第5話

(次郎を死なせるものか!)

 えんはとっさに、氷を受け止めようと、両腕を広げた。

 氷の重量を感じたのは一瞬。凍てつくような冷たさに身震いしたが、えんはひるまなかった。

 えんは氷に張りつき、歯を食いしばってふんばった。ぜったいに手を離さなかった。


 背後で、次郎のわめく声がする。逃げろと叫んでいるようだ。

(おまえを護ってやれるのなら、本望だよ)


 えんを孤独から救ったのは、次郎だった。

 今度は、えんが次郎を救うのだ。


 えんは炎の勢いを強めた。身体中の血が沸騰ふっとうし、炎はめらめら、ゆらゆらとえんの肌を焼く。

 熱さは感じない。焼け死んでも、氷に押しつぶされたとしても、こわくなかった。

(おれは、炎とともに生まれた。きっと、今日のために、この力を持っていたのだ)


 えんの顔のあざ──大繩でぶたれたような黒いあざに異変が起きた。

 あざが皮膚から飛び出し、空中でひゅんひゅんと旋回せんかいする。大繩は、氷とえんをかたく縛りつけた。


「うおぉぉぉぉ!」


 えんから発せられる炎は小屋に焼き移り、あたりを燃やし尽くし、やがて、氷をとかした。

(ああ、あったかい。炎に抱きしめられているみたいだ)

 母のぬくもりとはこんな感じなのかもしれないと、えんはまどろんだ。

 ──そうして、えんは火炎になった。



 焼け落ちた小屋から、次郎は脱出した。

 炎はおさまり、氷もすっかりとけている。


「あにじゃー!」


 必死にえんを探すが、見当たらない。


「ほにゃあ、ほにゃあ」


 赤ん坊が泣いている。

 生まれたままの姿の赤ん坊が、焼け野原に寝かされているではないか。


「これは……」


 赤ん坊の腹には、大繩でぶたれたような黒いあざ。


「あにじゃ、ちっこくなっちゃったのか」


 おっかなびっくり、次郎は赤ん坊を抱きあげた。

 赤ん坊は、澄んだ瞳から涙をこぼした。心細そうに、次郎を見つめている。


「なあんにも、こわいことはないよ。おらがめんどうをみる。おらのおとうとになればいい」


 次郎は身体をゆすり、赤ん坊をあやした。

 顔とちがって、腹にできたあざなら、隠し通せるだろう。

 両親が反対しても、自分の力で育ててみせる。


(いけにえになるのは、やめた! おらは、このこをそだてなくちゃならない。あにじゃだって、ひとりでくらしていたんだ。おらにだってできる)

 決意を胸に、次郎は赤ん坊を天にかかげた。

 ぽつり、ぽつりとあたたかなしずくが、次郎のほほをぬらした。

 待ち望んだ慈雨じうが、村に降りそそいだのだった。了

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かえんの子【異能・和風ファンタジー】 その子四十路 @sonokoyosoji

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