第18話:一番いい装備を頼む、とは
「お前さん、店に入って開口一番、『一番いい装備を頼みます』って、どこでそんな物言いを覚えてきたんだ」
武具屋を出た俺を、デュクスがまたネタにする。
「だいいち、『いい装備』って簡単に言うがな。お前さんは何を以ってそのよさを決めるんだ? 素材か? 加工精度か? 動きやすさか? 硬さってだけなら鉄板でも抱えてろ。それに、身を守るってんなら、鎧よりも盾の方がよっぽど重要だぞ」
デュクスの言葉に、俺は何も言い返せなかった。俺はずっと剣道をやってきたはずだったのに、「装備品」についてゲームのような感覚だったんだ。
まず、鎧っていうのは、大量生産品じゃなくて、ひとつひとつが一品ものだった。全部、職人の手作り。本来なら鎧っていうのは、採寸から始めるオーダーメイドの品だったんだ。
だけど、武具を扱う店には既製品もあって、調整用の革紐を緩めたりきつく縛ったりしてサイズを合わせて着ることができるようにしてある、というわけだ。もちろん、オーダーメイドよりも体にフィットするとはいいがたいから、そこは各自の創意工夫でなんとかしろということらしい。
で、さっきの無知を晒す俺のセリフが、「一番いい装備を頼みます」だったわけだ。オーダーメイドで、きちんと体に合わせて作られたものを、既製品が越えることはできないってことだ。
あの時の店主の、「叩き出すぞ」という無言の圧力と、デュクスの方を見て「何を連れてきた」という冷ややかな目。あれはいたたまれなかった。
そして、鋼鉄の全身鎧のペラッペラ具合と、それでも意外に硬かったという驚き。なによりも、展示用のきらびやかな全身鎧の、あまりの値段の高さ。
とりあえず金貨数枚が必要で、金貨ってのは一般的な銀貨でおよそ50枚程度の価値があり、もっというと銀貨ってのは切り詰めたらひと一人が1ヶ月食べていけるくらいの額とのこと。
……え?
仮に1ヶ月の食費を切り詰めて2万円くらいだったとして、100万円。その数枚分……仮に金貨5枚だとして、500万円⁉︎ というわけで、全身鎧は最初から無理無茶な金額だった。
「お前さんの体格からして、動きを制限する重い金属鎧は勧められん。皮革鎧にしておけ」
話によると、鎧っていうのは最後の防御手段なんだけど、例えばデュクスが持っている折りたたみ式の小型機械弓の矢も、当たり方によっては防げないんだとか。
「無いよりはマシだが、オレたちの相手は、基本的に人間じゃないからな。たとえ鎧を着ていても、ぶちのめされたらへしゃげた鎧ごと、あの世行きだ」
考えてみれば、あの最初の夜に遭遇した熊の剛腕による一撃を喰らってしまったら、どんなに立派な鎧であってもどうにもならないだろう。人間対人間の世界じゃないんだ、ここは。
だから、本当はひと揃いの鎧の方が見栄えが良かったんだけど、俺の動きやすさを最優先にして、軽くて丈夫、なおかつ安いものを、という観点で、胸当て、籠手、脛当てなど、バラで購入した。初めて会ったあの冒険者たちが、ちぐはぐな格好をしていた理由がよく分かった。
で、昨日の賭けで巻き上げたお金を元に、特に強く勧められたのが、「
ぱっと見た目は、ゆったりとしたツーピースのレインコート。薄くて柔らかくて丈夫。それに川辺に棲息する魔獣の革ということで、水をよく弾き、かつ蒸れにくいのだという。
なんなら革の鎧よりもずっと高かった。素材の違いという奴らしい。
「バフコートは、たとえ全身鎧を着ていても隙間から入ってくる
……だそうである。昨日、賭けに勝って本当に良かった……!
「ま、冒険者の駆け出しを名乗る程度には、体裁が整ったな。お前さん、これからどうする?」
「え? 武器は?」
思わず聞き返すと、デュクスは肩をすくめてみせた。
「何を言っているんだ。ズゴットの剣を拾ってあるだろ。お前さんは当分、アレでいい」
「え、あれを?」
「ヤツの剣は
いや……それ、例の白髪男の死体から剥ぎ取った剣だよね?
祟られるとかそーいうことを気にするわけじゃないけどさ。だって白髪男って、例の熊野郎に手も足も出ずに瞬殺された挙げ句に食われたんだ。そんな男の持ち物なんて、縁起が悪すぎじゃないか?
「なんだお前さん、そんなことを気にしているのか?」
デュクスは小さく笑ったあと、空を見上げた。
「死はオレたち冒険者にとって日常の一つだ。言ったろ、遺品は有効活用するモンだと。言ってみれば、それが弔いってヤツさ。オレたちが倒れる番になったとき、オレたちの持ち物が運良く回収されれば、そいつらに今度は使われる。そうやって巡ってるんだよ、オレたちはな」
一人ひとりの死が前提になっているなんて、なんて刹那的なんだろう! だけど常在戦場の心得というか、冒険者ってのはそういうものなのかもしれない。
「刹那的、ね。そうだな。どんなにいい装備を手に入れても、それを使いこなせなきゃ、そいつが次の奴に回る。一番いい装備ってのは、結局、使うヤツにとって必要な時に、必要十分な力を発揮できるモノのことをいうんだ。誰にとっても、どんな時でも一番いい、なんて都合のいいモノはねえんだよ」
どこか遠くを見ながら語るデュクス。なにか、思うところがあるんだろう。
「おっと、話がそれたな。お前さん、これからどうするつもりだ? 今日はもうギルドに戻って、仕事の依頼を受けておくのも悪くないぜ? うまい話はそう残っちゃいないだろうが……」
仕事の依頼! 急にゲームっぽくなってきたじゃないか。最初の熊退治は成り行きだったけれど、今度は自分で、困っている人からの依頼に応えるんだ。やっぱりモンスターの討伐だろうか。それとも、薬草採集とかそういうので最初は慣れていったほうがいいんだろうか。胸が弾む。
「最初のうちは確実に生きて帰れる仕事がいいが、お前さんの場合、腕っぷしだけは悪くなさそうだからな。ほかの冒険者のやりかたを学べるようなもののほうがいいかもしれん」
確実に生きて帰れる仕事って。
でも、冒険者の仕事ってのは、つまりはそういうものなんだろう。思わずつばを飲み込む。
「……だったらデュクス、武具を整えたのはいいんだけど、その……もしものためにヒットポイント──ええと、怪我をすぐに治す薬とかはあるのか? 『ポーション』みたいな飲み薬とか」
「ぽおしょん? ケガを治す飲み薬?」
デュクスは俺の質問に目を丸くして立ち止まり、そして、なぜか往来で大笑いを始めたんだ。
「お、お前さん、そりゃ冒険物語か何かの読み過ぎだろ! 飲んですぐに傷が治る薬なんて、本当にあると思ってんのか!」
な、無いのか? ポーション!
じゃあ、怪我したらどうするんだ!
うろたえる俺を尻目に、爆笑を続けるデュクス。
「解毒薬ならともかく、飲む傷薬! 飲んだらたちまち傷が塞がって、ちぎれた腕も元通りってか! だ、だめだ、笑いすぎて腹がいてぇ!」
悪かったな、ゲームだとそーいう薬があるんだよ! いや現実の日本にもそんな薬、なかったけどさ!
デュクスはしばらく地面を殴るようにしながら笑い転げていた。だけど、ついに「ご主人さまを笑わないでっ!」とシェリィに飛びかかられて、それを難なく受け流しながら立ち上がると、ふう、と一息ついて、急に真面目な顔に戻った。
「傷をすぐに治すってのは、法術の力を借りなきゃダメだ。薬でどうにかできるものじゃない。傷薬だって、後から膿んだりしないようにするとか痛みを紛らわせるとか、その程度のものだ。薬に、たちまちケガを治すなんて力は無いからな?」
諭すように言われてしまった。じゃあ、逆にこの世界の魔法──法術ってのは、どんなことが、どこまでできるんだろう?
「といっても、戦える法術の使い手なんて、そうそういないからな。王都に行けばゴロゴロいるが、こんな辺境でくすぶっているような奴はそういない」
「そういないってことは、いるのか?」
「この辺だと赤髪のグレダって奴がいたが、そいつはお前さんも目にした通り、もう土の下だ。無いものねだりなんぞ、するだけ無駄だ。考えなくていい」
ギルドに戻ると、スキンヘッドスケベオヤジからデュクスが剣を受け取り、俺に渡してきた。
「ほら、カズマ。これが当分の間、お前さんの身を守る剣だ。ズゴットのモノだから、品は悪く無いはずだ。あとで稽古に付き合ってやる。まずはそいつに慣れることだな」
渡された剣は、さすが鋼鉄製でずっしりと重く……と思いきや、なんだか妙に軽い。気のせいでなく、木刀より軽いんだ。たぶん、尖端までぶっとい木刀とは違う、重心の問題なんだろうけど。
「おい、デュクス。なんであの小僧は木の枝でも振り回すように、
「おもしれえだろ? あれで本人は、自分が化け物って自覚がないんだぜ?」
なんかひどいこと言われてる気がする!
「ただ、あの木刀と比べてさすがに重心が違いすぎるからな……。おおい、カズマ。今日は日が暮れるまで、そいつで素振りしてろ。明日から稽古をつけてやる」
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