第41話 ディラン視点
イライラする。
「フェリシー様が男性と2人でお茶しているのを見ました。仲睦まじそうにケーキを食べていました」
そうメイドに報告されたときから、得体の知れない苛立ちが俺の中で渦巻いている。
黒く禍々しい苛立ちの中に、なぜか自分が傷ついているような変な痛みも感じる。
こんな感情は初めてで、先ほどから舌打ちとため息が止まらない。
「おい! エリオット!!」
バタン!!
本日2度目の執務室。
この部屋に来ることすら滅多にないというのに、1日に2度も来るなんて初めてだ。
仕事をしていたらしいエリオットは、俺を見るなり至極めんどくさそうに顔を歪めた。
他人の前では人形のような作られた顔しかしない男だが、俺にはこれでもかというくらいに本音の顔を見せてくる。
「……なんだ?」
「あの女を呼び出したんだろ? アイツ、なんて言ってた?」
「何がだ?」
「一緒にケーキを食べた男のことだよ!!」
わざとなのか本当にわかっていないのか、エリオットはさらに俺を苛立たせる。
すぐにカッとなりやすい俺と違って、エリオットはいつも冷静だ。
本当に双子なのかと常々疑問に思っている。
「……ああ。これからはその男と一緒に孤児院を回るそうだ」
は?
予想外のことを言われて、一瞬頭が真っ白になる。
「孤児院? なんでそんなとこに……」
「ボランティアだそうだ」
「ボランティア? それ、許可したのか?」
「反対する理由があるのか?」
「…………」
そう聞き返されて、何も言えなくなる。
反乱や犯罪をしようとしているならともかく、ボランティアを反対する理由なんてない。
「ボ、ボランティアはいいとして、その男と一緒に行く必要はあるのかって言ってんだよ!」
「別にいてもいなくてもどうでもいいだろ」
「…………っ」
「それより、なんでそんなに怒ってるんだ? この件でお前が怒る意味がわからない」
「そ、れは……」
腕を組んだエリオットに睨まれて、言葉に詰まる。
そんなの……俺が知りてーよ!!
自分でも、自分が何に対して苛立っているのかわからない。
ただ、あの身代わり女が知らない男と2人でいると考えるだけで無性に腹が立つのだ。
とてもじゃないが、エリオットのように「どうでもいい」だなんて言えそうにない。
なんでこんなにイライラするんだ!?
あの女が嫌いだからか?
グッと歯を噛みしめた俺を見て、エリオットが返答を待たずに次の報告をしてきた。
「それから、フェリシーが孤児院に行っているのはボランティアだけが目的ではないらしいぞ。エリーゼを捜しているんだそうだ」
「……え?」
エリーゼを捜してる?
「なんで……」
「お前が必死にエリーゼを捜しているから、自分も協力したいと」
「!」
俺がエリーゼを捜してるから、協力したい?
たしかに、俺は今まで何度もあの女の前でエリーゼを必ず見つけてみせると言ってきた。
それは本音でもあり、あの女に対しての脅しでもあった。
偽物のお前は、妹が見つかり次第すぐに追い出してやる──という。
元貧乏な平民女なら、この家から出たくなくて怯えるだろう。
いつエリーゼが見つかるかと、不安な日々を送るだろう。
そう思っての嫌がらせだったが……。
自分から協力してエリーゼを捜している……だと?
「それは、エリーゼを見つけたら俺たちに感謝されると思っての偽善か? そうでなきゃ、なんであの女がわざわざ……」
「さあな。だが、出ていくのは別にかまわないと思っているみたいだったぞ」
「え……」
「お前がしつこくいじめていたから、この家が嫌なんじゃないか?」
「!」
エリオットが嫌味っぽくニヤリと笑う。
本音も混じっているだろうが、わざと俺が悪いように言ってからかっているだけ──そうわかっていても、俺は胸に何かが刺さったような痛みを感じた。
俺のせいで?
あの女は、この家から出ていきたいと思ってるのか?
数日前の俺なら喜んでいたかもしれない情報に、なぜか今は動揺してしまっている。
まったく悪いとなんか思っていなかったこれまでの自分の行いを、なぜか悔いている自分がいる。
…………っ!
なんなんだ、この意味わかんねぇ苛立ちは!!
「……あの女のところに行ってくる」
そう小さく言うなり、俺は部屋を飛び出して女の部屋に向かった。
何を言いたいのか、何をしたいのか自分でもよくわからない。
ただ、ほんの少し……だけど確実に、出ていってほしくないと思っている自分がいることには気づいていた。
バタン!
「おいっ!!」
勢いに任せて女の部屋のドアを開けると、身代わり女が驚いて立ち上がった。
何か書いていたらしく、テーブルの上には数枚の紙が置いてあり、手にはペンを持っている。
怯えた表情を俺に向けている女を見て、今さっきの自分の行動を思い返す。
あっ。しまった。
ノックもなしに怒鳴りながら部屋に入られたら、誰だってこんな顔になる。
今まで何度もこんな顔をさせてきたのに、なぜか今日は罪悪感が俺の心を覆ってきた。
俺のこういう態度が……この女を追い詰めてたのか?
「あ。いや、その、いきなり悪かった」
「…………え?」
反省して謝罪の言葉を伝えると、身代わり女──フェリシーは怯えた顔から一転、目を丸くしてポカンと口を開けた。
何かにとても驚いている様子だ。
いつもはあまり目を合わせてこないのに、ジーーッと真っ直ぐに俺を見てくる。
……うっ。な、なんだ?
ただ見られているだけだというのに、ドッドッドッとすごい勢いで鼓動が速くなっていく。
全身がブワッと燃え上がったように熱くなる。
なんだよ! こっち見るな!
ついそんなことを言ってしまいそうになるのをグッとこらえて、俺はフェリシーに一歩近づいた。
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