第71話:百年に一度の巡り合わせに
「よう、おはよう。よく寝たか?」
デュクスは、いつものようにギルドにいた。俺と、俺の左腕にぶら下がるようにしているシェリィを見ると、ジョッキを掲げた。朝から酒を飲んでいるらしい。
「よく寝たよ。なんか支部長から聞いたけど、仕事があるのか?」
「耳が早いな。まあまずは腹ごしらえだ」
デュクスは運ばれてきた、肉を挟んだパンにかぶりつく。
俺たちも、素揚げ肉を注文してから席に着いた。
「でだ。仕事ってのは、要は
「
首をかしげると、デュクスは目を丸くし、そしてため息をついた。
「おいおい、いくら物忘れだからって、
「は、はは……ごめん」
この異世界で不審に思われないように、記憶喪失を装っているせいだとはいえ、この世界の知識のなさを露呈するたびにこの反応。……うん、仕方ないよな。だって知らないんだから。
「
オレもまだ直接は見たことがないんだ、と笑うデュクス。
「他の国はどうだか知らんが、少なくともこの国の
全く意味が分からないけれど、とりあえず聞いていると、デュクスがまたため息をついた。
「……今度はなんだ、
笑ってごまかすと、今度は脳天に拳が落ちてきた。
「百周年ごとに、創世の双神の
デュクスに怒られてしまったけれど、知らないものは知らないんだからしょうがないだろ──とは、あえて言わない。
「神が世界をお作りになられてから100年、神への
「神の、左手……」
「そうだ。だから神の右手──『光あれ』を模して、挨拶は右手で行う。新たな出会いへの感謝を示すんだ。一方、悔い改めよ、常に神と共にあれ──神の左手を模して、女は未来を共にすると決めた伴侶たる男の左側に控えるのさ」
デュクスが、シェリィを見ながらニヤリと笑みを浮かべる。
……え?
まさか、シェリィがいつも俺の左腕にぶら下がるようにしているって、そういう意味なのか⁉︎
思わず彼女の顔を見ると、シェリィは「んう?」と小首をかしげて、そしてうれしそうに微笑んだ。
「うん。ボク、ご主人さまのおそばにいる、そう決めたもん。ずっとずっと、おそばにお仕えするの。だからボク、こっちにいるの」
……なんてこった!
シェリィがずっと俺の左側にこだわってきたのって、そういう意味があったのか!
「え……じゃあ、デュクス、俺がいつも、シェリィの頭をなでるのをやめろって言うのは……?」
「決まっているだろう。『
「……ぷろえりうむ?」
「将来を共にする、誓いの儀式の一つだぞ。『
……知らん! 知らないぞ、そんな風習!
「なんだ、その呆けた顔は。そういう重い契約を結んでいる証なんだから、軽々しく人前でやるなと言ってきたんだ。いくら
つまり俺、知らないうちにシェリィのことを、婚約者扱いしてきたってこと? それも堂々と、人前で……⁉︎
「あん? そのつもりだったんだろう? まさか、違うと言いたいのか?」
違う、と言いたかったけれど、すぐ左隣のシェリィがひどく不安げな顔をむけてきたものだから、違うなんて言えなくなっちゃったよ!
するとシェリィの今までの態度って、つまり、俺の婚約者として振る舞ってきたってこと⁉︎ 俺のことを「ご主人さま」って呼ぶのも、左隣にいつもいるのも、従者ではなく、婚約者として意識してきたってことか⁉︎
それもこれも、俺が彼女の頭をなで続けてきたから⁉︎
「まあ、確かにそいつを婚姻の要件にするってのは、国によっては絶対的でなくなりつつあるなんて話も聞くが……」
ぜひそうしてくれっ! 俺はシェリィの頭とかふかふかな耳とかを触って楽しんでるだけなんだっ!
「代わりに、なにやら豪勢な家具を馬車一杯に詰め込んで、見せびらかすように派手に通りを練り歩くとか、結婚式前の
え、なにそのハデ婚。そっちはそっちで恥ずかしい、勘弁してくれ! ていうか、結婚前提なのかよ!
心の中で突っ込みまくりだけど、でも本当は俺だけが知らなかったんだから、俺こそが突っ込まれるんだよな。
分かった、もういい。今後の行動は、「とりあえず頭をなでる」ことだけは戒めよう。
……頭をなでるたびに、本当にうれしそうな顔で、耳をぱたぱたさせながらしっぽを振る姿は、可愛くて癒されるんだけどな。
出発の準備は忙しかった。出発までの時間もなかったけれど、いつもの三人だけではなく、ほかの人たちとのやりとりもあったからだ。
今回はデュクスというコネを活かし、この冒険者ギルドの支部からデュクスを含めた「信頼のおける人間」が10人、選出された。俺はデュクスの世話人という形ではあったけれど、その10人の中に俺が選ばれたことは、すごく名誉なことらしかった。
……といっても、地道に働くことを嫌い、一発逆転を狙うか、適当に稼いでその日暮らしができればいいという気ままな利己主義者の集団、それが冒険者だ。所属している自分がそう感じるのだから間違いない。
適当に稼いで、貯蓄もせずに食って飲んで騒いで、そして金がなくなればまた、日銭稼ぎの仕事を探す。そんな人間が大半なので、緊張の連続となる警備任務、それも重要な宗教イベントの会場警備に就きたがる男がどれくらいいたかというと、かなり怪しい。
10人はデュクスが選定し、比較的早く決まったけれど、迷うことがほとんどなかったみたいだから、それだけ「腕前」よりも警備任務を任すことができる「人間的な信用」のある冒険者が多くないってことなのかもしれない。
あと、「信頼のおける
聞いたときはかなり腹が立ったけれど、「
シェリィは俺よりはるかに鋭い感覚を持っていて、先日の薬草採集でも大いに役立った。警備任務には、きっと役に立つはずだ。
それに、デュクスが楽しみにしているほど華やかな儀式、それも100年に一度という貴重なものだという。もしかしたら警備任務に就けば、それが見られるかもしれない。
俺は創世の女神なんてよく分からないからどうでもいいけれど、シェリィは信仰しているのだから、どうせならこの機会に見せてあげることができたら、と思ったんだ。
で、今回、俺の
彼女自身がすごい身体能力の持ち主だから、それを邪魔しないように胸甲以外はハードレザーではなくソフトレザーなんだけど、全体のフォルムはドイツ女性の民族衣装のようにも見える、どことなく可愛らしい感じに見えるのが気に入ったんだ。
「お前さんは間違いなく金のかけどころを間違えた」
デュクスにはそうあきれられたけれど、美しく装飾された剣とか鎧なんて、俺にはどうだっていいんだ。リィダさんがくれた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます