ブレイブブレード!~俺は一握りの勇気と一振りの木刀で世界を変える!もふケモ娘と挑む異世界革命~

狐月 耀藍

第一部 異世界転移の異世界剣士

第1話:異世界転移は不条理の塊で

 ドガラガタガランッ! 

 何か硬いモノにぶつかった激しい衝撃、痛み、悲鳴のような何か!


「いっ……てて……!」


 体のあちこちが痛むのをさすりながら、目を開けた。

 ──その目の前でぎらりと輝く、突きつけられた刃! こ、これ剣……真剣、だよな⁉

 状況も何も分からないまま、俺は複数の男たちに押さえつけられ、あっという間に縛り上げられる!


「で、てめえは何者だ。さっさと答えろ」

「何者って……。ここは? あんたらは?」


 天井のでっかい穴や、シンプルな板の壁に開けられた四角い穴から見える星空から、夜だってことは分かる。でも、男たちは統一感のない、鎧のようなものを着ている。

 ──そして、手には剣。


「ほう? 名乗りもせずにオレたちに名乗らせると? 面白い、何に見える」

「え、ええと……。剣道の、同好会の人……では、ないですよね、あはは……」

「おい、聞いたか。オレたちはお貴族さまの剣術ごっこ仲間に見えるんだとさ」


 男たちが一斉に笑い出す。でも、目が全然笑ってない……!


「随分と余裕があるじゃねえか。あえて教えてやるが、オレたちはこの村の畑を荒らす害獣──『魔獣』を狩りに来た冒険者だ」


 ……ま、「魔獣」⁉ 「冒険者」⁉ どっちもゲームとかマンガとかでしか見たことがない単語だぞ! 戸惑う俺に、白髪の男が圧を掛けてくる。


「正直に言え。てめえは誰で、どこの組織の者だ。何が目的だ。てめえのこと、全部話せ」


 俺のことを全部話せとか言われても、と部屋を見まわして気がついた。白髪の男のすぐ後ろの壁際に、板の破片などの下敷きになって倒れている男がいる。そいつの顔をピタピタ叩いていた男が言った。


「だめだ、デュクスの馬鹿野郎め、気絶してやがる。不意打ちだったとはいえ、小僧の下敷きになったくらいで、情けねえヤツだ」


 思わず天井を見上げる。あの天井の穴は俺が空けたってこと? で、倒れてる奴は俺の巻き添えになったってこと⁉︎ つまり俺、この集団のメンバーを一人、ぶちのめしちゃったってことなのか⁉︎

 俺は慌てて頭を下げて叫んだ。


「す、すみません! 俺は遠野とおの一真かずま! あずま高校二年の十七歳! 好きな言葉は『破邪はじゃ顕正けんしょう』の剣道部員で、部活帰りで穴に落ちたと思ったらここにいました! 目的……というか、剣道の高校総体で全国大会出場が夢──」


 どんっ! ──目の前の床に短剣が突き刺さる!


「楽しい自己紹介、ありがとうよ。秘密を守って死に急ぐ姿勢は感心したぜ。ま、オレたちの仕事を横取りしに来たんだろうが──」


 剣の先が眉間に触れた、そのときだ。外から乾いた木の棒を打ち鳴らすようなカラカラという音が聞こえてきた。男たちが一斉に窓の方を見る。


 板の壁に四角い穴をあけただけのシンプルな窓から外をのぞいた男が、「カシラ、おそらく、話に聞いていた害獣・・です。『毛むくじゃらの獣人』の特徴通り。どうも幼獣のようですが、毛並みはなかなか良さそうですぜ」と報告する。


「討伐対象の片方は原初のプリム・獣人族ベスティリング……予想通りだな。幼獣でも、毛並みが良さそうってのは朗報だ。小遣い稼ぎにちょうどいい」


 白髪の男は、ニヤリと笑みを浮かべて「野郎ども、『毛皮狩り』だ。幼獣ってことは小さい。傷をつけると売る面積が減る。出来るだけ無傷で捕らえろ。毛皮でも奴隷でも、どっちでも行けるくらいにな」と男たちに命令すると、俺の脇腹を蹴り飛ばす!


「小僧、貴様の処分はまた後だ」


 男たちは、壁際で倒れている男を残して小屋から出て行った。




 一体ここはどこなんだ。俺は部活帰りの暗い道を、自転車で急いでいたはずなのに。

 途中、ウチの高校の制服を着た女の子がナンパ野郎たちに絡まれて困ってる様子だったから、「嫌がってるだろ」と割り込んだ。で、やっぱり因縁つけてきたから背負っていた木刀を抜いて構えたら、急に態度を変えてどこかに行ってしまった。

 女の子に何度も感謝されて、俺は気分よく、また自転車に乗った。


 人助けは気分がいい。

 ついでに、爺ちゃんがくれたボートのオールみたいなぶっとい木刀は、素振りだけでなく「話し合い」の役にも立ってくれた。やっててよかった剣道部。


 ……そんな俺が、今こうして背中の木刀ごと縛られてるって、なんなんだ? 俺が一体、何をした? 自転車を漕ぎだそうとしたら真っ黒な穴に落ちた、ってことは記憶にある。それから俺、どうなったんだ?


 外からは、男たちの声が聞こえてくる。猫がねずみを嬲るような、あざ笑うような声。それに混じって、か細い悲鳴のような声。

 ……「幼獣」ということは子供のはずだ。いくら畑を荒らす「害獣」でも、か弱い動物をなぶり殺しにするようなやり方は、不快になってくる。


 でも、まずは自分の命だった。今のうちなら逃げられるだろうか──縛られたまま、なんとか体を動かしてドアに近づいていたときだった。

 ドアが歓声と共に開いたと思ったら、男たちがゲラゲラ笑いながら何かを突き飛ばした。そいつは俺の上に倒れこんでくる!


「うわっ……!」


 慌てて受け止めようとしたけれど、そもそも手足を縛られていては、そんなことができるはずもない。


「きゃうっ……!」


 そいつに押しつぶされた俺は、一瞬のふかふかさと「むにゅっ」という柔らかさを感じたあとで、仰向けに倒れた拍子に、背負ったまま縛られていた木刀が背中に食い込む激痛に「ぐげぁっ⁉」とのた打ち回る!


「幼獣とはいえ、こんな上物が手に入るとはな。幸先がいいぜ」

「カシラ! つ、捕まえたのはオレだ、皮を剥ぐのは、まずオレが……!」

「好きにしろ、ただし仕事の後だ。分かってると思うが、毛皮を傷つけるなよ?」


 男たちが下品に笑い合っているのを横目で見ながら、俺は床にうずくまっている「ふかふか」の様子を確かめた。……目が合った。そいつは体を床に丸めて、こちらをにらみつけるようにして、妙に甲高いうなり声を上げる。


 そいつは天井の穴から差し込む月の光を受け、輝くような金色の、ふわふわの毛で覆われている大型犬のように見えた。

 頭のてっぺんには尖端が少し垂れ気味の、三角の耳。長い金色の髪。首周りから胸にかけて、マフラーでも巻いているかのような、ボリュームあるふわふわの白い毛で覆われている。首から胸、お腹、太ももの内側も、雪のように白い。太く長いしっぽは、やっぱりふかふかのマフラーみたいだ。


 もう少しよく見ようとして身を乗り出すと、そいつは細く甲高い声で、「近づかないで!」と叫んだ。驚いて冒険者たちの方を見ると、「ソレも一応は獣人の一種なんですから、普通にしゃべりますよ。ひょっとして初めて見ましたか?」と、赤髪の男が薄く笑った。


「ソレは原初のプリム・獣人族ベスティリングと呼ばれる、獣人の一種です。ヒトどころか獣人にもなれなかった、創世の女神サマの失敗作ですよ。地方によっては交易関係もあるらしいですが、基本的に話が通じない、野蛮なケダモノです」


 赤髪の男の言葉で、ここが地球ですらない「異世界」だと、改めて思い知った。衝撃と同時に、好奇心も湧いてきて、獣人って奴を改めて観察してみた。


 全体的には毛の長い犬に似てるけど、体格も、体に対する手足の長さも、人間そのものだ。何かをつかんでいる手も、指は短いし毛で覆われてるけれど、確かに「人間」らしさを感じた。


 顔も、犬と人を足して2で割ったような感じだ。ただ、人でも犬でもないけれど、眼差しは完全に「人間」だった。感情が伝わってくる、とても綺麗な瞳。


 冒険者たちが言うように、確かにこいつは、「獣人」だった。コリーのような大型犬より少し小さい感じの、「獣の姿をした人」。


 赤髪の男の言葉に、その隣の男が「ここまで毛づやのいいヤツはそういないし、色も金色なんて珍しい。奴隷でも、皮を剥いでも、高く売れそうだぜ」と笑う。


「ど、奴隷……というか、皮を剥ぐ⁉」


 さっきのデブの「皮を剥ぐ」発言は脅しじゃなくて、本気だったのか! 驚く俺に、赤髪の男は細い目をさらに細めた。


「ええ、貴重な獲物ですからね。奴隷はともかく殺して毛皮、というのは本当は問題なんですが、なに、死体を拾って皮を剥いだことにすれば問題ありません」

「い、いや、『人』だから禁止されてるんだろう? 問題だらけじゃないか! というか、本人を目の前にして奴隷だとか皮を剥ぐとか……!」

「あなたも家畜を前にして同じようなことを言うでしょう? それにほら、そのケダモノが握っているものをご覧なさい。畑荒らしに困ったこの村の住人が仕掛けた、毒団子ですよ」


 チビの目が、大きく見開かれる。


あの子・・・が、そんなことするはず、ないもん!」


 チビが牙を剥いて、弱々しい声で叫ぶ。赤髪の男は、それを一瞥して、けれど何事もなかったかのように続けた。


「ほら、害獣・・駆除という村人の狙い通りに毒を食って動けなくなったというのに、いまだにその毒団子を後生大事に持っている。ヒトの口真似をするだけの、知能のないケダモノです」


 そこまで言うか? チビは、よほどショックだったのだろうか。ポロポロと涙をこぼし始めた。

 ああ、こいつ……話の内容をちゃんと分かってるんだ! だけど赤髪の男は、罪悪感とか気まずさとか、そんなものはひとかけらも感じさせないあきれ顔で続ける。


「だからこんなケダモノが、私たちと同じ『ヒト』であるはずがないでしょう?」


 その目に、俺はぞっとした。獣人に対して、これほど自然に差別意識をむき出しにして害獣呼ばわりし、毒を盛ることも奴隷にすることも問題にせず、殺しても拾った死体ということにすれば罪に問われない──そんな世界でこの男たちの邪魔をしてしまった俺は、どう扱われるんだ⁉


「君ですか? そこのケダモノと一緒に奴隷として売るか、ソレは毛皮にして君は奴隷か、どっちかでしょうね。黒髪というのは非常に珍しい色ですし、うまく話を盛れば物好き相手に高く売れるでしょう」


 あああ! やっぱりそうきたかあっ!


 その時、再びカラカラという音が鳴り響いた。しかし、それは中途半端に鳴り止む。同時に、「ガアアアアアッ!」と、腹の底に響くような咆哮!


「来やがった、本命だ! 昼間に見つけた足跡──大岩熊ザクスムルスだ!」


 男たちに緊張が走り、次々に部屋を出て行く。


 最後にデブが「そいつはオレが捕まえたんだ! 解体の最初の第一刀はオレのもんだ! 逃がしたらただじゃおかねえからな!」と叫んで荒々しくドアを閉めて出て行くと、部屋の中は再び静かになる。


「……おい、大丈夫か」


 聞いてみたが、うなるばかりで返事はない。手足を縛られ自由を奪われても、人間には屈しないとでも言うかのように。

 たとえこいつと同じように縛られていても、俺はあの冒険者たちと同じ人間で、敵にしか見えないんだろうな──そう思って、「ごめん、悪かった」と声をかけると、一瞬、そいつは目を丸くした。

 そして、またこっちをにらみつけてしゃべったんだ。


「は、話しかけないで! ヒトなんてきらい!」


 甲高い声でやけにきっぱり拒絶されて、俺は苦笑いした。「そんなに嫌わなくてもいいだろ。あの人たちはどうか知らないけど、俺が何かしたか?」と冗談めかして言うと、「きらい! やっぱりヒトなんてみんな同じだった! 話しかけないで!」という返事。


 確かに見た目は犬を思わせるけど、たぶん、この世界ではそういう種族というだけなんだろう。ちゃんと会話できてるし、感情も豊かみたいだ。ただ、冒険者たちに追い回されたせいか、とても話を聞いてくれそうにない。


 部屋の中では会話の続かない静かな空間が支配しているのに、外からは、怒声や悲鳴が聞こえる。大岩熊ザクスムルスというやつは、強敵なのかもしれない。でも混乱しているのなら、逃げるチャンスだ。奴隷になんてされてたまるか!


 どうにか脱出をともがいていると、木刀に結びつけた袋から、竹刀の手入れ用のカッターが飛び出していることに気付いた。必死に手首を動かして手に取ると、手首を傷だらけにしつつ、なんとかロープをちぎる事に成功! すぐに足のロープも切って俺は立ち上がった。


 そのとき、チビが俺を見上げているのに気がついた。立ち上がった俺から、ずるずると、小さく首を振りながら後ずさる。カッターを見て怖がったのだろうか。


 嫌われているのは分かっているし、余計なお世話かもしれない。でも、このままだと殺されるか奴隷の二択。放ってはおけなかった。


「大丈夫、すぐ逃してやる」


 でも、俺の言葉に対する返事は、想像以上の、チビの悲惨な境遇だった。


「来ないで! ヒトなんてみんな同じでしょ! ボクを毛皮にするんだ! おとうさん、おかあさん、おにいちゃん……みんな大好きだったのに、みんな目の前で毛皮にされた!」


 家族を目の前で毛皮にされた⁉ 衝撃で声が出なかった。そりゃ人間嫌いにもなるだろう。このチビは家族を殺されて、一人で生きなきゃならなくなって、それで食うに困って、畑のものを盗んで食った、ということだろうか。


 そんな子が盗みをしたという理由で、殺されて毛皮にされる──そんなことが正しいとは、俺にはとても思えない……!


「待ってろ、今ロープを切る!」


 ところが、チビの手首の縄にカッターを押し当てたとたん、チビは「さわらないでっ!」と叫んで右腕に食いついてきたんだ!

 めちゃくちゃ痛い! 一瞬見えたけど、口の中にはまさに犬のような尖った歯がずらりと並んでいたんだ。痛いに決まってる!

 だけどこいつは、人間に酷い目に合わされて信じられないだけだ、こいつが悪いわけじゃない……自分に何度も言い聞かせ、顔が引きつっているのを自覚しつつ、それでも精一杯に笑顔を作る。


「大丈夫、だから。今、すぐ、助けてやるからな……!」


 俺は歯を食いしばって痛みに耐えた。噛みついたまま「ふうっ! ふうううっ!」とうなるチビに、怒鳴りたくなるのを必死に抑えながら「あまり顔を動かすなって。手が滑ったら、お前が怪我をする。お前を傷つけたくないんだ」と声をかけつつ、ギシギシとカッターを動かす。


 ……よし、切れた!

 俺が脂汗を浮かべながら切ったロープの端を見せて笑いかけると、チビは驚いたような顔をする。切れた縄、自由になった手、そして俺を見比べて、ようやく口を離してくれた。


 俺の顔を見上げ、血のにじむ腕を見て、鼻面を近づけて、クンクンと匂いを嗅ぐような仕草をしてから、ハッとしたように突然、俺を突き飛ばすと、ドアに向かって飛びついた。縛られたままの足で、よくもまあ、といった感じだ。

 で、ドアを開けようとしてガタガタと揺さぶって、開かないことに気付いたのだろう。「うう〜っ!」と小さな子供そのものの声でうなりながら、俺に向き直って牙を剥いてみせる。


 突き飛ばされて尻餅をついた俺は、苦笑するしかなかった。喰いつかれた部分には点々とシャツに穴があくほどの歯形が、赤い血のにじみと共に残っている。よく食いちぎられずに済んだものだ。助けようとしてこれじゃ、正直言って、割に合わない。


 でも、人間によって家族を酷い方法で殺された奴が、人間に対して簡単に心を許すはずがない。まったく、俺は何を期待していたんだろう。

 ただ、これで逃げる準備はできた。「チビ、足を見せてくれ。ロープを切るから」と声をかけた時だった。足音が二つ、近寄って来るのが聞こえたのだ。

 まずい、今こんな姿を見られたら……俺は背中に背負った木刀を急いで下ろし、正眼に構える。


 ずっと背負っていたこの木刀は、爺ちゃんが剣術の鍛錬のために贈ってくれた、貴重な本赤樫ほんあかがし製の特注品で、重さが約二・五キログラムもある。ボートのオールみたいな太くでっかい木刀は、口の悪い友人が「大きく分厚く重く、大雑把過ぎだ。それはまさにまな板・・・だ。まな板ブレードだ」と口走った代物だ。


 その刀身の根元には「破邪はじゃ顕正けんしょう」の文字。爺ちゃんが、剣術を志す者に贈る言葉として、自分で刻んでくれた言葉だ。

 邪悪を打ち破り、正義をあらわす……剣を持つ者は、この心構えを持てと。

 彼らは冒険者だと名乗ったけど、それがなんだ。俺やチビを奴隷だの毛皮だの言う奴らに負けてたまるか!


 すると、突然ドアが大きな音を立てて開けられた。ドアに押しやられる形で、チビが「きゃうんっ!」と床に転がる。


「ドアがやたらと重いと思ったら、獣人のガキめ、こんなところに……って、おい、てめぇら! いつの間に縄を!」


 白髪の冒険者が目を剥き、チビの髪をつかみ上げる。「きゃうっ! いたい……!」と悲鳴を上げるチビ。


「やめろ! その子を放せ! その子だってのはずだ!」

「てめぇの仕業か。生意気に木刀なんざ構えやがって。さっさとぶち殺しておくべきだったぜ」


 白髪男が剣を俺に向ける。

 冒険者というからには相当な手練れのはず。でもこの男に負けたら、俺もチビも、暗く惨めな未来が待っているだけだ。


 負けてたまるか! 俺は木刀を握る手に力をこめた。


 しかし、直後に赤髪の男が「今はそれどころじゃないでしょう!」と言って駆け込んできた。ドアを閉めてかんぬきをかけると、俺に向き直って糸目をさらに細める。


「カズゥマ君と言いましたね。なるほど、君は自分を縛り上げていた縄から逃れる程度には使える男ということですか。剣術大会云々うんぬんの話は、ホラ話ではなかったんですね」


 赤髪の男は、白髪男が髪をつかんでいるチビを見下ろし、薄く笑った。


「……そうだ、カズゥマ君はそこのケダモノに執心の様子。もし君がソレを欲しいのなら、あげましょう。普段はこんな取引など絶対にしないのですが、こちらも手が欲しいのでね。今回は特別です」

「おい! なにを勝手なことを……!」


 白髪の男は苛立たしげに赤髪の男をにらんだ。でも赤髪男が目くばせをすると、白髪男は不満そうに、チビを突き飛ばす。足が縛られたままだからよろけて床に倒れたチビの髪を、赤髪男がつかみ上げた。「ひぎっ! やめ、てぇ……!」と悲鳴を上げるチビに、二人は目もくれない。


 ……ああ、こいつら。本当に獣人を人間扱いしていないんだ。


 だがそれでも、この赤髪の男のほうが、まだ話が通じそうだ。態度はあくまでも紳士的、彼はきっとこの世界の常識で、普通に振舞っているだけなんだろう。俺はチャンスを無駄にしないように、歯を食いしばって冷静さを自身に呼びかけながら、木刀を構えたまま、赤髪男のほうに近づいた。


「カズゥマ君。聞き分けてくれて助かります。ところで僕は暴力が苦手でね。その木刀、捨てろとは言いませんので、せめてさっきのように、背中に背負ってもらえませんか?」


 赤髪の男は、チビの髪を引っ張ってみせた。「い、いたい、いたいのっ!」と悲鳴を上げるチビの方を見向きもせず。


「やめろ! 痛がってるだろ、何が暴力が苦手だっ!」

「カズゥマ君。先にお願いしたのは、僕ですよ?」

「そっちが剣を捨てていないのに、そんなこと聞けるか!」


 俺が木刀を握り直すと、赤髪の男は少し意外そうな顔をして、そしてニヤリと笑みを浮かべた。


「ふむ……惑わされずに冷静に状況を見極める。やはりあなたは剣士ですね。ま、いいでしょう。僕たちも時間が惜しい。コレは差し上げますよ。受け取ってください。ただ……」


 赤髪の男は、素早く背後のドアのかんぬきを抜くと、ドアを開けてチビを押し出し、背中を蹴り飛ばす!


「犬はエサです」


 チビが「きゃん!」と悲鳴を上げて地面に倒れるのを見て、俺は思わず「何するんだっ!」と駆け出していた。

 だけど、 ドアを抜けようとした途端、「君もエサになってくれるんですね」という言葉と同時に、つま先をひっかけられる!


 自分の馬鹿さ加減を思い知った、その瞬間だった。

 「ガアアアアアッ!」という、ビリビリと空気が震えるような咆哮と、小屋が揺れる凄まじい衝撃!


 それでやっと思い出したんだ。

 あの冒険者たちが、「なに」から逃げて、小屋にたどり着いたかを。


 転倒する直前、逆さまに見える世界の、開いたドアから小屋の奥に見えたもの。

 それは、黒い毛に覆われたあまりにも太い腕が、咆哮と共に壁を突き破るという、衝撃の場面。そして赤髪の男の「バカなっ!」と悲鳴を上げる姿。


 かろうじてチビを避けて受け身を取ると、俺は素早く辺りを見回した。見慣れない野菜が植えられた畑、今までいた粗末な木造の小屋、そして大きな銀色の月、青い月、小さな赤い月が輝く夜空。


 ──ああ、俺は本当に異世界に来てるんだ。


 そんな感慨を瞬時にぶち破る、小屋の屋根まで届きそうな熊みたいな怪物! そいつが窓に首を突っ込んで、バリバリと凄まじい音を立てて壁をぶち破っている!


 こ、こんな化け物と戦うのか⁉

 俺は木刀を握りしめて、震える脚で立ち上がった。

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