第6話 失敗? 成功? どっち?


「……そうか」




 それだけ言うと、ディランは顔を下に向けて黙ってしまった。

 どんな表情をしているのか見えないため、私の選択が正しかったのかどうかが判断できない。




 ……何? これは良い感じなの?




 目が合わないのをいいことに、ジロジロとディランの様子を窺う。

 ゲームではすぐに反応を示すタイプのキャラだっただけに、この無言の時間がやけに恐ろしく感じてしまう。




 もう! なんなの!?

 このドレスで合格なの? 不合格なの?




「……お前がそんな色のドレスを選ぶとはな。いつもはセンスのカケラもないくせに、今日はどうしたんだ?」



 顔を下に向けたまま、ディランがボソッと呟くように聞いてきた。

 まさかゲーム知識のおかげなどとは言えないので、それっぽい答えを返してみる。



「明るい色だったので、華やかなお茶会に合うのではないか……と思ったからです」


「なるほどな。たしかに、エリーゼもいつもお茶会には明るいドレスを着ていっていたようだ」


「!」




 ……ってことは、これは合格!?




 希望の光が差して、安堵から顔を綻ばせたとき──ディランが顔を上げた。

 心底不快そうな顔をしているディランを見て、一瞬にして希望の光が消え去る。




 えっ……?




「お前、もしかしてそれでエリーゼのマネでもしてるつもりか?」


「い、いえ。そんなつもりは……」


「たかだか1ヶ月この家にいただけで、もう貴族令嬢ぶってるとは驚きだよ。まあ、それくらい図々しくなければ、元平民の分際で公爵家に住もうなんて思わないか」


「…………」



 汚い害虫でも見ているような視線が、完全に私を見下しているそのセリフが、ピリピリと私の神経をすり減らしていく。

 

 ディランはゆっくり近づいてくるなり、手を伸ばして私の首に触れてきた。

 首を絞められるのかと、恐怖で体が硬直する。




 なっ……何!?




「いいか。俺はお前がエリーゼの身代わりだなんて認めない。エリーゼは生きてる。もしお前がエリーゼの居場所を奪おうとしたら……そのときは容赦なくお前を……」


「…………っ」



 獣のような赤い瞳にギロッと睨まれて、腰が抜けてしまったらしい。

 床にペタンと座った私を上から見下ろしながら、ディランは「調子にのるなよ」と言ってマゼランとともに部屋から出ていった。


 バタン!!


 強く扉が閉められ、部屋に私1人になった瞬間──止めていた息を一気に吐き出す。



「……はぁっ、はぁ……はぁっ……何、今の……。ほ、本当に、首を締められるかと思っ……」



 ガタガタと体が震えていてうまく喋られない。

 こんなにも自分の死を身近に感じたのは初めてだ。




 乱暴者だってわかってたけど、まさか実物はあんなに怖いなんて!



 

 あんな顔、ゲームの画面では見たことがない。

 エリーゼのドレスを選んだときはすごく怒っていたけど、少し眉を吊り上げた怒りの表情とセリフが載っているだけで、ここまでの恐怖を感じることはなかった。



「こ、怖かったぁ……」



 ドッドッドッと激しく動く心臓を落ち着かせるように、ふーー……と深呼吸をする。

 たとえゲームと同じ展開になろうとも、画面で見ているだけなのと実際に体験するのではこんなにも違うものなのか。




 ……でも、これって結局イベント失敗しちゃったってことなのかな?

 ブチギレてたし、好感度が3%落ちてたらどうしよう……!




 自分の視界の下のほうにある本のマークにチラリと視線を向け、恐る恐る触れてみる。


 ピロン


『好感度


 エリオット……8%

 ディラン……11%

 レオン……12%』




 ……えっ!? 11%!?

 ディランの好感度が1%上がってる!?




「嘘……」




 あんなに怒ってたのに、一応正解だった……ってこと?




 このイベントでは、元々どの選択肢を選ぼうが好感度は下がる予定だった。

 その好感度が上がっていた。滅多に上がらない好感度が上がっていた! ……というのに、素直に喜ぶことができない。



「正解を選んだのに、1%しか上がらないなんて……」



 しかも、本気の睨みと脅しのオプション付きだ。

 このまま簡単に好感度100%にいくとは到底思えない。




 無理。やっぱりどう考えても無理!

 自分で選択肢を増やせるならなんとかなるかもとか思ったけど、絶対に無理!!

 



 私を憎んでいるディランの目を思い出すと、ゾッと背筋が寒くなる。



「なんとしてでもエリーゼを見つけてここから逃げなきゃ……!」

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