俺を殺してお前も死ね

和達譲

『目で追う』

:第零話 欠落者の独白



俺の人生は、半分が惰性でできていると思う。


迎えたい未来も、戻りたい過去も特になく。

朝になって起きて、飯を食って働いて、また飯を食って風呂に入って、夜になって眠る。


延々と、その繰り返し。

生きているというよりは、死んでいないだけ。

死なないための日課を熟しているだけ。




『ゆたか。』




こんな俺でも、友達だと言ってくれる人はいる。

かつては恋人と呼べる相手もいた。


なのに、満たされない。

楽しくない、嬉しくない、喜べない。

恵まれた人間関係だという自覚はあるのに、自覚がそのまま自信にならない。

いつか彼らが俺の元を去っても、きっとそんなに悲しくないんだろうとか、冷めた予想をしてしまう。


たぶん、人として大切な何かが、俺は欠けている。

知らない方が幸せなことを、知ってしまった側だから。

努力は暴力に勝てないこと、善人が損をする世の中であることを、早くに理解し過ぎたから。




『ごめん。』




生きたい理由が見付からない。

理由も価値もない人生だから、惰性としか表現できないのかもしれない。


それでも、自暴自棄にもなりきれない。

理由も価値もないからと、一息で壊すには惜しい。

醜いばかりの世の中ではないと、教えてくれた人や物に、泥を塗る真似はしたくない。




『ごめんな、豊。

俺はいつも、大切なことだけを、お前に教えてやれない。』




そんなことを言わないで。

そんな顔をしないでくれよ。


完璧じゃなくていい。

お手本になんかならなくていい。


俺はただ、貴方と話をしたかった。

歪で不格好で取り留めのない、貴方の心から溢れた本音を、俺はただ聞きたかった。


俺の生きる理由に、貴方が一番近かった、はずだった。




「───実は、あなたが初めてなんですよ。

卒業生で教鞭を執られるのは。」


「そうなんですか。

これだけ歴史のある学校で、なんだか意外です。」


「だいたい皆さん札幌に行かれるか、地元でも大きい方の学校を選ばれますから。

若くてバイタリティのある先生は、いつでも大歓迎ですよ。」


「ご期待に添えるかは、自信ないですが。

誠心誠意、頑張らせて頂きます。」




ほしい。

尤もらしい理屈じゃなく、言葉にならない熱や光が。

いつか水泡に帰すとしても、無駄じゃなかったと誇れる手応えが。


しりたい。

知らない方が幸せなことの、その先を。

暴力以外の方法でも、損をしがちな善人を、果たして守ってやれるのかを。




「差し支えなければ、教職を志した理由など伺っても?」


「お恥ずかしながら、明確にこれ、と言えるものはないんです。

むしろ、それが知りたくてやっている面もあるほどで。」


「子どもたちを教え導きたい、ではなく?

逆に、子どもたちから学ぶ姿勢をお持ちと?」


「澄ました言い方をすれば、そうなりますね。」


「謙虚な方ですね。

この経歴で評判も上々なら、もっと幅を利かせてやろうとは考えないんですか?」


「滅相もないです。」




いつか。

この胸に根ざした痛みも、苦しみも。

途方もないコンプレックスも、ストレスも。


全てひっくるめた上での自分だと、胸を張れるだろうか。

貴方との日々を、泣かずに思い出せるだろうか。


俺は俺を、赦せるだろうか。




「僕にとっては、子どもたちの方こそ、先生のような存在なので。

ここでも、たくさん学ばせてもらうつもりですよ。

教師としても、人としても。大切なことを、たくさん。」




本当の自分になるために。

生きたい人生を生きるために。

未だ知らない、幼くも強い者たちに倣うために、俺は。


学校の先生に、なりました。



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