第26話 婚約者のルーカスにまた会っちゃった!
「この先に孤児院があるの。まずはそこに本を届けるわね」
「はい」
今日は、孤児院に行くためビトと街に来ている。
最初にお願いしていたシンデレラの絵本が出来上がったと、ジェフさんから数冊受け取ったからだ。
まさか、こんなに可愛く仕上げてくれるなんて……!
私の絵を描き直してくれた方は結構有名な絵師さんらしく、イメージ通りの可愛いイラストが添えられている。
さすがはワトフォード公爵家だ。
これならきっと子どもたちも喜んでくれるはずっ!
またあの愛らしい天使たちに会えるのが楽しみすぎて、足取りが軽い。
絵本を持ってくれているビトが、ウキウキでスキップしている私を不思議そうに見守っている。
「……その孤児院には行ったことがあるのですか?」
「うん。前に一度だけ」
「なぜ急に孤児院に?」
「えっ」
私が付き人を欲した理由として、『孤児院に本を渡しに行きたい』と答えた私。
でも、そもそもなぜ孤児院に行きたいのか……については、何も話していない。
エリーゼを捜すため……とは言えないし、きっとこれもエリオットに報告するんだよね?
ならそれっぽい理由を言っておかないと……。
「えっと……私が孤児院で育ったから、かな。こういう差し入れとかあると、すごく嬉しいのよ」
「ああ。そうなのですね」
「うん」
よし! 納得してもらえたみたい!
エリオットは人を試すのが好きな男だ。
あまり疑われないように、自然に振る舞わなければならない。
即ゲームオーバーに直結するような恐ろしいエリオットのイベントは、できるだけ避けたいからだ。
……まあ、とはいえ順番にイベントはやってくるんだけどね。
でもそのときの好感度によってはイベント内容も変わるし、あまり変に思われないようにするのも大事なことだよね!
そんなことを考えながら街中を歩いていると、女の人が何か大きな声を出しているのが聞こえてきた。
「誰かーー! このパンを買ってくれませんかーー? お願いします!」
声のするほうを見ると、少し先に人だかりができているのが目に入った。
看板からして、パン屋の前で何かやっているらしい。
「……なんだろう?」
「店の前に大量のパンが並んでますね。店主らしき女性が必死に売り込んでいます」
「大量のパン?」
作りすぎちゃったのかな? と思ったとき、近くにいた人たちがコソコソと話している声が聞こえてきた。
「なんでも、たくさん予約受けてたのに全部キャンセルされたらしいわよ」
「まあ、ひどいことする人がいるのねぇ」
「あの例の成金のおぼっちゃまよ。パーティーをする予定だったのに、明日に変更するからこれはいらないって店先で言ってたって」
「ああ……あの……」
「…………」
何それ!? ひどい!
材料費だってかかるんだし、当日キャンセルするなら全部買い取りなさいよ!
顔も知らないぼっちゃまに苛立ちを覚えつつ、私はバッグの中に入っているお金を確認した。
この前インクを買いにきたときの残りが入ったままなはずだ。
「ビト。このお金で、あのパンを買えるかしら?」
「……全部買ってもお釣りがきますね」
「よし!」
「え? まさか……」
何か言いかけていたビトの言葉を最後まで聞かずに、私はパン屋に向かって走り出した。
見物客の後ろで、ピョンピョン飛び跳ねながら手を上げて大声を出す。
「そのパン、私が全部買います!」
「そのパン、俺が全部買います!」
……ん?
私と声が、誰かの声と重なった。
店主や周りにいた人たちも驚いたらしく、ワイワイしていた場が一気に静かになる。
全員が、私と私の隣に立っている人物に視線を送っている。
艶のある黒髪に、整いすぎたイケメン──エリーゼの婚約者、ルーカスだ。
ルーカス!? なんでここに!?
同じタイミングで同じセリフを言ったことに、ルーカスも驚いているようだ。
目を丸くしながら、私のことをジッと見ている。
ど、どうしよう!!
またルーカスに会っちゃった!!
ワトフォード公爵家の者だとバレないように、今日も地味な服を着ている私。
あまり貴族令嬢っぽくないからか、周りからはちゃんと払えるの? という不審そうな視線を感じる。
……どうしよう。
ルーカスとは関わりたくないし、やっぱり遠慮しますって言って逃げようかな?
私が一歩後ろに下がると、ルーカスはニコッと優しく微笑んで声をかけてきた。
ルーカスだけは、私に不審そうな目を向けてこない。
「では、半分こにしますか?」
「え?」
「パンです。俺とあなたで、半分こ。あっ、でも全部欲しいのであれば、遠慮しますが」
「あっ……い、いえ。半分こで大丈夫です」
「そうですか。では、そういうことで」
ルーカスはさらに眩しい笑顔を振りまき、周りにいた女性たちから悲鳴に近い歓声を浴びていた。
トップアイドルの生まれ変わりなの? と聞きたくなるほどに完璧な爽やかさだ。
このゲームに、こんなに性格のいいイケメンが存在するなんて……!
イケメン=悪魔のようなクソゲー世界の中で、ルーカスだけが異質のようだ。
さすが、クリアしたのちに出てくるご褒美キャラだと納得せざるを得ない。
「お先にどうぞ」
「……ありがとうございます」
レディファーストまで……!
すごいわ、ルーカス! あなたなら、きっとエリーゼを幸せにしてくれるわね。
そんなことを考えながら、お金を払ってパンを購入した。
半分ことはいえ、数十人分くらいの量はある。
いつの間にか後ろに立っていたビトが、私の代わりに大量のパンを受け取ってくれた。
ビトは、ルーカスがワトフォード家と婚約している相手とは知らないらしい。
ルーカスにまったく興味を示していない。
よかった!
私とルーカスが会ったって、エリオットに報告されたら困るもの。
このまま知らんぷりして行っちゃおう!
急かすように歩き出した私に、ビトが問いかけてくる。
「それで、この大量のパンはどうされるんですか?」
「孤児院の子どもたちに配るわ」
「なるほど」
「早く行きましょ!」
「はい」
スタスタスタ……
ルーカスから離れたくて、私なりに早歩きで進んでいく。
普段私に合わせてゆっくり歩いてくれているビトも、もちろんそんな私のスピードに難なくついてくる……が。
……えーーと……なんで?
なぜか、ビトの後ろからルーカス(とその関係者らしき人)がついてきている。
いくら男性でもやや早歩きのスピードになっているので、たまたま方向が同じなだけとは思えない。
なんでルーカスがついてくるの!?!?
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