私を犯した罪は大きい ~奴隷王女の復讐記~

空松蓮司

episode1 奴隷王女の誕生

№Ⅰ シャーリー=フォン=グリム

 死神の系譜。私の家〈グリム王家〉は代々そう呼ばれていた。

 蔑称ではない。我が王国では〈死神〉は神聖な存在として祭り上げられている。だから私も“死神グリム”の名を誇りに思っていた。その本当の意味も知らずに――



「しーにがみさん、しにがみさん♪ 今宵はどちらで踊ろうか♪」



 太陽の日差しをカーテン越しに浴びながら、私は口ずさむ。

 昔、優しい兄上がよく歌っていたものだ。幼少期から何度も聞かされ、普通なら飽きそうなものだが……私は不思議とこの歌が大好きだった。


今でもよく覚えている。私の七つ上の兄。今はもういない、私が八歳になる誕生日に亡くなった優しくてカッコよかった兄――この歌を歌うと、鮮明にその姿を思い出せる。



「たましいひとーついかがかな♪」



「シャーリー王女。国王陛下がお呼びです」



「きゃっ!? へ、ヘレン!? げほっ、げほっ! ……入る時は声を掛けなさいとあれほど――」



 彼女は侍女のヘレン。鉄仮面が張り付いた私の世話係である。


「かけましたが、シャーリー王女が機嫌よく歌っていたせいで聞き逃したのではないですか」


 最近、言葉がきつくなってきている気がする。


「はぁ……もういいわ」


 侍女ヘレンの伝言を聞き、私は帝王学の自習を辞めて椅子から腰を上げる。



「父上はどちらに?」



 シャーリー=フォン=グリム。それが私の名だ。


 父上が統治する〈ヘルベレム王国〉にて生を受け、生まれて十五年清廉潔白を志して成長してきた。父上のように優しく穏やかに、母上のように強く芯のもった女性に。王家としての誇りを抱いて生きて来た。だからと言うわけではないが、こんな小娘な私でも、慕ってくれる人間は多い。


「……あ! しゃ、シャーリー様! お、おはよううるわしゅう!!」


 侍女見習いのアルだ。雑巾をトレードマークと言わんばかりにいつも雑巾がけを熱心にやっている。私より一つ年下で、猫のような愛嬌のある少女だ。


「こらアル! ここを掃除しろと言った覚えはありませんよ!」


「す、すみませんヘレン様……!」


「それになんですか先ほどの挨拶は……“おはよううるわしゅう”なんていう言葉はありません。まったくアナタはいつも――」


「まぁいいじゃない。ヘレン、貴女は少し口が過ぎる時があるわ」


 私はアルに近づき、アルの頭を撫でる。


「ご苦労様、アル。いつも掃除ありがとね」


 私が言葉をかけると、アルは顔を紅潮させて深々と頭を下げた。


「しゃ、シャーリー様ぁ!? な、なんとおそれおおい……」


 アルは……なんというか、私に対して少し過剰な反応をする。珍しく年の近い子だから仲良くしたいけど、中々うまくいかない。


 ここで退いたらまた同じことの繰り返し……ならば。と私は誘いをかける。


「アル、良かったら今度お茶会でもどう? ちょうど貴女が好きそうな茶葉が入ったの」


「お、お茶会ぃ!? ひ、拾われた身である私が、高貴なるシャーリー様とおおおお茶会なんてぇぇーーー!?」


――失敗した。


 ぷすん。と何かが蒸発する音がしたと思うと、アルが白目を剥いて倒れてしまった。


「アル!?」


「……気絶、してますね。シャーリー様、私は彼女をベットへ運ぶので、申し訳ございませんがここからは一人でお願いできますか?」


 ヘレンは顔を青くして、残念そうにため息をつく。

 ヘレンの気持ちはわかる。アルは彼女が拾ってきた捨て子、彼女の失態を見て一番頭を悩ませる立場なのだ。


「――わかったわ。はぁ……本当にうまくいかないものね」


 交渉術、会話術はまた一から勉強し直そう。







 我がグリム王家が済む城〈シックル城〉の中庭は、陽がほどよく射す穏やかな場所だ。

 庭師によって整えられた草花が陽光を迎え、中央にある真っ白なテーブルに反射する。テーブルの側で、背もたれのある椅子をギーコギーコと鳴らしながら、父上はいつも甘すぎるクッキーと渋みのある紅茶を口へ運ぶのだ。


「シャーリー=フォン=グリム。ただいま参りました」


 私はスカートの裾を掴み、軽くスカートを持ち上げて頭を下げる。父上はそんな私の所作を見て、不機嫌な顔を見せた。


「シャーリーよ。父の前でそう堅くなるな。肩が凝る」


「しかし父上、私は王家として民や他の貴族の手本とならねばなりません。ゆえに、家族が相手でも基本の礼儀を怠るわけにはいかないのです」


「むぅ、信念は立派だが、家族にさえそういった態度を取られると私の気が滅入る……」


「わかりました。ではお言葉に甘えて、無礼を承知で少しだけ忠言を言わせていただきます。――父上、王たる者が従者の前でクッキー片手に足を組むなど、無作法にもほどがあります」


 父上はソッと右手にもった砂糖きらめくクッキーを皿に戻す。


「それに口の周りにクッキーの欠片が付いていますよ。王たる者が――」


「わかった! もうわかったから大丈夫! ――まったく、母に似て口うるさくなったな……」


「母上に? それは……ふふっ、嬉しいですね」


 いつも通りのやり取りを終え、ようやく父は本題を切り出す。


「シャーリーよ。ここにお前を呼んだのは他でもない、例の縁談についてだ」


「ユーリシカ辺境伯の……」


 フェルディア=ユーリシカ。

 帝国に繋がる〈カルテナ大橋〉を含む、外交においての重要拠点を領地に持つ男。王家を除けば間違いなく現ヘルベレム王国に最大の人材。その男が私に縁談を申し込んでいるのだが……


「申し訳ございません父上。私はどうしてもあの男が信用できないのです」


 ユーリシカ辺境伯は表向きは良き権力者だが、裏の顔は計り知れない。

 どれも噂の域を出ないが、帝国と裏で不法な貿易をしているとか、女性をペットのように飼いならしているとか、はたまた“”の類の怪しげな研究をしているとか――


「そうか! 実はな、私もこの縁談には反対だった。奴はどうも裏がある気がしてならない」


「母上はなにか申しておりましたか?」


「『シャーリーの意思を第一に』だそうだ」


「そうですか……」


「お前の意思を尊重しよう。ユーリシカ辺境伯にはしっかりと断りの報を入れておく」


「お手を煩わせて申し訳ございません、父上」


「なーに、大したことではない。お前には、私が認めたしっかりとした男と結ばれてほしいからな!」


「私の意思を第一に。ですよね、父上?」


「はっはっは! わかっているさ」


 私は頭を下げて、父上の前から去る。

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