異世界創国譚

Hum

運命の扉

波雲龍樹なくもたつきは、母親から言いつけられた蔵の掃除にしぶしぶ足を運んだ。今年23歳を迎える彼は、短く整えられた黒髪と無駄のない洗練された印象を持つ。体は少し鍛えられており、肩や腕には程よく筋肉がついていて力強さを感じさせる。その顔つきは特に鋭い目元が特徴的で、周囲にはどこか近寄りがたい印象を与えていた。


年末の大掃除といっても、ここは滅多に人が入らない古びた場所だ。重たい木の扉を開けると、かすかに湿った土の香りが鼻をついた。彼はひとまず置きっ放しにされていた重い花瓶を手に取り、興味深げに眺めた。土台には古くからの家紋が彫られており、見たこともないデザインに「これ、いつのだよ」と呟く。


その瞬間、手に持っていたスマホが壁を伝って滑り落ちてしまった。龍樹は慌ててしゃがみ、手を伸ばして拾おうとするが、どうにも届かない。「くそ、もう少しなのに…」何度も指先が空を掴み、スマホにはわずかに触れられない。とうとう彼は思い切って体を大きく崩し、ぐっと手を伸ばして掴んだ。「よし!」ようやく掴めた安堵感から、彼の体は思わず力が抜けてしまった。


バランスを失った龍樹は、花瓶を並べていた壁の方へと倒れ込んでいく。ゴンッと顔をぶつけ、花瓶が派手な音を立てて割れた。だが、その割れる音にまぎれて「カチッ」という、まるでボタンを押したかのような小さな機械音が微かに響いた。そして次の瞬間、龍樹の足元がまばゆい光に包まれた。


△▼△▼△▼△


見張りの兵士二人が驚愕の表情で転生機を見つめながら叫んだ。

「こ、これは!」

「転生機が光り出した!」


その言葉に、他の兵士たちもざわめき立つ。


「おい!誰か、急ぎ皇帝陛下に遣いを出せ!」

「はっ!行ってまいります!」


「まさか……私が生きているうちに見られるとは……。」と、感動に震えるような声が漏れた。


波雲はただ茫然と立ち尽くしていた。「ここは?どこ?どういうこと?」自分は蔵で掃除をしていたはずなのに、まさかこんな場所に飛ばされるとは予想もしていなかった。夢だと思いたいが、視界に映る全てが妙にリアルだ。


辺りには重厚な煉瓦造りの壁、天井には異様に荘厳な装飾が施され、見たこともない国旗が掲げられている。周囲を囲むのは鎧に身を包んだ兵士たち。


彼の目の前に歩み寄ってきた兵士が、一瞬戸惑いながらも低い声で尋ねる。

「あ、あなたは地球人ですか?」

「はい、そうですけど……」と答えた途端、部屋全体がさらにざわめき、兵士たちは驚嘆の声を上げた。


「お、おお!」

「も、もしかして日本人ですか?」

「うん、そうだけど……」


その答えに、兵士たちは目を輝かせ、まるで偉業を目の当たりにしたかのように歓声を上げた。


「日本人が来たぞ!」

「本当か?」

「歴史書に載っている肌の色も目の色もまさにこの通りだ!」


兵士たちは次々と外に向かってその情報を叫び、異様な興奮が広がっていく。


「おいおいマジかよ!」

「本物の日本人が!この目で見られるとは!」


階下からも続々と兵士が駆け上がってくる音が響き、目の前の兵士たちは熱い視線を向けてくる。その様子に、波雲は戸惑いと恐れを感じながらも、現実味のない状況に混乱が増していくばかりだった。

「な、なんだこれ……いったいどうなってるんだ?」と、彼は思わず心の中で呟いた。


「貴様ら、騒がしいぞ!」

「あ!大将軍様!」

「主が日本人か。」

「はい」

「そうか。では私について来るが良い」


「大王様、日本人を連れて参りました」

「入ってよいぞ」


波雲は、自分よりも背の高い大将軍に導かれ、豪華な装飾が施された大広間へと通された。彼の前を歩く大将軍と、その横に並ぶ兵士たちは厳かな雰囲気を漂わせているが、どこか波雲を品定めするような視線を投げかけてくる。長い廊下の先には、175cmある彼の身長の2倍もの巨大な両扉が立ちはだかっていた。扉の前に立つ近衛兵が、重厚な金具に手をかけて扉を開くと、中から眩いばかりの光が射し込み、波雲は思わず目を細めた。


目が慣れて目を開けると、広がっていたのは圧倒的な光景だった。豪華なレッドカーペットが階段の上にある玉座まで真っ直ぐに敷かれており、脇には大臣や大貴族と思しき人々が威圧感たっぷりに並び、波雲をじっと見つめている。まるで絵画のようなその光景に圧倒され、波雲はしばらく呆然と立ち尽くしていた。


「日本人よ、お主にとってここはそんなに珍しいか?」玉座に座る王が、低く響く声で問いかけた。


「はい。壁から皆様がお召しになっている服まで何もかも私の目には見慣れない物ばかりです。」と、波雲は素直に答える。

王はその言葉に満足げな笑みを浮かべ、ふっと嘲笑とも取れるような笑い声を漏らした。


王は崩していた姿勢を正し、威厳たっぷりに宣言した。

「では、今から日本人・波雲の役職を任命する」という。

少し痩せた、白髪を生やした宰相が大王様の方に向いて進言する。

「大王様、その前に、我々の名前をお教えした方が良いのでは?」

「お、そうだな。余も少々興奮してしまい、順序を間違えてしまったわ。かの有名な日本人を前にすると、ついな…」

「余は第3代国王、リョン・シャウである」

リョンという王は40代半ば、白髪と白髭が不自然に整えられ、威厳を装うかのようにその顔を覆っている。だが、その表情には王たる風格というものは感じられない。腹が突き出た体格に、豪華な金糸のマントを無造作に羽織っている。玉座に座る彼は、一見すると威圧感があるように見えるが、どこか浅薄な印象が拭えない。

「そして私は、第2代国王の時から王家を支えてきた、プロフェス・ロイでございます」

60代半ばと思われる年齢だが、その容貌には奇妙な落ち着きがあった。目は垂れ下がり、まるで常に他者を値踏みするかのような目つきで、波雲を観察している。唇には不気味な笑みが浮かび、その笑みは親しみを示すものではなく、むしろ内心で何か悪事を隠し通す余裕を感じさせた。

「では改めて、日本人・波雲よ、お主は私の直属の補佐として、私の至らない政務をお主の知識を活かして宰相と共に支えることだ」

 

一瞬、龍樹は息を飲む。この重責は本来、王や宰相に近しい者が務めるべき役割ではないだろうか。それを、日本人という名だけで役を与えられるのは、何か意図があるのかもしれない。とはいえ、この場の空気が「拒否は許さない」と言わんばかりに張り詰めているのを感じた。ここで反発すればどうなるか、少し想像しただけで背筋が冷たくなる。

ならば、ここは肯定の意を示しておいた方がいい。

 

波雲は心を決め、深く頭を下げる。

「大王様のお言葉、しかと耳に聞き入れました。大王様が自ら下さった役職、喜んで承り、見事期待に応えるよう全身全霊を尽くすと誓いましょう。」


王は満足げに頷き、「うむ。良い返事だ」と一言。


「今夜はお主もここにきたばかりで疲れておるだろう。詳しいことはまた明日ということで」と告げ、場の空気が少しだけ和らいだように感じた。波雲は自分の身に何が起こっているのか理解できぬまま、王の厳かな命令に従うしかないのだと自覚し始めていた。

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