほら、水樹はミステリー小説をお書きになっているじゃないですか」

「あれはネット小説です。売れようとも思っていないですし、ただの趣味ですから」

全くアクセス数が伸びないので、書いていることすら知られたくないので、理人の声が皆に聞こえないことを祈った。ちなみに、廣二の作品は知らない。陽希はミステリー小説を比較的読む方だと思ったが、何の反応もないところを見ると、恐らくは知らないのだろう。

続けて、丁度水樹の向かいに座っていた亜麻色の髪の女性が、小さく右手を挙げて口を開く。

「……大日向(おおひなた)旭(あさひ)。大学で、時計の研究をしています。お呼びいただけて光栄です」

 ここで、水樹も杖を突いて立ち上がり、右手を挙げた後胸に当てて、深々と頭を下げた。

「海老原水樹です。『探偵社アネモネ』の所長をさせていただいております。よろしくお願いいたします」

次に理人、陽希も挨拶する。緩く頬杖を突きながらそれを見ていた明美子が、ふっとハナから息を吐きだすようにして笑った。

「『探偵社アネモネ』って……元犯罪者を雇っているところじゃないですか」

その言葉を聞いて、水樹は自分の表情が強張るのを感じた。

水樹は、爆発物に対する知識を活かし、かつて、恋人の留学費用を稼ぐために、金策に奔走した。その前後に、事故で記憶を失ったうえ、足が不自由になり、更に数年後、その当時の恋人を亡くして、自暴自棄になったこともある。

現在は全ての罪を償っている。しかし、ぐっとあらゆる言葉を呑み込む。何を言っても言い訳にしかならない。明美子は事実しか言っていないのだから。黙って椅子に座り直す。

ニュースを知っている人も、知らないでキョロキョロしている人も、此処にはいるようだ。だが、そのことには、これ以上誰も触れなかった。

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