№Ⅳ 奴隷堕ち



「あ……うあ、」


 声が上手く出せない。

 足に力が入らない。

 気持ち悪い。ただただ気持ちが悪い。泥水を口から流し込まれたような気分だ……。


 ユーリシカはマントの付いた服を着直して何事もなかったかのように会話を切り出す。


「さて、私はすぐに帝国へつわけだが、君はどうしようか? 尾を付けて帝国宰相にペットとして紹介するのも悪くないが、今はそんな悪ふざけをする時でもなし。――よし、この女の扱いは君に任せよう――〈アル〉」


 アル?


「承知いたしました。ユーリシカ様」


 まさか……


「うそ、でしょ?」


 帝国兵の影から現れたのは私のよく知る少女……侍女見習いの〈アル〉だった。


「ご苦労だったな。君がこの城に抜け道を作ってくれたおかげで、計画は円滑に進んだ。その褒美だ、望み通り彼女を好きにするといい」


「ありがたき幸せ。必ずや、ユーリシカ様に従順なペットへと変えて見せます」


 抜け道? 彼女が……?


――“こらアル! ここを掃除しろと言った覚えはありませんよ!”


 そうだ。アルはよく、誰も見ない所を掃除していた。私は見えない所も掃除するアルに感心していた。でも、まさかあの時に?


 いや、でも、なぜ彼女が?


 望み通りって……?


「どうして、アル……?」

「ふふっ、可愛いシャーリー様」


 アルは私に近づき、腕を振るう。


「痛っ!?」


 頬の痛みから私はビンタされた事実に気づいた。


「私は、ずっとシャーリー様を自分の好きにしたかったんです。憧れだったんです、あなたが。性欲の対象としてね……ただ見てるだけでも幸せでしたが、やっぱり好きなあなたを眺めるだけでは満足できなかった。そんな時にユーリシカ様に声をかけてもらったのですよ」


「性欲? 憧れ? そんな理由で、私を……王国を裏切ったの? あなたを拾ったヘレンも、その男に殺されたと言うのに……」


「ああ、いいですね。その顔……その表情。高潔なあなたが、どこまで堕ちるか、今からでも楽しみです」


「ははは! 素晴らしい人望だな、シャーリーよ」


 そうか、そういうことか。

 どうして、私がアルと仲良くできなかったか、その答えをようやく得ることができた。

 

「仲良くできるはずもない。貴様は、貴様らは、人ではないのだから」


 下衆。

 人の皮を被ったクズ。


 こんな奴らが同じ人間というしゅである事実が恥ずかしい。ふざけるな。貴様らにこの身を弄ばれるぐらいなら、今ここで舌を噛み切ってやる――!



「そうだシャーリー。君に吉報をくれてやる」



 ユーリシカは、呪いの言葉を残す。


「君の両親は生きているよ」


 その言葉は、私の顎から力を吸い取った。


「え――――」


「本当さ。今のところ処刑の予定もない。もはやただの木偶だからね、生かすも殺すも大差ないのさ。もしも君が一か月、私の部下の遊びに付き合えたのなら――家族ともども追放と言う形で逃がしてもいい」


 死のうとする心を繋ぎ留められた。


 生きている。父上と母上は生きている。それだけで、闇の内に光を見てしまった。


「私が耐え抜けば、父上と母上に手は出さないと……」


「約束しよう。その代わり、君は笑って彼らの欲を受け止めるんだ。豚のように鳴けと命じられたら鳴け。犬のように腰を振れと言われたら振れ。それができたのなら、約束は必ず守ろう」


 生まれてからずっと守り続けて来た誇り、尊厳。


 それらを全て捨てればまた、家族で暮らせる。それならば……私は、


「私は――」


 全てを――


 胸の内から濁りが広がる。

 怒りが爆発する。屈辱が、身体を三周してなお勢いを保つ。


 涙があふれる。顔が真っ赤になっているのを感じる。己のさがが全力で否定する中、私は絞り出すように屈服の言葉を口にする。


「……望むままにっ!」


 不意に浮かんだ家族の顔が、私の心を決めた。

 この先にある地獄を知らずに、私は私の心を、体を、ユーリシカに売ってしまった。


「それでいい。ではなシャーリー。次に会う時を楽しみにしている」


 それから、私は休む間も無く何十と言う男の相手をさせられた。偽りの悦楽に身を投じ、己の今までの全てを否定する――正真正銘の地獄が始まった……。



 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

皆様からの応援がモチベーションになります。

何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る