未来からの彼女

@jinguuji_ryuuga

第1話 未来の彼女がやってきた

 放課後の帰り道、俺はいつものように自転車を漕いでいた。夕焼けの色が街全体を染め上げ、風が心地よく顔をなでていく。今日も何事もなく一日が終わる。平凡な日常が続く、そんなふうに思っていた——そのときまでは。


 ふと視界の端に、銀色に輝く何かがひらりと舞い上がった。柔らかく風に揺れる長い髪。その髪の持ち主が、俺の前にふわりと立ちはだかった。


 「……もしかして、悠真くん?」


 見知らぬ美少女の声が、俺の名前を呼んだ。突然のことに驚いてブレーキを強めに握り、自転車を急に止めた。少女は俺をまっすぐ見つめている。銀色の長い髪が夕陽に照らされて輝き、透き通るような白い肌、まるで何か別世界から来たかのような、薄い青みがかった瞳……どこか幻想的な雰囲気を纏っていた。


 「君、誰?」


 俺は警戒しつつも、つい問いかけてしまった。どこかで見たことがあるような、ないような——妙な既視感があるのに、確実に俺の知っている人ではない。


 少女は少し微笑んで、俺の反応を楽しむように首を傾げた。その仕草が妙に可愛らしくて、俺の心が何だかざわつく。


 「私? 私はね……未来から来たんだよ、悠真くん」


 未来から——俺は思わず眉をひそめる。訳のわからない話に戸惑いを隠せない。


 「未来からって……何言ってんだ?」


 俺が少し訝しげに聞き返すと、彼女は堂々とした態度で頷く。


 「そう、未来から来たの。信じ難いよね。でも、悠真くんに危険が迫っているの」


 「俺に? 危険……?」


 彼女はまるで事実を告げるように、当たり前のように語る。俺は一歩後ずさりし、彼女との距離を取りつつも、その神秘的な雰囲気に惹きつけられていた。


 「そうだよ、悠真くん。あなたは近い未来に、大きな危険に巻き込まれるの。それを回避するために、私は未来から来た」


 彼女の言葉は、普通なら信じがたいはずなのに、なぜか妙に説得力があった。夕焼けの中で真剣な表情を浮かべる彼女の瞳が、俺にまっすぐに語りかけてくる。


 「……信じられないけど、どうして俺のことを知ってるんだ?」


 その問いに彼女は一瞬視線を落とし、再び俺の顔を見つめて微笑んだ。


 「だって、私は悠真くんの未来の恋人だから」


 その言葉が頭に飛び込んできた瞬間、俺は完全に固まった。まるで、脳が急停止したかのように、思考が停止する。


 「は、は? 恋人って……初対面だよな?」


 俺は思わず声を荒げるが、彼女は少しも動じず、むしろ嬉しそうに笑みを浮かべた。


 「今は初対面かもしれない。でも、未来では違うんだよ」


 彼女はふわりと俺の手を取った。冷たくも温かくもない、奇妙な感触に、俺は息を呑んだ。


 「悠真くん、私を信じてほしいの。未来では私たちは運命で結ばれている。でも、あなたに危険が迫っている……私はあなたを守るために、ここに来たんだ」


 その一言で、俺の心はますます混乱した。未来だとか、運命だとか、そんな荒唐無稽な話が現実のはずがない。なのに、彼女の真剣な眼差しを見つめていると、思わず信じてしまいそうになる。


 「……でもさ、それじゃ、俺はどうすればいいんだ?」


 俺が困惑しながら聞くと、彼女は小さく笑った。


 「何も考えなくていいよ。私が守るから」


 そう言って、彼女は俺の手をそっと離し、夕焼けに染まる空を見上げた。その横顔がどこか寂しげに見えて、俺はなんとなく胸が締め付けられるような気がした。


 「……本気なんだな?」


 俺が半ば独り言のようにつぶやくと、彼女はにっこりと微笑み、頷いた。その笑顔が、なぜか不安を取り除くような、そんな不思議な感覚をもたらした。


 「じゃあ、まずは私と一緒に帰ろう? 色々と話したいことがあるから」


 彼女は俺の自転車に目をやり、ふわりと身を翻して俺の横に並ぶ。その動きが、まるで風に舞う羽のように軽やかで、俺は気づけば彼女の隣を歩いていた。


 「……あのさ、本当に未来から来たって言うなら、俺の好きな食べ物くらい知ってるのか?」


 からかうように言ってみたが、彼女は真剣に頷き、満面の笑みを浮かべた。


 「もちろん、悠真くんの好物は唐揚げでしょ? 特にレモンが少しかかってるのが好きなんだよね」


 思わず足が止まった。どうしてそんなことを——いや、彼女が本当に未来から来たなんて信じているわけじゃないけど。


 「お前、何者なんだ……?」


 彼女はただニコニコしながら俺の顔を見ている。心の奥底で小さな不安が芽生えながらも、俺はそれを押し殺して再び歩き出した。


 しばらく二人で歩いていると、彼女がふと立ち止まる。


 「ねえ、悠真くん……私のこと、少しは信じてくれる?」


 不安そうな表情を浮かべる彼女の顔を見て、俺は一瞬戸惑ったが、軽く頷いた。


 「まぁ、少なくとも……君が俺のことを知っているのは間違いないからな」


 俺がそう言うと、彼女は顔をほころばせ、ほっとしたように微笑んだ。その笑顔が、どうしようもなく心に焼き付く。


 「よかった……私、悠真くんと一緒にいられて、本当に嬉しいんだ」


 彼女がふと夕陽を見上げる。その横顔がどこか切なく、美しく見えて、俺はなぜか胸が少し痛んだ。


 「ねえ、これからも一緒にいてくれるよね?」


 不安げな彼女の声に、俺は少し考えてから、微笑みを返した。


 「……まぁ、君がそんなに俺のことを守りたいっていうなら、しばらくは付き合ってやるよ」


 彼女は大きく頷き、再び笑顔を見せた。その笑顔が、俺の中に小さな温もりを残しながら、夕焼けの中で俺たちは並んで歩き続けた。


帰り道のわずかな時間にもかかわらず、彼女の存在が俺にとって特別なものに感じられていく。未来から来たとか、恋人だとか、そんな話は信じられないが、不思議と彼女といると心が穏やかになる。

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